第2話 開発してゆきます(インフレ)

 

 朝、葉っぱのベッドで目が覚めた俺を直立不動で迎える影があった。

 起き抜けで光がまぶしく、窓枠からの逆光で見えない……。

 だが、確かに見慣れた、人型をしている。

 かなえて、くれたのか。


「ほらきたぁ! ……って……木?」


 ふわふわロングヘアの美少女……の人型をしているだけの、木像だった。

 途端に拍子抜けした。

 そりゃ木に肉を頼んでも無駄だったのだ、肉を持った生き物……ましてや人ができるはずがない。これが木の叶えられる限界だったんだろうな。

 130センチくらいの幼女の裸体の像だ。うっすらと膨らんだ胸、ぷりっとお尻……見た目だけでただの木なんだが……。

 想像するだけで自家発電できた昔の自分を思い出すように、ムスコが元気になるのを感じた。朝勃ちだ。少し感動する。生理現象として当たり前だった朝勃ちは、実はこの世界に来てノイローゼ気味になってからなくなって久しかった。

 無意識に作った命が幼女型でしかも性的興奮を覚えてしまうのは情けないがこちとら極限状態だ。許してほしい。


「にしてもさすがにベッドの前に仁王立ちは邪魔だな……っ!?」


 そこどいてほしいなー。

 そういうニュアンスの言葉を放った瞬間だった。

 まるで応えるかのように、少女像は不格好なロボットのように踵を返し、道を開けた。


「…………動いた……」


 10秒後脳を再起動した俺は、この木像に森妖精ドライアド、と名付け、眠くなるまで実験を開始した。その日から俺はドライアド研究に熱を上げることになる。



特徴1●ドライアドはどんな姿にでもなれる。

 願えば、次の日には老若男女、動物、想像上の怪物の姿でも大丈夫だった。

 調子に乗ってドライアドを作りまくっていたら、あっという間に家のスペースが埋まっていく。


特徴2●労働力になる。

 これがでかい。

 こういうことをやっていてほしい、と命令するだけで、その通りに働いてくれる。

 魔法ではあれだけうんともすんとも言わなかった砂を、ドライアドたちは動かせた。

 シャベルを持って砂を集めてきてほしい、とお願いすれば、どこからともなく木のシャベルをもち、海にじゃぶじゃぶ入っていき、黙々と作業をしてくれるのだ。

 だがやはりドライアドも姿かたちで性能は変わるようで、積載量や掘り出すスピード、パワーを出してもらうなら男型、重機のようなゴーレム型のほうがいい。

 最初は小さなドライアドたちで砂地を広げることに終始し、広さを確保できた段階で、30メートル級の巨人ドライアド『ギガント級』を開発してからは、埋め立て作業の進行は加速した。

 こういう生産ゲーム、俺好きだったな……。

 遭難して200日を超えたとき、絶海の孤島は、最長の部分で直径100メートル、短くて50メートルほどの楕円形になっていた。




 俺は埋め立て作業と並行して、あることを進めていた。

 それは頭脳級のドライアドの開発である。

 最初に作り上げた幼女ドライアド『イブ』はアップデートを繰り返し、人間らしい動き、フォルムを日々獲得していっている。木の幹のこまごまとしたひび割れが目立った肌はつるつるになり、動きの不格好さもなくなり俺とそん色ない人間の動きになるまで時間はそうかからなかった。

 そんなイブを助手に、効率的に埋め立て、この孤島の開発をするために思考してくれるコンピュータ……頭脳級のドライアドの仕事内容の概要が詰められていく。


 大樹の中心部の大広間に鎮座する、巨大な木枠。その中には魔力でできた淡い水色調の仮想ディスプレイが表示されている。本体は、木枠から幾本もツタが伸び、ディスプレイのすぐ下にはめ込まれるようにして鎮座している直径80センチはあろうかという巨大な『賢者のリンゴ』だ。不壊と不滅をもち、英知を日々開発し自動アップデートしていく。

