第14話 俺は暗殺者に狙われた
それはとある日の夜のことだった。
部屋の外から物音が聞こえてきて、不審に思った俺はメルを室内に置いて外に出て辺りを調べた。
すると、闇夜に紛れてこちらの首筋を狙う白刃が一つ。
俺はそれを間一髪鞘に収めたままの柄で弾いて防ぐ。
「誰だ!?」
俺が虚空を見上げ叫ぶと、どこからともなく声が返ってくる。
「ククク、俺は黒渦のガルミズ。 その筋ではそこそこ名の知れた暗殺者さ。
恨むなよ? 俺は今からテメエを暗殺するぜェ!?」
全方位から放たれる無数の暗器。
全て回避が困難な速度と角度でこちらに向かってくるが、俺は意識を研ぎ澄ましてそれらを叩き落としていく。
「やるな! だったらこれならどうだ!?」
男はさらに暗器を飛ばしてくる。しかしそれは先程とは比べ物にならない程の射出量と威力だった。
まるでガトリング砲に狙われているような感覚。 しかしその分範囲が絞られていて、叩き落とすことにこだわらず俺自身が移動するという手段を用いれば回避は用意だった。
そして俺は今の攻撃で相手の居場所を突き止めた。
前方十メートル先の木の上、葉の繁みに隠れてはいるがそこに狙いを定めて高く飛び上がり深い振り降ろしを決め込む。
「……!」
「おおっと危ない。 こんなに早く居場所がバレたのはアンタがはじめてだ」
残念ながら俺の剣は逆手に構えた奴のダガーに阻まれてしまった。
ならばと俺は対空時間の許す限り立て続けに攻撃を仕掛けていく。 不安定な足場にいる相手の姿勢を崩すのが目的だったが、それでも崩れることはなかったので最後は無理矢理腕を引っ張って地面に引き摺り落とした。
相手は受け身を取った後軽い身のこなしで体勢を建て直してその姿を現す。
フードを深く被り肩を露出させた軽装。 いかにも忍者っぽい風貌をした男だ。
背中にはなにやら巨大な手裏剣のような刃物を背負っている。
おそらくあれが奴のメインウェポンであることは容易に想像出来るが、出し惜しみしているのかまだ使おうとはせず、最初に装備していた一対のダガーを再び構えた。
「いいねいいね! ノリが良くていいねぇ! アンタ大人しそうな顔して結構戦いが好きなんだな!」
「バカ言うな、俺は自己防衛しているだけだ。 それより、さっき暗殺者とか言ったな? ということは誰かからの依頼か?」
「おっとそれは言えないぜ。そうだな、どうしても教えて欲しいってんなら俺を倒してからにすんだな!」
「わかった。 なるべく喋れる状態には出来るよう努力する」
「ほざけ!」
俺達は互いに同じタイミングで飛び出して斬りかかった。
しかしそのどちらの刃も対象の骨肉を穿つことはない。何度も何度も打ち合っても、唾競り合いになるのがオチだった。
強い、暗殺者とか忍者って卑怯な戦法を取ってきて、真っ向勝負に持ち込んだら大したことないって偏見持ってたけどこの男は全く以てそんなことはない。
何が優れているって予備動作がほとんどないんだ。
人間でもモンスターでも、攻撃の直前には絶対に予備動作が必要になってくる。 例えばブレスを吐くときに息を吸うとか、剣を振るときに振り被るとかそういう動きが必要になってくる。
俺は今までの戦闘ではそういったものを見切って反応し対処していた。
しかしこの男はその予備動作的なものをほとんど見せない。
まるでプロボクサーのジャブのような、あるいは調整を放棄した格闘ゲームキャラクターのような動きをしてくるんだ。
それでも今俺が対抗出来ているのは得物の性能差のおかげだろう。
俺はこの剣の頑丈さを全面に押し出して強気に仕掛けているが、その剣撃の重さは確実に相手の握力に影響を与えているはずだ。
一方、相手は刃渡り一尺程のダガーで戦っているわけで、そのダメージは通常のロングソードよりももろに受けているはず。
だが忘れてはならないのは相手はまだ本気を出していないということ。 背中の手裏剣を使われたらどうなってしまうか想像もつかない。
「こりゃ驚いたなぁ、どうやら俺達の剣の腕はまったくの互角らしいぜ?」
打ち合う中、ガルミズはそんなことを俺に言ってきた。
何が互角だ。 俺はメルの剣と【千剣君主】のサポートを受けてこれなんだよ。
まさかおまえも同じギフトを持っているわけじゃあるまいし、それはもう実質俺が劣ってるってことじゃねえか。
大体、何がかの大剣聖と同じ伝説の上位ギフトだ。
こんなぽっと出のアウトローに互角だなんて言われて悔しくないのかよ?
