第3話 世界創造計画

「シンヤ様、またお話を考えてきました。前にシンヤ様が話してくださった、ちっぽけな少年がお姫様と出会い、世界を敵に回しながらもやがて魔王なる存在を倒すってお話なんですが聞いていただけますか? 今回はちょっとひねりも加えたんですよ」

「おお、楽しみだな。じゃあ森を散歩しながらどうだ? ちょっと実験もしたくてさ」

「はいっ、ご一緒いたします♪」


 イヴを伴いながら、オペラから研究を依頼されていた魔力回路の図面の印刷された紙束を抱えつつ、魔法関連研究区画のラボの一室から出発する。

 最近のイヴの趣味は、自分で考えた創作話を俺に聞かせることだ。いつも俺と一緒にいる最中でも、起用にも同時進行で頭の中で組み立ててるらしい。コテコテな童話もどきの冒険譚程度であればイヴも創作できるようになり、俺も自分以外の誰かが考えた創作だからか日々の楽しみの一つになっている。


『マスター、ご外出ですか。それなら一つお願いがございます』

『どうしたオペラ。何かあった?』

『調査研究の許可を求めます。マスターの『すまほ』について』

『……壊されるのは困るぞ。大丈夫なのか』

『もちろん取り扱いには細心の注意を払って行います。分解は危険も伴うため、データ抽出の方法の検討が今回の調査の主目的となります』

『具体的には?』

『写真を中心に、マスターの世界のデザインを参考にしたいのです』

『なるほど』


 チートリンゴや魔法の存在、ドライアド開発のおかげで技術レベルだけみれば明らかに現代をすでに超越している。

 がデザインは別だ。単純な色彩デザインだけでなく、芸術、黄金比、生命のサイクルだって一種の究極のデザインともいえる。まぁ俺の無茶ぶりで人体まで作り上げてしまったオペラには今更ともいえるが。


『じゃあ渡すぞ。そっちにいけばいいか』

『私の外部端末を向かわせております』


 ほどなくすると廊下の端から、成熟した女性の体つきが現れる。

 イヴと同じ肌色の、人体を有している。

 銀髪のシニヨン。やはりイヴと同じで美女なのだが、オペラの場合は20半ばだろうか、母性特盛の胸部やむちっとした下半身はいやおうなく性的に感じる。顔つきはイヴをベースにしているからかイヴの年の離れた姉といった雰囲気だ。

 イヴと一番の違いは、背中部からクジャクのように左右に大きく広がっている、大きな翼じみたアンテナである。外部端末としてオペラから集積される大情報を遠隔で受け取りきるためにはどうしてもないといけないものらしい。淡い水色の魔力を伴い、彼女が歩くたびに雪のように魔力が散っていっている様は、まるで女神のように神聖なもののように思わせる。


「じぁあオペラ、これな」


 スマホを手渡すと、両手を合わせて恭しく受け取るオペラ。


「確かにお借りしました。ありがとうございますマスター」

「オペラ、抽出が完了したら私にも閲覧させてください。お話づくりのアイデアに使いたいのです」

「それはいいですね。了解しましたイヴ」


 意外に肯定的な口ぶりにちょっと驚く。


「へぇ、オペラ、お前もイヴの創作話聞いたことあるのか?」

「とても興味はあります。この前も、マスターからお聞かせいただいたという元のお話のサブストーリーとしてお話を作るということだったので、1000万人規模の世界を想定して仮想ランダムイベントシミュレーションなどもやってみたことがあります」

「いつの間にそんなことしてるんだよ」


 めちゃくちゃ楽しそうなのだが。歴史シミュレーションゲームそのままだな。


「マスターが生命を作りたいとおっしゃっていたころから、シミュレーションは必要なものとして独自に行っておりました。マスターのおっしゃる個性ある生命とは、おのおのが自分の損得や感情で動き、息づいているというものでしたね。そんなマスターの言う生命をたくさん生み出したとすれば、そこからは彼らの生活、人生、そして歴史が生まれますから、それもまた個性となるでしょう」


 イヴの創作話はその世界構築のテンプレート案にもいずれ使えると思っています。などとオペラは大それたことをサラッと言ってのける。


「あとは規模の問題ですね。途中で下手に全滅しないよう増えすぎず少なすぎずな調整が必要です」

「んんんんん?」


 淡々とオペラが言うものだから最初はいかにもな感じに聞いていたのだが、歴史ってあんた。


「いやいやオペラ、俺が生命を生みたいって言ったのは人肌じゃないとさみしいからであって、そんな世界を作るようなすごい規模で生みだそーってわけじゃないぞ」

「しかし精神部分での著しい発展が期待できます。サンプル集めとしては効率的です」

「いや確かにそうだけどさ……どれだけ時間かかると思ってるんだよ」


 オペラが話していることは『感情を勉強するためにどんどん人を増やしていって世界一つ作っちゃおう』ということに等しい。地球で考えたら、人類が観測できている一番最初の創生から人類誕生まで付き合うというようなレベルだろうか。星を作る気か?