 頭脳級ドライアド『オペラ』の役目は以下の5つだ。


1・ドライアドたちを統括し、最高効率で島の拡大を進めるための、ドライアドの増産、島の拡大のための砂の採掘、運搬、埋め立て、より強力な作業ドライアドの開発の全業務を代行する。そして、その進捗を常に記録、同期し、俺が確認したいときに明瞭に回答できるようにする。


2・広域探査。この世界に結局果てはあるのか。この砂の下には何があるのか。この空はどこまで続くのか……探査用ドライアドを全方位に派遣しこの世界の全容をつかむ。


3・生命の創生。また人間に会いたい。自分以外の熱を持つ、生命だからこそある温かさと触れ合いたい。指の端をかみ切って絞り出した俺の血液と、大豆など植物由来だがタンパク質を含む植物などを基盤に、開発を進めてはどうかとヒントを出してからは、あとはほったらかしにする。


4・俺の元の世界への帰還方法

転移魔法、時空魔法が失敗した時点で、理由は不明だが、半分俺はあきらめている。この中だと一番優先度は低い。


5・衣食住の管理

主に俺のための服の製造や、調味料の開発、食べ物の保存機構の開発を進めてもらう。

アボガド由来ではあるがバターと果物や野菜に含まれるわずかなナトリウムを抽出して作った醤油が開発できた時は地味に涙が出た。ドライアドたちにも服を着せてみたが、これが思いのほか似合っている。上着、下着の概念を共有し、あとは任せる。




「じゃあイブ、今日は7人の小人の話をするぞ」


 家の居間で、向かい合って座った俺は、そうして今日も語り始める。

 こくんと、その体年相応を思わせるように、あどけなくうなずいて見せるイブ。

 俺はひたすら、イブに話をした。

 童謡、アニメのストーリー、ドラマ、映画の話、思い出話、家族の話、友達の話、依然していた仕事の話、ファンタジーの話、SFの話、好きだった女の子の話、嫌だった時の話、恥ずかしかった黒歴史、適当に思いついた作り話、思いつくままに。

 その時俺はこう思った。こう感じた。こういう風な態度をとってしまった。あの子にはこう思ってほしかった。こうすればよかった。

 全部を懺悔するように、絞り出すように、イブに吐き出して。

 イブは、首肯するだけだが、いつしか同意の反応を返すようになる。このころになると発声器官もイブなりに開発しているのか、かすれた声でだがうん、いいえといった簡単なレスポンスが出せるようになった。

 だがそれではただのイエスマンだ。ただの作り物。俺の考える個性ある生命じゃない。だがそれでも、偉大な第一歩だ。

 それからは話の途中で「どうなったと思う?」と疑問形に投げかけることを多くした。疑問に思ってもらいたい。考えてもらいたい。同意する前に論理の破綻があればそれを気づいてほしいし、破綻があってもいいという矛盾を愛せるようになってほしい。


「ご主人さま。あなたの、なまえは、なんですか」


 果てに、イブは、口にした。

 その質問を、ずっと……待っていた。


「俺の名前は、上野信也。シンヤって読んでくれ」


 頑張ろう。俺は、俺たちは着実に前に進んでいる。




 朝目覚めた俺は、イブを引き連れて、もはや城と化した家の大廊下を一人うろつく。

 部屋の壁に這う光魔法を伴ったツタが、外から奥深い樹城の中を、昼間のように明るく照らしている。空調も機能しているのか空気は常に澄んでいておいしい。


「イブ、今日はお話はお休みな。水着バカンスするんだ」


 ビーチチェアに寝転がってぼけーっとするだけだが。最近ぼーっとするだけなら数日間はそのままの状態でぼーっとしていられる。まるで植物みたいだ。食物のエネルギー変換効率がいいのか排泄も少なくなり、もう数か月もトイレは利用してない。


