第16話 愛情

愛の歌を僕は知っているから、その歌詞になぞられた愛を僕は唄える。

愛の物語を僕は知っているから、相手に愛を伝える台詞を僕は言える。

でも肝心な愛が何なのかを僕は知らない。

普通の人が為し得ないような事をしたいと言うと、夢見て偉大な様に聞こえるけれど、人を殺したいと本心を言うと、白い目で見られる。

僕は定期的に人を殺したいと思う。

勿論思うだけで実行には移さない。

そう思う事が異常なのだと知っているから。

これまで生きてきて積み重ねてきた信頼関係とかを壊したくないから。

家族や親戚、友人や知人まで異常者の様に扱われるのは何だか嫌だから。

勿論捕まりたくないし、かといって逃亡生活を送るのも嫌だから。

人を殺したいという欲求を満たす幸福と、これからの人生で得られる幸福を天秤に掛ければ、後者を選んでしまうのだ。

でも僕はいつか死ぬのだ。

なら人を殺さず死ぬより、人を殺してから死にたい。

嫌いで憎くて仕方がない人をグチャグチャに引き裂いて殺すかもしれない。

美しくて綺麗な美人を撮影しながらゆっくりと解体して殺すかもしれない。

道行く無邪気な子供達を力の限りをぶつけて壊れるまで殺すかもしれない。

電車や駅で偶々出会った赤の他人の集団をただ機械的に殺すかもしれない。

そうして殺したいんだ。

殺した後はどうするか考えてなかった。

綺麗に飾り付けるのかもしれない。

標本の様にしてガラスケースに飾ろうか、ホルマリン漬けにして飾ろうか。

解体した人肉を興味本位から食べるのも良さそうだ。

人の肉は美味しくないというけれど、味付けさえしっかりとすれば肉なんて全部美味しいだろう。

そんな風にして、いつか僕は人を殺したい。

殺されたいと望んでくれる人も世の中にいるだろう。

コイツを殺してくれと恨みから願う人もいるだろう。

でも僕が殺す人は僕が選ぶ。

ナイフが身体に刺さっていく触感も、徐々に冷たくなる体温も、じわりと濡れる血の滑りも、全部全部僕のものにしたいんだ。

この感情こそある意味、愛情に近いのかもしれない。

異常な愛かもしれないが、愛が無いよりは良いものだ。

それに愛と聞くと異常だとも思われにくいだろう。

だから世界は愛で満ちているなんてよく言われるのさ。

人によって、国によって、それぞれの愛情表現が異なるだけなんだ。

愛されないと言うなら、誰かを愛してあげれば良い。

愛を知らないと言うなら、自分の愛し方を探す所から始めれば良い。

そうやって世界はもっと愛に満ちていく。

僕が殺人を望む世界になっていく。

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