心の内で悪態をついていると、例の文字列が意識に流れ込んでくる。
───You want the next stage?
ああそうだよ、 おまえの力はこんなものじゃないんだろ? 次の段階、そんなものがあるならさっさと俺に寄越せ。
───OK. Install previous battle data. 【千剣君主】is evolved. ready?
「ゴー……!」
なんだ、言ってみるもんだな。どうやら俺の意思に答えて【千剣君主】は進化したらしい。
それによって今まで見ていた景色とはまるで異なる世界が広がっている。
例えば音、例えば空気の流れ。例えば、相手が仕掛ける際にどうしても出てしまう呼吸、吐息。
そういったものが、まるで手に触れた物のように感じ取ることが出来る。 すなわち、相手が攻撃を繰り出す僅かな予備動作を認識出来るようになったということ。
俺が驚異としていた課題が克服されたということだ。
「はぁぁぁぁぁ!!!!」
「なに!?」
相手の攻撃が起きる前に切っ先で抑えつけて牽制する。 突然の出来事に怯んだところで、俺は一瞬の隙をこじ開けるように連続して攻め立てた。
「くそ、いきなり全部の攻撃が見切られて……! 」
「終わりだ、黒渦のガルミズ! さっさと降服するんだな!」
「はっ! 誰がするかよバーカ!」
相手はそれでも諦めはしないし奥の手を使おうともしなかった。
剣筋や握り方を変えつつも、相変わらずダガーで攻めてきては俺の剣に弾かれる。
「ははっ、流石にここまで強いとは思ってもみなかったぜ……! なあアンタ、名前はなんて言うんだ?」
「谷山十斗」
「へえ、トートね、変な名前だな。 んで、それだけ強いなら一つ聞きたいことがある。 左肩に三つ目のタトゥーをした男を見たことないか?」
「三つ目のタトゥー? 知らないなそんな奴」
「ああそうかい、なら俺はもうずらかるとするぜ!」
「あっ、おい! まさか逃げるつもりか!?」
「だってこのままだと俺負けそうだし! あ、そうそう! 俺に依頼してきたのはオズワール商会の連中だよ! 奴さん、アンタに大分ご執心なようだから用心することだな!」
「もう一つだけ教えろ! どうして寝込みを襲わなかった!?」
「そんなことしたらあの女の子も巻き込み兼ねないだろ! それは俺の美学に反するの!」
ガルミズは喋りながら凄まじいスピードで走り去ってしまった。 瞬きするくらいの短い時間でもう見えなくなっている。
「いったい何だったんだ……」
戦闘を終え、どっと押し寄せてくる疲れを覚えていると工房の方からメルが駆け寄って来た。
「大丈夫ですかトートさん!? お怪我はありませんか!?」
「あ、うん。 大丈夫だよ」
「よかったぁ…… それで、今のはいったい……?」
「……どうやら強盗だったみたいだね。メル、何か盗まれた物はない?」
「え、ええ!? 強盗!? い、今確認しますね!」
メルにはオズワール商会からの刺客だったということは伏せておいた。
今は工房的にも大事な時期だし、余計な不安を覚えさせるべきではないだろう。
その夜、念のため警戒して剣を抱え深い眠りにつかないようにしておいたが、日が登り出すまでさらなる刺客が送られてくるようなことはなかった。
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