第24話

 あの日以来、わたしがわたしでないみたいだった。

 

 麗華が少し視界に入っただけで頬が熱くなる。心臓が飛び跳ねる。教室に入ってきた麗華が、わたしに挨拶するだけで、舞い上がってしまいそうなくらい嬉しい。それなのに、挨拶したらすぐに自分の席に向かって自由帳を広げてしまうことが同じくらい悲しい。

 

 今までだってもちろん、麗華におはようを言ってもらえたら嬉しかったし、お喋りの機会が減ったのは寂しかった。けれど今の状態とは比べ物にならない。もはや今のわたしは、自分で自分の気持ちが制御できなくなるくらい、麗華のことで一喜一憂している。

 授業中だって、これまでは黒板を見つめていた視線が、今では気づけば麗華の方へと吸い寄せられる。これまでよりも、もっともっと麗華の一挙手一投足から目が離せられなくなっていた。やっぱりわたしはおかしいのかもしれない。


 だって相手は女の子。わたしも女の子。それなのにどうして胸が高鳴るの……?


 こんなの変だ。


 そう思って、わたしは必死に自分の胸を抑えるのだけれど、そうすればそうするほど、ますますわたしの心臓は暴れまわる。どんなに麗華から目を逸らそうとしても、気づけばわたしの両目は麗華を捉えている。それは、嬉しいようで悲しいようで寂しいようで苦しいような……とにかく言葉では表せないような、人生で初めて経験する感情だ。ここ最近のわたしは、この気持ちとどう折り合いをつければ良いのかも分からず、ただただ麗華のことを考えて、観察するばかりだった。


 だからこそ、ここ最近の麗華が凄く疲れていることだってよく分かる。日に日に目の下のクマは大きくなっていって、歩いているだけでもフラフラな様子だ。その度に、わたしは「麗華、もう止めて!」と声をかけたいという衝動に駆られるのだけれど、わたしは麗華を信じると誓ったし、それに、麗華と目を合わせて会話するだけで顔が真っ赤になりそうで、それが何故か恥ずかしくて、結局何も出来ずにいた。


 けれど、わたしは間違っていた。




 午後一発目の授業は体育だった。今日は逆上がりのテストの日だ。やりたい人から順番に、先生の前で逆上がりをする。


 男子たちは、競うように手をあげて、皆、次々と逆上がりを成功させていた。わたしも、こういうのはさっさと終わらせたいタイプなので、男子たちが一通り終わらせた所で手をあげた。


 女子は助走をつける為の坂である補助器を使ってもいいことになっているけれど、わたしはそこそこ鉄棒に自信があったので補助器なしで挑戦して、一発で成功させた。

 ちゃんゆいにみっちゃん、そして麗華もわたしのことを褒めてくれた。


 「流石かおりん!」


 「あたしはあの坂が無いと、ちょっとキツイかも……。麗華っちは?」


 「私もかな……。鉄棒は嫌いではないけど、香織みたいに坂なしで綺麗に決めるのは難しいと思う……」


 そう言う麗華は、やっぱり疲れが溜まっているように見えた。


 「麗華、何だか体調悪そうに見えるけど本当に大丈夫?」


 ここ最近、いつも遠くから麗華を眺めているくせに、こういう時だけ顔を合わせられなくて、少し視線をそらしながら、わたしは麗華に話しかけた。


 「えっ、そうなの? 気分悪いなら休んだほうがいいよ?」


 「私も気づかなかった……。麗華ちゃん、大丈夫?」


 続いて、特に麗華の様子に違和感を覚えていなかった様子のちゃんゆいやみっちゃんも声をかける。けれど、麗華の返事はいつもと変わらない。


 「私は大丈夫。心配しないで」


 そう言い残すと、控えめに手を上げた麗華は、補助器ありの鉄棒へと向かった。その足取りは、やっぱり少し頼りないようにわたしには見えた。けれど、ちゃんゆいもみっちゃんも先生だってそれには気づかない。


