第13話 俺は教育した
メルが作った剣は間違いなく素晴らしい出来だ。
どれだけ斬っても切れ味は落ちないし、耐久力だって他所の剣の比ではない。
しかし残念なことにここら辺では剣は消費物という認識らしく、メルの考えるそれとは全く一致しない。
ならこちらから需要に合わせるのかと聞かれれば、それは早計だと思う。
何故なら彼女にはいつか最強の剣を作るという大きな夢があるから。
その夢を叶えるためにはより良い剣を作り続け腕を磨く必要があり、やはり買い手側の需要に合わせるというのは最終手段であるべきなのだ。
ならどうするのか。
俺が考え出した答えは、買い手である剣士達自体をメルの供給に合わせさせるというものだった。
「よし、皆集まったな。 それじゃあ今から講習会をはじめるぞ」
今、俺の目の前には工房で買った剣を携えた剣士達が熱心に俺の話に耳を傾けながら並び立っている。
そう、俺は今彼らに剣の扱い方を指南しているのだ。
流石に宣伝だけでは十分な数の客を呼べるのか不安が残る。
だから付加価値として購入者には大会優勝者である俺からの指導を直接受けれるという特典を付けることにしたのだ。
そしてどうやらこれが効果テキメン。ついでに皆が俺と同じようにメルの剣を扱えれるようになれるし一石二鳥というわけだ。
「まずこの剣を扱う上で重要な点が一つ。それは必要以上に力まないこと。
この土地に古くから伝わる剣術では力任せに叩き切るというのが主流であるらしいが、それれらの剣術とこの剣は全く合わない。
まずは正しい握り方から、そして刃筋を通すということを覚えよう」
「はい!」
なんか不思議な状況だな。 ついこの間までただの高校生で、人に教えてもらう立場だったのに。
今じゃこうして、自分よりも歳上で屈強な男の人に剣を教えたりしている。
まあ、教えるって言っても【千剣君主】で得た情報を皆に伝えるだけなんだけど……
「そうそう、その感覚だよ。うん、やっぱり皆飲み込みが早いな。この調子だったら昼には次のステップに進めそうだ」
皆が素振りを続ける様子を見て回る。 中には苦戦する人もいるにはいるが、丁寧にアドバイスしてやればすぐに改善された。
「すげえ、あんちゃん教えるのが上手いんだな。 そういう系のギフト持ちか?」
「あはは、まあそんなところっす……」
そうして昼休憩を向かえると、工房にいたメルが俺達に差し入れを持ってきてくれた。
「皆さーん、お昼ごはんですよー!」
メルは外でもつまめるようにサンドイッチを作ってくれたようだ。 しかも冷たいドリンクもつけて気を効かしてくれている。
「ありがとうメル。 というか丸焼きとスープ以外も作れたんだね」
「えっ? あっ、いえ、実は私はお手伝いしただけなんです」
「お手伝い? いったい誰の……」
俺が言いかけたそのとき、メルの背後からひょこっと姿を見せる一人の少女。
見たところ年はメルと同じくらいだろうか? 綺麗な金髪と少しツリ気味の目が特徴的だ。
「私をお呼びかしら!?」
「あっ、そういえばトートさんははじめてでしたね! ご紹介します、幼馴染みのリンネちゃんです!」
「はじめましてかしら!」
「あ、ども、はじめまして十斗です……」
な、なんだろう。この自信に満ち溢れたオーラは……
何故か誇らしげに無い胸を張っているが、隣にいるメルのほうがよっぽど誇らしいものを持っているのは誰の目から見ても明白だというのに。
「むっ、なんか今失礼なこと考えなかったかしら!?」
「えっ!? いやいやいや、そんなことないよ!」
「そうかしら……? ところで、私が丹精込めて作ったサンドイッチのお味はいかがかしら?」
「え? 君がこれを作ったの? とても美味しいよ」
「ふふん、そう言ってくれると作った甲斐があるかしら。 にしても思ったよりもまともそうな奴で安心したかしら」
「ちょっとリンネちゃん!」
リンネの言葉にメルが焦ったような反応を見せる。
いったい何のことだと訊ねてみると、彼女はこんなことを俺に言ってきた。
「どーもこーも、親友のメルの家に他所者が転がり込んできたって話を聞いて気が気じゃなかったかしら!」
「あ、ああ、なるほどそういうこと…… 確かに、メルの知り合いからしたら心配だったよね。 ごめんね、時間があったら挨拶しに行きたかったんだけど……」
「あなた達が忙しいのは見たらわかるかしら! だからわざわざこっちから来てあげたのかしら!
