第5話 504号室アパート
外が暗い。
なぜと自称イケメン・紺王子宙太が窓越しに目を懲らすと、牡丹雪がボタンボタンと道路に落下してるではないか。「氷河期到来か」と大袈裟に吐き、視線を室内へと戻す。
それからおもむろに「そうだ、今夜は鍋にしよう、だけど準備に時間が掛かるん……、ですよね」と語尾強調の独り言を。
客足が途絶えた営業所、否が応にも上司の耳に入る。
「クワガタ、何が言いたいのよ?」とルージュ濃いめの口を尖らせた。
だが紺王子にとっては思う壺、さらりと提案する。
「笠鳥凛子課長、いやカサリン様、早仕舞いしませんか?」
シーン。
凍り付いた静寂が……。
約30秒経過し、突然女性課長のヤケに青い瞼の上の眉毛が逆八の字に。
「アータ、私の源氏名はカサリンでなく、英国王室風のキャサリンでしょ」と。
えっ?
クワガタには微妙な違和感が――。
「あのう、課長、怒りのポイントが若干ズレてませんか。普通ここは渾名ではなく、早仕舞いの方だと思いますが」と。
この指摘に、寒空に突き刺さるほど鋭利な声で女鬼が吠えたのだった。
「バッ・キャロー!」
そんな時にドアーが開き、頭から雪を被った老夫婦が入って来た。
キャサリン様は「アーリー・クロージングは来年に持ち越しよ」とカシコぶった英語を冒頭に置いて結論し、その後一瞬で微笑む観音様に大変身。
「お探しなんでしょ、終の棲家を」と確認しながら、タオルで客の肩の雪を払ってらっしゃいます。
実に素早い。お見事!
だがこれだけでは終わらなかった。
「そこのスタッフは紺王子宙太、渾名はクワガタです、なぜならコンチュウ(紺宙)だから、オホホ……、が担当させてもらいます」とカウンターへあれよあれよと誘導。
その途中で、呆然棒立ちの紺王子に蹴りを一発食らわす。
「イテッ、このオバハンの首いつか締めたろ」とクワガタは決意するが、一応若手優秀どころ、その殺意に蓋をし、痛みで歪んだ笑顔で「どんなツイスミをご希望でしょうか?」と客に問う。
数多の艱難辛苦を乗り越えてきたのだろう、奥様が「パワハラに部下ハラ、だけど結構名コンビかもね」と表情を緩め、「さっ、あなた」と肘で旦那の横腹を鋭利に突っつく。
この妻ハラに夫はシャキッ。
そしてたった一言、「504号室を」と。
このシニアカップルが求める終の棲家は、504号室。こんな要望初めてだ。
なぜ?
時間はまるで流しそうめんのように、時々竹の節に突っ掛かりながらもサラサラと流れて行く。
ああ、504号室というそうめんが箸に絡まな~い!
冬だというのにこんな事態に陥った不動産屋に、笑顔が消える。
この様子を見て、老紳士が助け船を出す。
「若い頃に、504号室に住んでたんだよ」と。
これですべてが読めた。
「その部屋は快適だったのですね」と紺王子が確認をする。
だが答えは違った。
「いつも霧が掛かったような汚い部屋でした」と。
なんで?
首を傾げる不動産屋、これはスマンコッチャと思った爺ちゃんが丁寧に追加説明する。
「504号室は妄想が次から次へと湧き出る、そう、物語の泉なんじゃ。退職後作家として精進してきたが、最近ネタ枯れでのう。そこで最後の足掻き、妄想力場の504号室で執筆三昧の暮らしをして行きたいんじゃ」と。
不動産屋には作家業の苦しみはわからない。
だが何はともあれ顧客第一。責任者の笠鳥は「物語の泉、その504号室を探しましょ」と手打ちしたのだった。
2週間が経過。
その間に不動産屋二人は知る、文筆業界に504号室・妄想伝説があると。
さらに調査を進めると、全室が作家向け504号室のみの、築30年のアパートを売りたがってる人がいると。
場所は町外れの高台。風光明媚で言うことなしだ。早速ツイスミ不動産で取り扱うこととした。
本日は老夫婦を引率しての現地確認。
「超お得物件、なんとお望みの504号室が10室もあります。全室使って頂いても善し、余った部屋を貸して頂いても、――、OK!」
紺王子の紹介に力が入る。
それにさりげなく笠鳥課長が「毎日妄想だらけで……、文学賞まちがいなしですわ、オホホ」とおっ被せる。
だが夫人は「お値段次第ね」と冷たく反応。
これを受けカサリンはクワガタに目配せする。紺王子は一呼吸し、高らかに宣言するのだった。
「作家様だけへの特別価格、たったの504万円で~す!」
されど腐っても物書き屋、「その安さの理由は?」と甘い誘いの背後にある真実をえぐり出そうとする。
事情があることを隠せば法律違反。笠鳥は責任者として襟を正し、告げる。
ただそれは小声だった。
「実は訳ありでして、ここに住まわれた作家さんたちは大概妄想の果てに、推理小説の実証をと、ご自身が犯人になられてしまいまして……、今は不幸にも、もう一方の終の棲家、監獄504号室で機嫌良く暮らされてるみたいですよ」
さてさて、みな様なら――、買いますか?
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