第15話 俺は情報を集めた


 まだ小学生にもなっていない頃、俺はいわゆるヒーローに憧れていた。

 

 毎週日曜日に放送されている特撮ドラマ。 そこに登場する変身ヒーローは、強くて優しくてかっこよくて、正に子供達の憧れの的だった。

 

 だから俺もそんなふうに、悪を挫き、困っている人を助けられるような強い男になりたいと思うようになった。

 

 だから俺は行動した。 物を無くして困っている人がいれば一緒に探し、ポイ捨てだとか信号無視だか、そういう小さな悪事をする人には例え大人であっても恐れず注意した。

 

 このまま善いことを続けていれば、大人になってもっと大きくなれば、俺はいつかヒーローになれる。 本気でそう思っていた。

 

 しかし、俺が小学二年生のとき、その夢と憧れがボロボロに打ち崩されるような出来事があった。

 

 下校途中。いつもの公園の横を通り過ぎようとしていると、同じ学校の上級生数人が俺と同じクラスの男子を取り囲んでいた。

 

 きっと何か良くないことをしている。

 

 そう思った俺は持ち前の正義感を働かせその間に割って入っていった。

 

 すると、やはりと言うべきかクラスメイトは上級生達にイジめられていて、既に暴力を振るわれているような形跡が見受けられた。

 

 「おまえら何してんだよ! 寄って集って年下イジめて恥ずかしくないのか!?」

 

 「は? なにおまえ? こいつの友達?」

 

 「ただのクラスメイトだ!」

 

 「ほーん、で?」

 

 「で、って…… こんなこと今すぐやめろよ! それでこいつに謝れ! じゃないと……」

 

 「じゃないと、なんだよ?」

 

 「お、俺がおまえらをぶっ飛ばす!」

 

 

 震える手を握りながら俺はそう叫び答えた。

 

 恐怖を覚えながらもテレビのヒーローのように立ち振る舞ったつもりだ。

 けど、それでテレビのように事が進むわけがないことをこのときの俺は知らなかった。

 

 「調子乗ってんじゃねえぞクソが!」

 

 「うわ!」

 

 上級生の一人が俺に近づいて乱暴に髪を掴んできた俺は必死に抵抗して剥がそうとするも、まるで力が敵わない。

 

 そう、俺は大きな勘違いをしていた。

 

 正しければ必ず勝てると自分の力を過信していたのだ。

 

 けれどそれは現実では通用しない。 世の中にはどうしようもない理不尽があって、乗り越えられない壁があって、どれだけ自分が正しかろうが屈するしかない場面というものがあるのだ。

 

 結局、俺は相手の気が済むまでぼこぼこに殴られた。 助けるはずだったクラスメイトの男子も一緒になって殴られていた。

 

 それで家に帰ると、一緒に住んでいる爺ちゃんが俺の変わり果てた姿を見て怒りをみせた。

 

 「なんじゃ十斗! 誰にやられたんじゃ!」

 

 「が、学校の、上級生……」

 

 俺がそれだけ言うと爺ちゃんは物凄い剣幕で学校に電話をしだした。

 

 それから数時間後、さっきの上級生達が自分の親と一緒に俺の家に謝ってきた。

 

 どうやら爺ちゃんが手を回してくれたらしい。 曰く、俺のクラスメイトにもこれから謝りに行くとのこと。

 

 実は爺ちゃんは数年前まで町長をやっていて近所じゃ顔の効くちょっとした有名人だった。

 

 だから爺ちゃんが学校に電話すると先生達も大急ぎで対応して動くことになって、上級生の親達はそれはもうすごい勢いで何度も何度も頭を下げていた。

 

 それで事件はあっさり解決したが、俺はまだモヤモヤしていた。 そのモヤモヤの正体はもうわかっていた。だから俺は爺ちゃんに話を聞くことにした。

 

 「なあ爺ちゃん。 どうやったら俺はヒーローになれる? 俺は困っている人を助けられるような強い男になりたいよ」

 

 「そうじゃな、てっとり早いのは一番になることじゃな」

 

 「一番になること?」

 

 「そうじゃ。 なんでもいいから一番になる。 一番になるとな、偉くなるんじゃ。

  偉くなると周りに影響力を与えるようになる。 それで自分がイジめるなと言えば周りは誰もそれが出来なくなる。

 実際はそう上手くいくとも限らんしあくまで一例じゃがな。 そういう人の守り方もあるんじゃ」

 

 「……そっか、じゃあ俺一番になるよ。 一番になって、皆を助けられる男になる」

 

 「そうか、なら頑張れ。 しかし十斗、これだけは忘れるな。 目的と手段を履き違えると何事も上手くいかないということを。

 一番になるというのは簡単なことじゃない。 ヒーローになるのと同じくらいに難しい。 だからきっと十斗はこれから辛くなったり苦しくなったりする。 本来の目的を忘れ、一番になることだけに拘ってしまうかもしれん。

 でも大切なのはおまえの場合困っている人を助けられるヒーローになるということじゃ。 そのことを、決して忘れるな」

 

 「もちろん! 忘れたりなんかしないよ!」

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 「……朝か」


 いかん、本気寝して夢を見ていた。 なんだか昔の夢を見ていたような気がするんだけど。

 

 けど、何の夢だったかな。 全然思い出せない。

 

 さて、客が大勢来るようになって一週間が経った。

 

 この一週間はまるで休めることがなくて俺もメルも大忙しだったが、昨日辺りはまだチラホラ剣を買い求める人はいるもののそれほどの忙しさを感じることはなかった。

 

 とういうことで迎えた定休日。

 

 ガルミズ曰く、なんと彼はオズワール商会の差し金だったらしい。

 

 どうやら連中は俺を潰して工房を立ち退かせる脅しの材料にするつもりだったようで、いよいよ本腰を入れて動くつもりなのだということが分かる。

 

 つまり、俺達と奴らの問題はもう無視出来ないところまで来ているということだ。

 

 これは早急に何かしらの手を打つ必要がある。 しかし手を打つったっていったい何を?