まあでも、あなたには感謝しているかしら! この工房に客が来ているところなんて久々に見たかしら!」
「俺はただ世話になっているお返しをしているだけだよ。 お礼なんていらないさ」
「話せば話すほど出来た人間かしら! それじゃ、私は台所の後片付けに戻るかしら! 今後ともメルのことよろしくお願いするかしら!」
指をピッと振ってリンネは工房の方へと戻っていった。
残ったメルに、俺は面白い子だねと声をかける。
「はい! リンネちゃんはお料理が上手でかわいくて明るくて面白い私の大親友です!」
「そっか、大親友か」
「大親友です!」
リンネのことを話すメルの表情は年相応の子供っぽさを感じさせる。剣を打つときの真剣な表情が印象深い俺にとっては少し新鮮に映った。
「ありがとうございますトートさん。 工房のためにあれこれ頑張っていただいて……」
「今さっきリンネにも言ったけど礼を言われる覚えはないよ。 俺はただお返しがしたいだけなんだからさ。
……さてと、そろそろ午後の部と行きますか。 メル、予定通り丸太の用意をしてくれるか」
「はい!」
澄みわたる青空。 爽やかな太陽の光。
やわらかい風が俺達の頬をそっと撫でた。
きっと俺達は希望に満ちていた。
少しづつ良い方へと向かっている。 そんなふうに思っていたのだ。
◆ ◆ ◆
場所は移り、オズワール商会会長室。
主に組合費の回収を担当している会長の一人息子、チャンボー・オズワールはひどく取り乱していた。
「パパ! 例の工房潰れるどころか昨日の大会から急激に顧客を増やしてるみたいだよ! どうしようどうしよう! このままだとメルちゃんがボクチンのお嫁さんにならない!」
そんなチャンボーの視線の先、高級本革を使用したソファーに腰かけ猫を愛でる一人の紳士の姿。
「落ち着けジュニア。 いつも言っているだろう。 紳士たるもの常にスマートに、余裕のない男はレディーに嫌われるぞ?」
「う、うん! そうだよね! けれどあの男はいったいどうするつもり? 剣闘技大会での振る舞いといい、放置するっていうのは得策ではないんじゃ?」
「考えているさ、ちょうど助っ人も呼んだところだ」
「助っ人?」
チャンボーが聞き返したそのとき、彼の背後に突如として現れる一つの人影。
「だ、誰だ!?」
「おっと、驚かせちまったか? 悪いな、無防備な奴見るとどうにも後ろに立っちまうのが癖なんだよ」
チャンボーが振り返ると、そこにはローブで全身を覆った男がいた。
「パ、パパ! こいつってまさか!?」
「黒禍のガルミズ、流石の隠密性だな。これは期待が出来そうだ」
チャンボーは恐怖を覚えていた。
父は本気だ。本気で相手を潰そうとしている。 裏世界でその名を轟かせる有名な暗殺者。
そんな奴を雇ったということは、相手を殺すつもりなんだ。
チャンボーの父は、その実かなりのワルだったのだ。
「さあ、いったい俺は誰を始末すればいい?」
「男を一人。社会を知らないシュガーボーイだ」
「オーケイ」
男の口角がニヤリと上がった。
ほんの昼下がりの出来事だった。
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