「了解しました、シンヤ様。ドリンクと軽食を準備させます」


 すぐさま、念話で落ち着いた女性調の声が脳裏に響く。


『おはようございますマスター。定期報告がございますが、今日はどうされますか』

『わかった。じゃあこのまま頭脳室にむかうよ』

『御足労おかけしますが、お待ちしております。マスター』

「聞いた通りだ、イブ。先に用事を済ませよう」

「了解しました、シンヤ様」


 寝室を出て3分ほど廊下を歩いた先にある巨大木製エレベータードライアドに二人して乗り込む。魔導制御されている昇降室は騒音も振動もなく快適に高速で上昇し始めた。


 余談だが、スマホの日数表示は1000日を先日超えた。このスマホにも、バッテリーが切れないことはもう不思議とも思わず、スマホの画面にも表示できないくらいの日数になったらどんな表示になるんだろ、という、果てしない未来への楽しみしかない。

 落としきりだったゲームなんかもう全部クリア済みで、やりこみは当の昔に終えている。もう遊ぶことはそうそうないだろう。あとは紛失防止のためにこのスマホを分解して量産することだ、分解はさすがに怖くできてないが、オペラに任せておけばいずれ近いものを再現できるに違いない。


 島と、大樹の開発の進捗について話そう。

 あれから加速的に土地の拡大は進められ、今は、たとえて言うなら奄美大島の本島をすっぽり収めるほど広くなっている。植林が進められ、地面に起伏を作り、砂を固めて岩石を作り『島らしい』外観へ様変わりした。火山を作り、石清水から大きくなっていき海へ流れていく川を作った。もう誰が遭難しても無人島というに違いない。歩けば虫のさざめきでも聞こえようものだが、生命はまだ微生物の一匹たりともいないが。


 大樹はオペラの話では前回の報告の段階で全長70キロに到達したらしい。そのシイタケのかさのように、大きく広く伸びる太い枝はこの島すらもすっぽりと覆い、たっぷりとその身に陽光を浴びている。俺の指定しているビーチ区画や火山付近以外を除き、その隙間からの木漏れ日が幻想的に島全体を包んでいる。オペラに『これからここ以外にも植林による大樹化させるだろうから本拠点としての名称を決めてほしい』と言われ『世界樹』と名付けることにした。


 世界樹の内部は巨大な建築物と化しており、2000体の人型ドライアドが作業している。オペラの話では探索しているのを含めれば大小含めて約30万体いるらしい。


 俺のベッドルームやリビングなどを含めた生活圏以外に、ドライアド生成&貯蔵区画、俺一人だけなら1万年は軽く持つだろう飲食物用冷凍区画、新技術開発区画。


 果物や野菜から精製される鉄分、炭素など鉱石素材を使った簡易日用品の開発なども進められている。

 まぁ『数千度もの高熱にも耐えられるようになる樹液をこぼすリンゴ』とでも願ってしまえば鉄素材、鋼素材の必要性すら皆無なので、この辺は道楽だ。




 食に関しては、大きな進展がある。

 果物、野菜、穀物、それから簡易変換でできる飲食物に関しては俺の希望する限りの生産を達成した。そしてついにようやくかよという話ではあるが、念願の肉ができたのだ。合成培養肉ではあるが、肉には違いない。なんのうまみもない触感だけの肉だが、オペラ製再現焼肉のたれにヅケにしてしまえば大した問題じゃなかった。




 5分ほど待っていると、エレベーターが最上階に到着する。

 地上70キロメートルの木の幹の頂上付近に作られた頭脳室……オペラは今はそこに鎮座している。

 この世界は上空にいても空気が薄くなることもなければ大気圏を突破してしまうこともなく、地上と全くそん色ない環境であることが分かっている。というか、果てがいまだ見えない。

 頭脳室の、上座。オペラを見下ろせるような位置に、オペラがどういう気の利かせ方かは知らないが、俺がイブに語った創作話や歴史でできた王のイメージに引っ張られてか、創造主である俺用の玉座があったりする。オペラはそこに俺が座るのが何となく好んでいる節がある。