 「じゃあ椎名さん、逆上がりをして下さい!」


 「はい」


 麗華の両手が鉄棒を掴む。そのまま少しだけ鉄棒から身体を離すと、麗華は勢いよく地面を蹴り、そして補助器の坂を駆け上がった。


 これなら問題なく逆上がりも成功しそうだね……。


 わたしがそう思って、肩の力をほんの少し抜いた瞬間、突然、麗華の右手が鉄棒から離れた。


 それからのことは、わたしにはコマ送りのスローモーション映像のように見えた。


 右半身が重力に吸い寄せられて下に落ちていき、ほっそりとした麗華の細い左腕で全体重を支えることなんて到底出来なくて、左手も鉄棒から離れる。そのまま麗華は右肩から勢いよく地面に落ちた。


 「麗華!」


 わたしは誰よりも早く麗華の名前を叫ぶと、すぐに駆け寄った。


 「椎名さん!」


 「麗華っち!」


 「麗華ちゃん!」


 わたしの直後に、先生やちゃんゆい、それにみっちゃんも慌てて側に寄る。

 わたしの腕の中で、麗華は苦しそうに顔をしかめていた。


 「麗華、麗華ぁ!」


 わたしのせいで……。わたしは麗華の体調が悪いことに気づいていたのに……。


 周りの人たちも口々に叫んでいたみたいだけれど、まるでわたしと麗華だけ水の中にいるみたいに、全然音は聞こえなかった。




 「軽い打撲だけだから、多分大丈夫よ。一応病院には行ったほうが良いと思うけれど」


 保健室の先生の言葉に、わたしとちゃんゆいとみっちゃんは、ほっと胸を撫で下ろす。放課後、全ての授業が終わってからわたしたちは保健室を訪れたのだ。


 この一時間、わたしは生きた心地がしなかった。体育の授業が終わって、次の国語の授業が始まっても麗華が帰ってこなかったからだ。もしも麗華の身に何かあったら……そう思うだけで目の前が真っ暗になって、体が引き裂かれそうだった。だからわたしは、帰りの会が終わった瞬間に、掃除も放り出して保健室へ駆け出した。そんなわたしの様子を見て、ちゃんゆいとちゃんゆいとみっちゃんも付いてきたのだ。


 「でも先生。麗華ちゃんが大丈夫なら、どうしてさっきの時間、すぐに教室に戻ってこなかったんですか?」


 ちゃんゆいの質問に、先生は保健室の一角を指差す。そこには本来ベッドがあるのだけれど、今は四方をカーテンで覆われていた。


 「あの子は肩に湿布を貼り終えた途端に教室に戻るって言ったんだけど、随分と疲れているように見えたから、少しだけで良いからベッドで横になってって言ったの。説得は大変だったけれどね……。五分だけで良いからってことで何とかベッドに横になってもらったら、すぐに寝ちゃったわ。よっぽど疲れていたんでしょうね。鉄棒から落っこちちゃったのも、きっと睡眠不足が原因よ」


 「そうだったんですか……」


 わたしはやるせない思いだった。本当に大変だったらわたしに伝えてって言ったのに、麗華は「大丈夫」としか言ってくれなかった。


 わたしって麗華に信用されてないのかな……。


 麗華の無事に笑顔を浮かべるちゃんゆいやみっちゃんとは対称的に、わたしは重苦しい気分を抱えたまま、保健室を後にして、放り出してきた掃除に向かったのだった。




 啓太に告白されたあの日と同じように、わたしは教室で一人残っていた。あの時は何の目的もなく教室に居続けただけだけど、今日のわたしにははっきりとした目的があった。桜花さんとの約束を果たさなければいけない。