「詳細はまた。では失礼しますね」


 オペラはほくほくといった顔で、スマホを大事そうに両掌に掲げるように持ったまま、すすすすとエレベータールームに消えていく。


「大丈夫かね……」

「オペラなら大丈夫ですよ! シンヤ様のすまほは無事に戻ってきます」

「いやそうじゃなくてね……ま、いいか」

「???」


 俺は苦笑して誤魔化すのだった。






 それからおよそ10日後のこと。スマホの解析が終わったというのでオペラに一人呼び出された。イヴも当然のようについてくるはずだったのだが、オペラは俺だけで来てほしいという。

 何かあったのかな……。

 エレベータ―ドライアドですぐさま頭脳室に向かった。


「オペラ、来たぞ」

「はい」


 外部端末であるオペラが俺を出迎えてくれる。そのまま案内されるままに玉座に座る。事前に用意されていたらしいティーセットが、天井からツタに絡められて降りてくる。


「何かあったのか? スマホが壊れたとか?」


 カップに紅茶を注ぐオペラの顔をうかがいながら聞いた。


「いえ、データ抽出は無事終わりました。ついでにマスターが転移したであろうタイミングのキャッシュデータもすべて確認いたしましたがそちらは原因不明のままです」

「ああ、そんなことも調べてくれたのか」

「それは引き続き痕跡がないか調査は進めます。それよりもっと重大なことがあるのです。生命誕生をさせるうえで重要な工程があることを私は知りませんでした、マスター」

「そんなに重大なのか」







「はい。それは生殖です」








 ぶふっ!!! とその瞬間紅茶を吹き出してしまう。


「マスターに画像を見せてもらい、こうあれとデザインしましたが、男性型女性型がなぜあるのかの疑問についぞ行きつきませんでした。ですがスマホ……正しくはスマートフォンというのですね……この中の記憶領域に絵で描かれた書籍がたくさんありましたのを拝見しました」


 …………………………考えてなかったーーー!!!!


「全部……みたの」


「はい。男性、女性はそれぞれ交配して子孫を作る生物的欲求をみたすことが生存本能に並んで強い欲求であると認識しました。その衝動として性的興奮が発生し、交尾をするのだと! 恋愛という豊かで繊細な心の交流によって交配相手との心の距離が詰められることもあれば、交配のために強引に異性に迫ることもある。それゆえのドラマ、あるいは悲劇が生命には存在する。大変興味深い資料でした。あと、どうしてマスターの話してくださるお話は必ず男性と女性が結ばれるのか不思議だったのです。深い関係を作らせる際、男性と男性、女性と女性はないのかと疑問でしたが、それは珍しい部類だったのですね。バランスよく3等分で用意しようと思っていました」


 なんだか秘蔵のエロ本を朗読されているような気持ちで、オペラの迫真な報告を聞く。穴があったら入りたい。あとさらりと聞き流したが、下手したら同性愛率が3分の2というえげつないことになるところだったらしい。


「大変参考になりましたので、ぜひ生命デザインで取り入れようと思います……私たちも至急肉体のアップデートを…………聞いてますかマスター?」

「ああ……うん……」

「大事なことなのです……マスター。マスターも定期的に性処理を必要としていたのではないですか?私たちはそういう目的で女性にデザインされたのではないですか?」


 お母さん、俺、見目麗しい女性に、「貴方溜まってるんでしょう?私で抜きたかったんでしょう?はっきりしなさい」と真顔で問い詰められてます……。


「どっちかというと……はい」

「了解しました。では至急この資料はイヴにも――」

「ちょおおおっとまって! イヴはまだ純粋なんだってば!」




 つい昨日まで娘が父親に甘えるような、妹が兄にほめてと健気な、心の底まで無垢な美幼女だったイヴ。

 それが知識とエッチな生殖機能を得るのだ。

 どこか性的に、ご奉仕しなきゃとあざとく迫ってくるのだ。

 そんなイヴと今まで通りの付き合いはできそうにない。

 どうしても俺もイヴを見る際エッチなフィルタをかけてしまうだろう。


「では……イヴは体のアップデートだけかけさせてください。生命として、感情の高い完成度を実現させるためには生殖機能は必須と考えております」


 これを恥ずかしがって拒否したら、イヴは一生愛玩人形のままでいいという矛盾になってしまう。オペラはオペラなりに生命を生むために考えてくれているのだ。


「ではイヴはマスターが手取り足取り仕込むということで……」

「お前な」


 女神のような姿で微笑みながら、片手の指で作った輪に、もう片方ので人差し指で抜き差ししながらゲス親父みたいなことをいう。

 世界樹の我らが頭脳は、男性向けエロコンテンツに毒されてしまったようだった。




「ではマスター。先日マスターに実験していただいた魔術回路も有用であることが分かりましたので、生命のための世界創造がそろそろ開始できそうです。その許可もいただきたいです」

