第2話 俺は力に目覚めた
「うっ…… アアッ!」
目を開けると、あまりの日差しの強さに最初は何も見えなかった。
けれど少しづつ視界は鮮明になってきて、何故か俺は森の中で横たわっている。
青い空、照りつける日の光。おかしいな、確か夕暮れだったはずなんけど……
身を起こし辺りを見回すが、そこでさらなる疑問に気がつく。
トラックは?
てかここどこ?
俺は確かひったくり犯を追いかけている途中トラックに轢かれて……
しかしどういうわけか俺は熱帯雨林のような場所に放り出されていて、周りには人の気配がまるでない。
おかしいだろう。かなりおかしいだろう。
この状況は、俺が最後に確認したそれとまったくもって繋がらない。
そもそも俺はあの事故から助かったのか?
てっきり死んだものかと……
いや、実はもう死んでいたりするのか。
つまりここは天国。ははぁ、なるほど、それだと合点がいく。
……というのは流石に無茶があるな。こんな蒸し暑い天国俺は嫌だ。
とりあえず周辺を調べるために動き出そう。
幸い怪我は無いようだし、なんだったら普段よりも身軽に動けるような気がする。
今は水、とにかく水が欲しい。
喉が渇いたし汗も流したい。
「どうなってんだこれ……」
水を求めてあれからどれだけの時間が経過しただろう。はじめは軽快だった足取りも、暑さによる激しい体力の消耗で次第に衰えてしまった。
そんな俺は、水ではないあるものを見つけてついそんなことを呟いた。
あるものというのはいわゆる虫の死骸なのだが、その死骸が、あるいは虫そのものが、俺が認知するそれとはあまりに常軌を逸していたのだ。
二対の羽、大きく延びた腹部。そして黒いダイヤと形容できそうなきらびやかな複眼。
それはつまり俺の知っている蜻蛉そのものなのだが、どういうわけかサイズがおかしい。
巨大、あまりにでかすぎる。
全長一メートルはあるんじゃないのか?
しかも体色はとても自然界のものとは思えないショッキングピンクと蛍光グリーンの極彩色で、前足の先端は鋭い鉤爪に発達している。
俺は虫に詳しいってわけではないが、これはどう見ても日本の、いや、地球の生物ではないと判断出来る。
どちらかというとアニメやゲームに出てきそうな、そう、いわゆるモンスターに近い。
そういえば最近のアニメや漫画は異世界転生なるものが流行っているとオタクの友達から聞いたことがある。
もしここが日本でも地球でも、ましてや天国なんてものでもない異世界だとするなら、だとするならこれはかなりマズイ。
ただでさえこんなサバイバル的環境に放り投げられて水を得るにも困っているというのに、これからもさらなる困難に見舞われてしまうということが容易に想像出来てしまうのだから。
運よく事故から生き延びれたと思っていたのに、ちょっと死ぬまでの時間が延びただけじゃねえかよ。
そんなふうに心の内で悪態を吐いていると、突然死骸の腹部が蠢きだした。
何事かと一先ず距離を取ろうとしたそのとき、中から大量の青いウジ虫が沸いてくる。
「ウゲェ!?」
そしてそのウジには小さい羽がついていて、姿を見せた瞬間に羽音を鳴らしながら、そして謎の汁を飛ばしながらこちらめがけて飛翔してくる。
間一髪俺はそれを避けることが出来たが、その光景があまりに衝撃的すぎてつい情けない悲鳴を出してしまう。
その勢いのまま、俺は振り返ることもなく走り去った。
遠く、とにかく遠くへ。
このわけのわからない現状を振り切るように、俺はがむしゃらに走った。
しかし現実は、もしくは運命は、どうやっても俺を逃がそうとはしてくれなかったようで、俺は途中何かに足をつまづかせて盛大に転倒してしまう。
いったい何に足を取られたというのか、その答えがわかるのは僅か三秒後。
「シャァァァァー……」
オーマイガー、なんということだ。この灼熱の中だと少しだけありがたいヒンヤリとした吐息。それは俺を見下ろす大蛇の口から発せられたものだった。
どうやら俺はこの大蛇の体に足をつまづかせてしまったらしい。
「ハッ、ハハ…… グッモーニン……?」
「シャアアアア!!!!」
怒ってる。この蛇さんすっごく怒ってるよ。
いったい何をそんなに怒るというんだ。
俺がぶつかったから? 辿々しい英語を使ったから? それともなんだ、今すんごい腹が減ってて機嫌が悪いとかそういう感じか?
まるでスニッ○ーズのコマーシャルじゃねえか。 そういや最近観てねえな。
なんて、言ってる場合じゃねえ!