 教室後方のドアが開く音がする。


 「香織……?」


 そこには麗華の姿があった。


 「麗華、もう大丈夫なの?」


 わたしは麗華のもとへ駆け寄る。近くで見る麗華の顔つきは、保健室に行く前よりもずっと良くなっていた。血の気のなかった頬も、今はほんのりピンク色に染まっている。


 「うん。私は大丈夫。心配かけちゃってごめんね」


 麗華はそう言うと、わたしの横を通り抜けて自分のランドセルを取りに行く。


 「麗華、いつも同じことばかり言ってる」


 わたしは麗華に背を向けたまま、そう言い放った。麗華の目を見つめながら話してしまうと、また、いつもみたいに自分の感情が制御できなくなりそうだったから。


 「香織?」


 ランドセルを手に取ろうとしていた麗華が、動きを止めたのが音で分かった。


 「どうして、わたしに何も言ってくれなかったの?」


 「香織? 何の話をしてるの?」


 「麗華の話だよ!」


 大きな声でわたしは叫ぶ。


 「麗華、いつも大丈夫って言ってばかり! でも、全然そんなことなかったじゃん! 今日、麗華が鉄棒から落ちたのだって、ここ最近あまり寝てなかったせいなんでしょ? わたしだって、麗華が疲れていることくらい分かってた。でも、麗華が大丈夫って言ってたから信じてたのに……。どうして! どうして何も言ってくれなかったの? 本当に大変だったら、辛かったら、わたしに相談してくれるって約束してたでしょ! それなのに……」


 わたしが麗華を攻めるようなことを言ったのは、これが初めてだった。そんなこと、一生言う機会はないと思っていたのに、不思議と一度口から出始めると止まらない。


 「……」


 対する麗華からの返事は……何もなかった。せめて何か言って欲しかった。何も言わないということは、わざとわたしに言っていなかったということに他ならないのだから……。


 「やっぱり麗華は、わたしのことなんて全然信用してくれて無かったんだ……。わたしだけだったんだね、麗華のことを信じていたのは……」


 こんなことを言ってしまったら麗華に嫌われてしまうって分かっているのに、それでもわたしの口は止まらなかった。心がどんどん黒く染まっていくのが自分でも分かる。


 「違う!」


 ここで初めて麗華は大声を上げる。


 「違うよ! 私は香織のことを信じているし友達だって思っている」


 「じゃあ何で、どうして何も言ってくれなかったの? 麗華が鉄棒から落ちた時、わたし、もう世界が真っ暗になって生きた心地がしなかった。もしも、このまま麗華が大怪我でもしたらどうしようって。わたし、麗華のことが心配で心配でたまらないの! どうして麗華は自分のことをそこまで追い込むの? ついこの間まで、そんなことなかったじゃない!」


 「それは……私は一刻も早く漫画家にならなきゃいけないから……」


 その麗華の呟きは、決してボリュームは大きくなかったけれど、しっかりと芯が通っていた。それは麗華の本音を表しているように、わたしは感じた。


 「……麗華が漫画家になりたいのは前にも聞いたから知ってる。それに向かって努力している麗華は凄いなって思った。でも、前の麗華は自分をもっと大切にしていた。今の麗華は自分の体なんてどうでも良いと思っている。何で? どうして?」


 「それは……」


 「こんな無茶続けてたら、麗華のお母さん……桜花さんみたいな漫画家になんて絶対なれないよ! それよりも前に、麗華の体が壊れちゃう!」


 わたしの発言に、麗華が息を呑む気配が伝わる。


 「……香織、知ってたんだ。私のお母さんが恋メロ描いてるってこと……」


 「この前、お見舞いに行った時に聞いたの」


 「そうだったんだ……。黙っててごめんなさい。香織には、公平な目線で恋メロを読んでほしかったから……。もしも、私のお母さんが作者だって知ったら、正直な感想も言いづらくなっちゃうでしょ?」


 「そのことは別に気にしてない。わたしが怒っているのは、麗華が自分を大切にしないことだよ!」


 しばらくの間、わたしたちは二人とも無言になる。


 「お母さんの手術の日が決まったの……」


 麗華はポツリと呟く。


 「この前、お母さんの体調が急に悪くなって、一刻も早く手術をしなきゃいけないってことになって、それで十二月の上旬に手術日が決まったの。これまで、いつ手術が出来るか分からなかったから、手術日が決まって私は嬉しかった。手術さえすれば、お母さんの病気は治るって信じてた。でもね……私、夜遅くにお父さんとお姉ちゃんが話しているのを聞いちゃったんだ……。お母さんが受ける手術は、絶対に成功するわけじゃないってことを。成功する確率と失敗する確率は同じ位らしくて……。失敗したら死んじゃうこともあるみたいで……」