「ああ、あれ? 火弾がA地点に消えてB地点から出てきたとおもったらまたA地点に消えるってなったやつか」

「はい、あれはループ処理です。中にいる生命には、そのループ処理と時空を歪曲させたゆがみ、一定範囲内だけの宇宙を仮想で作りそれ以降からはプロジェクションマッピングすることによって、その世界に住んでいる住民からすれば、マスターの知るような『地球のような真球に近い星に私たちは住んでいるのだ』と錯覚させるのです」

「…………はぁ??」

「文字通り『世界を作ってしまう』のです」




https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/432466/




「想像以上に広いんだけど…」

「真剣に生きている彼らが、その世界がもしも『作り物』だと知ってしまったら強く絶望してしまうと思うのです。なので寿命も絞りつつ、それなりに険しい世界にして、いかなる生命もその核心に迫れない、くらいがベストだと思いました。マスターの世界で流行っていた宗教も世界構造の印象についてうまく利用しようと思います」

「うーーん……だけど……俺たちの都合でそうやって一つの世界を作るわけだろ?当然誰かにとっては悲劇なことも起こりうるわけだから……」

「マスター、それも含めて彼らの歴史なのです。生命は生まれて、生存して、子孫を残すことが使命なのです。彼らが自分たちで描く歴史を私たち側があれこれということ自体が、彼らにとっての冒涜にはならないでしょうか。私たちは私たちの都合で、彼らは彼らの都合で。それでいいではありませんか」

「……………………たし、かに」


 言っていることはわかる。が、もやもやは残ったままだった。

 例えば一つの人間の家族が魔物に襲われたとする。魔物にとっては生きるために必要な狩りだ。それで育まれる家族や生命もあるだろう。しかし人間の家族からしてみれば悲劇以外の何物でもない。生存競争に負けたと一言でいえばそれまでだが、まだ心は人間な俺としては理解はできても納得は……。

 割り切れているオペラを素直に尊敬する。俺に、神様のような振る舞いはすぐには無理だ。


「……マスター、難しいことはいったん抜きにしませんか?」


 オペラは煮え切らない様子の俺を見て、くすっと笑う。


「助けたかったら助ければいいと考えるのはどうでしょうか。でもほどほどに。助けたい人だけ助ける。でもすべてを救う必要はない。マスターは人間なんですから。マスターが楽しくないと、私たちもつらいです」

「…………そうだな。難しく考えすぎちゃってたみたいだ」


 よく考えたら俺は不老不死だった。これからずっと生き続ける羽目になる。人の善悪なんてたくさん経験するだろう。

 それに今の世界樹の世界だけじゃ、すぐに刺激を遊びつくしてしまうだろう。

 なにせ俺は現代地球の人間。

 エンターテイメントなコンテンツは、すぐに食い尽くしてしまう性分だ。

 だから。

 たくさん世界を作って、遊んで遊び終わったらまた次の世界へ。

 神様の視点で、人間の視点で、動物の視点で、男性の視点で、女性の視点で。

 たまに世界と世界をつないでみても面白いな。記憶処理して何も知らないていで物語の登場人物になるのもいい。

 なんだ……遊び方は無限大だ。


「オペラ、お前すげーよ。絶対面白いと思う。やろう!」

「承知しました」

「ああ、ばっちり計画頼む。必要なことがあったら言ってくれ! 俺もひさびさに世界樹に願うことができそうだ」

「ありがとうございます。マスター」

 俺はオペラにハイタッチをして、頭脳室を後にした。






「……………………よかった」


 オペラは、主人がいなくなった頭脳室で一人胸をなでおろす。

 それは自分の提案が通ったから、というより隠し事を隠しきれたから、というものに近い、後ろめたい安心感だった。

 後はマスターに実際に世界を作ること、世界の中の生命と交わることで楽しんでもらえれば、問題ない。

 世界創造は、必要なことだ。今のままではマスターを危険にさらす。

 どんどん作っていこう。そして、機会を待つのだ。


 シンヤのもうあきらめたのか口にしなくなった、とある命令は、まだ生きている。


『元の世界への帰還方法』


 世界創造。

 それはシンヤが元の世界に戻るための――唯一の方法なのだから。




 世界樹は、主の願いを、忘れない。




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