「あぶね!?」
そのとき、大蛇が俺を捕らえようと回り込んでくる。
いち早く相手の意図に気がついた俺は咄嗟に大きく跳んでそれを回避する。
確かアフリカのアナコンダの巻きつく力が一トン近くあるとかなんとか、この大蛇もそれと同じくらいのサイズであるからして捕まれば間違いなく終わりだ。
一先ずは回避出来たものの、次に仕掛けられて同じことが出来るとも限らない。
かといって奴の長い体は俺の周りで大きく円を描くようにしている。迂闊に動けばかえって危険だ。
ともなればほんの一瞬でも奴の注意を逸らすか、もしくは隙を作り出さなければならない。
しかし、いったいどうやって……
「あれは……!」
そのとき、俺の足元のすぐ側に転がっていた木の棒が目に入る。
なんということはない、少し形が良いだけの、ハイキングの最中なんかに見つけるとちょっとテンションが上がってしまうくらいの木の棒だ。
年頃の男子が見つけたら、伝説のエクスカリバーだとか妖刀ムラマサだとか騒ぐだけ騒いで家に帰る頃には普通に捨ててしまうようなただの木の枝だ。
しかし俺はそれを拾い上げて、まるで本物の剣のように正眼に構えた。
何故か本能めいた何かが、あるいは脳の指令がそれで戦えと告げてきたような気がしたのだ。
するとそのとき、俺の脳裏に不可思議な文字列が浮かび上がってくる。
───"Gift" is already set up. boot ready?
g/s
なんだこれは? いったい何を訊ねられている。
ギフトってなんだ。もしもgoを選んだとして、いったい何が起きるっていうんだ。
俺の理性はいったん落ち着いて考えるべきだと訴えかけている。でも、なんだろう。またもや何か本能めいたものが拒むという選択肢を取ろうとしない。
俺は導かれるままに、レディ、ゴー…… と静かに唱えた。
───Receive. Superior gift 《千剣君主》is start.
その言葉を最後に謎の文字列は俺の意識から消えていく。
それと同時に、今俺が握っている木の棒から、新たな情報が流れ込んでくるかのような錯覚を覚える。
どのように握り込み、どのように力を与え、そしてどのように振るえば相手に正確な一撃を与えられるのか。
この木の棒を最も有効に扱う方法が、一瞬にして想起させられたのだ。
これがギフト? 異世界物ではチート能力なるものが登場するのが定番のようだがまさかコレがそうだったりするのだろうか。
なにはともあれ活路が見えてきた。
俺は、この木の棒で……
「テメエの目んたまブッ刺してやる!!!」
「ギシャァァァァァ!?!?!?」
俺が見出だした最適解の手段。それはこの木の棒の鋭い先端を利用するというもの。
残念ながらこの枝では打撃の類いは大した威力になり得ない。ならば相手の視界を奪う方が確実に隙を作り出すことが出来る。
危機一髪。俺は苦しみもがく大蛇を尻目に窮地を脱することに成功した。
それからもさらに走り続けて、運よく清流を見つける。
俺は必死の思いで加速して、なだれ込むやうに膝をついては手で掬ってがぶ飲みした。
「んぐっ……! んぐっ……! ……はぁぁぁぁぁ」
うまい、うますぎる。これほどにうまい水がかつて存在しただろうか。
いや、ないね。今俺が飲んでいる水はまさしく地上最強。京都の地下水もアルプスの雪溶け水もこの水には敵いはしないだろう。
「てか、うん?」
水面に映る自分の姿を捉えたそのとき、俺は妙な違和感を覚えた。
ちゃんと自分の顔ではあるんだけど、なんというか少しイケメンになってないか?
しかも若干目線が高いような気がするし、体つきもどことなく筋肉質になっているような……
そういやなぜか髪も伸びてる。いったい、俺の身に何が起きている?
概ね自分にとってプラスになる変化が起きていることに少しだけ嬉しいくなるが、こうなってくるといよいよ自分がファンタジーの世界に迷い込んでしまったことを受け入れるしかないようだ。
「……」
少し気分が萎えてしまって、先程からは想像出来ないくらいに恐ろしく低いテンションで体の汚れを落としていく。
はあ、俺これから先どうなるんだろうな……
なんてことを考えていると、突然強い風が吹いては脱いで畳んでおいた俺の衣服が吹き飛ばされてしまう。
幸いそれは近場の木の枝に引っ掛かって、俺は特に焦ることもなく取りに向かった。
ただ、思いもよらない出来事が起きたのはちょうどそのとき。
木の影から突然少女が現れたのだ。
「……え?」
「……へ?」
急展開。 気づけば俺はジャングルの中で少女に裸体を見せつけることとなっていた。
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