 麗華の声は、段々と悲痛なものへと変わっていく。


 「今までだって、お母さんが重い病気だってことは知ってた。でも、病院に行けばいつでもお母さんが笑顔で私を迎えてくれて……。だから私は、お母さんが死んじゃうなんてことはこれぽっちも考えてなかったの。なのに突然、二ヶ月後にお母さんが死んじゃうかもしれないって分かって……。もうどうしたら良いか分からなくなった時、昔のことを思い出したの」


 わたしは黙って麗華の話に耳を傾ける。


 「あれは、私がまだ幼稚園に通っていた時。その時から私は絵を描くのが好きで、漫画家になりたいと思ってて……それでお母さんに聞いたことがあるの。『もし私が漫画家になったらどうする?』って。そしたらお母さん、『誰よりも麗華のファンになる。麗華が新しい巻を発売する度にファンレターを書くし、麗華の描く作品は全部、何十回でも何百回でも読む』って言ってくれたの。その時の私は、それが凄く嬉しかった。何故か分からないけれど、その時のことを思い出した私は、あることを思いついたの。お母さんは、私が漫画家になって、新しい巻を発売する度にファンレターを描くって約束してくれた。それなら、私が一刻も早く漫画家になれば、お母さんはずっと生きていてくれるんじゃないかって。だって、生きていないとファンレターは書けないから……。もちろん、そんなの私の単なる願望だってことくらい、分かってる。けれど、あの瞬間に幼稚園の頃の出来事を急に思い出したのは、神様が私に遊んでなんかいないで、さっさと漫画家になれって言っているような気がして……。それで私は全てを犠牲にしてでも、一刻も早く漫画家になろうと思ったの。本当は私だって、もっともっと香織と遊びたかった。香織のことを嫌いになんてなるはずがない。むしろその正反対。だけどそれじゃダメだって思って、必死で自分を押さえつけて、時間の許す限り、一人でイラストを書き続けたの」


 そういうことだったんだ……。


 麗華が、ボロボロになってまで絵を書き続ける理由がようやく分かった。


「でも描けば描くほど自分の絵が下手になっているような気がして、もっと練習しなきゃって思って、寝る時間も削って描いて……。そこまでしても、ちっとも満足出来る絵が描けないの。きっとまだまだ努力が足りないんだと思う。それなのに今日は、保健室で眠りこけちゃって……私って馬鹿だよね。今日の夜は、もう眠れないよ。この遅れを取り戻さなくっちゃ……」


 「麗華のバカッ!」


 わたしは体を反転させて麗華の方を向く。


 「バカッ! バカッ! バカッ! バカぁ……!」


 そして真っ直ぐ麗華の瞳を見つめながら、何度も叫んだ。今の麗華には、言葉だけでは何も届かない。だからわたしは、強く強く麗華を抱きしめる。甘い香りがわたしの鼻孔をくすぐる。


 「わたしの話、聞いてたの? さっきから何度も言ってるでしょ! このままじゃ桜花さんよりも先に麗華が倒れちゃう!」


 「でも、私はお母さんと違って健康だから、別に眠らなくたって平気……」


 「平気なわけないでしょ! 今日だって、肩から落ちたから小さな怪我ですんだけれど、もしも頭から落ちていたらどうなってたと思う? 死んじゃってたかもしれないんだよ?」


 「……でも、こうするしか方法が……」


 「全然分かってない!」


 わたしはより一層、麗華を強く抱きしめる。わたしの腕の中で麗華が壊れてしまわないか心配になるくらい強く。


 「もしも麗華のお母さんが、無理して漫画を描いて、それで病気が悪化するなら麗華はどうする?」


 「それは……お母さんが漫画を描くのを止めさせる。私にとって恋メロは大切だけど、お母さんの命はもっと大切だから」


 「わたしが言いたいことはそれと一緒なの! わたしにとって麗華はとても大切な人なんだから、無理させないようにするのは当然でしょ! 麗華が、もう無理しないって言うまで、わたし絶対この腕を離さないから!」


