第11話 無題

美術館で絵を見る。

有名なピカソやゴッホ、フェルメールが描いた絵が並ぶ。

でも私はその絵を見て、彼らのうち誰が描いたのかはよく見ない。

絵の本質を見るのに、作家の名前はブランドのようで邪魔だから。


誰かの為に描く絵が素晴らしいとされるなら、私はそんな絵を描けない。

誰かの事を想いながら描く絵が評価されるなら、私にはそんな想いを寄せる人は居ない。

私は自分の為だけに絵を描く。自分が好きな絵を、自分が好きな描き方で、自分の好きな様に時間をかけて、自分が好きな所から描いていく。

完成したその絵はまごう事なく私の絵で、誰が何と言おうと私の大好きな絵として完成している筈だ。

でもそれは決して私の物にはならない。

完成される前から買い手が決まっており、私がいつものあの人に連絡すれば引き取り人が数人来て、数日後には私の口座に多額の報酬が振り込まれる。

なけなしのサインを書いたところで価値が逆に上がってしまうとからしくて、私はいつからか自分の絵にサインするのを辞めた。サインって自分のモノって表すモンじゃないのかって皮肉が頭に浮かぶけれど。

そんなある日の事だった。

私の描いた絵を寄贈した相手が美術館オーナーで、その美術館で個展会を開くから作者の私も出席して欲しいとの事だった。

出席した個展会には他の美術館オーナーや金持ち達、評論家やマスコミなどが詰め掛けていて、1人若い私は酷く目立っていた。

そんな金持ちやマスコミ達を満足させる為に私は案内役を任された。

「これ、君が描いたのか?」

これはもう何万回と言われてきた台詞だ。

この美術館に寄贈した絵の中にはまだ私がサインを残していた時の絵画が飾られていた。

私が抗っていた時代の絵とも言える作品達だ。

私のサイン書いてあんだろうが、と思うが一旦落ち着いて、いつも通りに笑顔で私がはい、と答える。するとその後に続くのは決まって、この絵画からは情熱が〜とか、光の陰陽が〜とか、私の考えを汲み取ってるよアピールが炸裂するのだ。

だから私もお決まりの台詞で相手の考えと私の描いた時の心情が一致していたと嘘をつく。

本当に私の絵から私の心情を読み解ける人なんて居ないというのに。

だがその日、とある人は今までの人と違うことを私に尋ねてきた。

「この絵は君のものか?」

その人の見た目はまるで白紙のキャンバスの様な人だった。

オーナーやマスコミ達よりも若く、私より少し年上で、着ていた洋服は上下共に白で統一され、肌も白く、髪も睫毛も異様な程、白かった。

「私の絵……何ですかね?」

思わずそんな姿に見惚れてしまい、曖昧な答えを返してしまった私だったのだが、その人は

「サインがあっても自分の手元に直接置いておらず、美術館に寄贈しており、こうして展覧会やショーの時にはもっと大きな会場に飾られているこの絵。厳密に誰かの絵なのか、とは言い難いよな」

とスラスラと饒舌に

「……何より1つの作品として完成している。完成させてしまっている。描いている途中なら、正に描いている最中なら、それは紛れもなく自分の絵だって言えるのにな」

と真っ直ぐ私の絵を見たまま、言葉を返した。

まるで私の心情を本当に絵から読み取ったとでも言わんばかりに、土足でズカズカと私の中に踏み入ってきた印象を受けた。

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