 

 とりあえず今は情報が欲しい。 周りに助けを求めるという手段を取ってもいいのかもしれないが、この間素材を売ろうとして断られたことを思い出すと街の人間はあまり期待出来そうにない。

 

 憲兵とか役所とかも、商会の権力を見ていると下手に駆け込むのはかえって危険な気がする。

 

 そういう感じで俺は一先ず街へと降りてきたわけだが、当然メルは工房に置いてきた。

 

 何が起きるかわからないし、連れてくるのは得策ではないと判断した。

 

 一人でいるところに敵が襲撃してくるという可能性もないことはないだろうが限りなく低いものと思われる。

 

 剣闘技大会で目立ったのが気に入らなかったのか、どうやら向こうは俺を潰すことに執着しているようだからメルを狙うなんてことはないだろう。多分。

 

 

 メル滅茶苦茶拗ねてたなぁ……

 

 帰りに何かお土産でも買っていこう。

 

 

 「つっても、行くあて無いんだよなぁ……」

 

 街に着いたはいいものの俺はどこへ向かえばいいか困っていた。

 

 一度メルに案内してもらったものの俺はここの土地にはまだまだ疎い。

 

 情報屋とか、そういうのがあればいいなと考えていたのだが……

 

 「誰か、メル以外で頼れそうな人間……」

 

 この間工房に来ていたリンネとかいう女の子はそもそも何処に住んでいるのかわからない。

 

 唯一、俺が居場所を把握いてそういうのを知ってそうな人物といえば会いたくないけど彼しかいないだろう。

 

 「ああ…… またなんか言われそうだなぁ……」

 

 溜め息を吐きながらも俺は町外れの教会へと向かった。

 

 

 「おや、こんにちは。 今日はあなた一人ですか?」

 

 「え、ええ……」

 

 教会を訪ねると、壇上にて祈りを捧げていたダンテ神父の姿があった。

 どうやら今日は穏やかモードのようだ。話やすくて助かる。

 

 「そういえばこの間の大会の噂聞いてますよ? 初参加のルーキーが無双して露骨な宣伝をしたとか」

 

 「あっ、お耳に入っていたんですね。 おかげさまで、工房は繁盛しています」

 

 「余計なことを……」

 

 「えっ?」

 

 「いえ、何でもありません。 ところで今日はどういったご用で?」

 

 「あ、ああ、はい…… この街に情報屋や探偵屋なんてあったりしませんか? どうしても調べたいことがあって……」

 

 「あるにはありますが。 調べたいこととは?」

 

 神父は一段表情を険しくして追求してきた。わざわざ答えなくてもいいかもしれないが、相手は俺を信用していないということを忘れてはならない。ここで下手に嘘をつくとすぐに見破られてしまいそうだ。

 

 別にやましいことを考えているわけでもやいし、俺は正直に話すことにした。

 

 「あ、えっと、実はオズワール商会のことを……」

 

 「オズワール商会? あまり下手に関わらない方がいいと思いますが」

 

 「……? その口振りだと、神父は何かご存知なのですか?」

 

 「オズワール商会が闇組織と繋がっているというのはここら辺の大人なら皆口にしないだけで知っていることですよ。

 それで、あなたは調べてどうするつもりなのですか?」

 

 「どうするってわけじゃないですよ。 ただメルと関係のある連中がどういう奴らなのか知っておきたいだけです」

 

 「……それは、メルさんのために?」

 

 「……別に誰のためだっていいでしょう。 それより知っているなら早く教えて下さい」

 

 「はいはい、わかりましたよ。 ここに情報屋の場所と私からの紹介状を記しておきますから、店の人間に渡してください」

 

 「……ありがとうございます。 あ、それともう一つ神父にお訊ねしたいことがあるのですが」

 

 「はい?」

 

 「ギフトが進化するのって普通にあることなんですかね?」

 

 「ふむ、その様子だとあなたの【千剣君主】が? 進化といえば大袈裟ですが成長することなら普通にあり得ることですよ」

 

 「そうですか、ありがとうございます」

 

 

 そして俺は紙に書かれた場所に向かった。

 

 そこはストリートの一角にある小さな雑貨屋。 変だなと思いつつも入ってみると、店員とおぼしき女性がそこにはいた。

 

 「あっ、いらっしゃいませだにゃー!」

 

 「にゃ、にゃ……?」

 

 「あっ、にゃーはウィズミーって言いますだにゃー! お客さんもしかして巷で有名な新人剣士かにゃ!? すごいにゃー! 有名人が来てくれたにゃー!」

 

 なんか最近語尾が強烈な人間と多く出会しているような気がする……

 頑張れ俺、負けるな俺。ここは異世界、元の世界の常識を当てはめてはいけないぞ。

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