 わたしは今、全身で麗華を感じている。麗華の些細な動きだって、全部伝わってくる。だからこそ分かった。今度こそ、わたしの思いは麗華に通じたと。麗華も、わたしの体に腕を回した。


 「そっか……そうだよね……」


 麗華も腕に込める力を強める。


 「私、自分のことしか考えてなかった……。香織の気持ちになって考えようなんて全然思ってなかった。ごめんなさい香織。本当に、ごめんなさい……」


 麗華はわたしの胸に顔を埋める。


 「ううん……分かってくれればいいの。麗華ならきっと、最後は分かってくれるって信じてた。これからは無理しないでね」


 「分かった……。もうフラフラになるまで漫画の練習をしたりはしない。今度こそ約束する」


 「ありがとう、麗華……」


 わたしたちは、しばらくの間、抱き合った。麗華を説得できた安心感からかどうか分からないけれど、急にわたしの心臓は暴れ始めた。きっとこの鼓動は麗華にだって伝わっている。そう考えると、急に顔が熱くなって恥ずかしくなってきた。だからわたしは、そっと腕を解いた。


 「麗華、一緒に帰ろっか」


 「うん」




 わたしたちは夕日の中、久しぶりに肩を並べて下校した。やっぱり一人ぼっちで帰るのよりも、こちらの方がずっと良い。


 「私、これからどうしたら良いのかな……」


 黒髪を耳にかけながら、麗華はポツリと呟く。そんな仕草の一つ一つが愛らしくて、抱きしめたくなる。ついさっきまで、わたしの胸の中にいた麗華の感触や香りが忘れられない。


 でも、そんなことを考えている場合では無いのだ。麗華は真剣に悩んでいるのだから。だからわたしはブルブルと首を横に振ってから口を開いた。


 「自分を大切に出来るんだったら、麗華のやりたいことをやればいいと思う。それこそ漫画とか絵を描くことだって、楽しんで出来るなら、わたしは応援する。最近の麗華は、自由帳に向き合ってる時も全然楽しそうに見えなかったから……」


 「言われてみれば、香織の言う通りだね……。最近の私は、自分が描きたいから絵を描いてたんじゃなくて、漫画家に早くなるために仕方なく絵を描いてた。もしかして絵がむしろ下手になったのって、そのせいなのかな……」


 「きっとそうなんじゃないかな。だって夏休みに麗華が描いてくれたわたしのイラストとか、凄く良かったもん。あれは描きたかったから描いてくれたんでしょ?」


 「うん。何とかしてこの光景を残しておきたいって思って……」


 「それなら、これからもそういうイラストを描いていけばいいと思うよ。それで、一番上手く描けたイラストを、手術の日にお母さんに見せるってのはどうかな?」


 「手術の日に?」


 麗華は不思議そうな表情でこちらを見つめる。


 「うん。でも見せるだけで、その場で感想は聞かないの。感想を聞くのは手術が終わった後。桜花さん、麗華のイラストの感想、絶対に言いたいだろうから、失敗なんてあり得ないよ!」


 麗華の顔いっぱいに、みるみるうちに笑顔が広がる。


 「香織、天才! やっぱり香織に相談してよかった。私、香織の言う通りにする。お母さんの手術の日までに、絶対に最高のイラストを描く!」


 麗華はわたしの両手をがっしりと掴むとブンブンと振った。よほど興奮しているみたいだ。対するわたしは、不意打ちで麗華の手の感触が伝わってきたから、一瞬で顔が真っ赤になる。


 「で、でも、夜ふかしは禁物だからね!」


 「うん!」


 わたしが照れを誤魔化す為に発した言葉に、麗華は満面の笑みで頷いた。久しぶりに見る麗華の笑顔は、やっぱり最高だった。この瞬間だけは、恋愛のことも全て忘れて、わたしは幸せに浸っていた。

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