「オペラ。じゃあいつものよろしく」


「了解しました。


 ……まず広域報告から。360度全方位に飛ばした時速8710キロ出力の極音速探査魔導ドライアドからは、探査開始から1年たちましたがいまだ発見なしです」


「そうか……」


 これは、何となくそうなんじゃないかな、と思っていたからあまり驚きはない。

この程度で果てが見つかるなら大したことないなとも。

 とはいえあと4倍も速くなれば光速に到達する。オペラが稼働し始めて2年程度と考えてもその開発力を褒めたたえこそすれ、不満などあるわけもない。

 宇宙一個分制覇するくらいの気持ちでなければ……。


「地中に関してですが。崩落の危険もあるため本島より1万キロ南方に、掘削特化ドライアドと増産基地を配置し、稼働中です。地下8万キロにもうすぐ到達しますがいまだ地質に変化はありません。引き続き地上探査、地中探査用のドライアドは常に最高効率、新型開発のアップデートをかけながら進行を進めます」


「わかった。ほかには報告はあるか?」


 定期報告としてはだいたい探査情報がメインとなる。それ以外は、新しい日用品を開発したとあればわざと……まるで褒めてほしい子供のように、サプライズ狙いで見せてきたりとするのが最近のオペラの趣味だ。


「それよりマスター、新しい茶葉を開発したので味を見ていただけますか?

 ――さぁ、イブ」


 オペラの物影からスッと出てきたのは……ティーセットの乗ったお盆を携えた……メイド服姿の金髪ふわふわロングの少女だった。

 まごうことなき肌色の、柔らかそうな人肌を持つ、どこか見覚えのある誰かだった。

 今まではそう精巧にかたどられていただけの木でできていた目は、くりくりと、俺がもう見飽きてしまったはずの、海の色と同じ澄んだ青色をして、俺を見つめている。


「……シンヤ様っ。……お待たせしました」


 まだ覚えたてなのだろう。ぎこちなくだが……微笑んでいる。

 ドライアドで、作り物なんだぞ。そんなイブが、声を弾ませるなんて……そんなはずが。


「……オペラ、これは」


 つい先日合成肉で喜んでいたばかりだぞ……。


「はい、10時間ほど前に培養促成が完了した、高品質人型生命体です。イブの記憶情報を知恵の果実の果汁と世界樹の樹液を圧縮し鉱石化したものに記録し、埋め込んであります」


 知恵のリンゴは賢者のリンゴのいうならば別バージョンだ。思考ではなく善悪を分別し、心が育つのを目的としている。


「本当に……イブなのか? あれ? じゃあここにいるのは」


 俺のそばについてきていた、いつもの木の幹色をしたイブを振り返る。


「それは統括権のある私の遠隔操作です。仕込みのためとはいえ大変失礼しました、マスター」


 イブが、おぼつかない足取りで俺のそばまでくるや、震えながら紅茶を入れ始める。そりゃそうだ、彼女にとってみれば生まれたてなのだから。


「無理しなくていい、俺がやろうか」

「……いえ、できます。どうかやらせてください」


 たった一杯のティーカップに注ぐだけ。それに1分近い時間をかけた。

 だがそれを人肌を持つ、人の温かさを持つ誰かが俺のために入れてくれた。

 それだけでこうも、ただの一杯の紅茶が輝いて見えるのは。


「マスター、この茶葉は、5000キロ南南東の初の前線基地で植林、大樹化した世界樹の子の葉を摘み、作られたこの世界最初の遠方の茶葉です」


 以前マスターに、同じものでも、遠かったり、そこに価値を付加させることができると教えてもらいました。淡々と、だがどこか自慢げにオペラは答えた。

 オペラの説明を聞きながら、俺は側にいるイブの手を取っていた。

 繊細だが柔らかくて細い指。俺の無骨な手に比べこんなにも小さくて、柔らかくて暖かい。視線を上げれば天使だと呆けてしまいそうなほどの美少女が……初めての肌と肌による握手の感触にか、むずがゆそうにほおを緩めながら俺を見下ろしている。

 これまでイブと生活を共にしながら、想像したり妄想したりした彼女より、ずっとずっときれいだった。

 一人ぼっちのこの世界に放り捨てられて、さみしさの末俺が初めて願った誰か。

 俺は今、ようやくイブに出会えた。




 胸に詰まるあまり、持ち上げたティーカップの持ち手がつるんと滑った。


「あっつ!!!!!!!!!!!!!!!!」

「し、シンヤ様!? 今お拭きします――!」

「あああああああせっかくのファーストドリップが……」


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