第23話
「『恋愛』っていうのは、一言では到底言い表せないものだと私は思う」
「多分、本当に『恋愛』が何かを理解するためには、自分で体験することが不可欠なんじゃないかな」
ベッドに横になってからも、数時間前の桜花さんのセリフが頭から離れなかった。むしろ目を瞑っていると、ますますセリフが鮮明になる。
きっとわたしには当分「恋愛」が何かなんて分からないんだろうな……。
そんなことを考えながら、わたしはゴロリと寝返りを打つ。視界には、窓から差し込む月明かりに照らされた勉強机の姿が映る。
そう言えば、初めてわたしが「恋愛」に興味を持った時は、まず辞書で意味を調べたんだっけ……。
勉強机に備え付けられた小さな本棚に刺さる、国語辞典の背表紙をみて、わたしはそんなことを思い出す。それはほんの数ヶ月前の出来事なのに、はるか昔のことのように感じられた。
確かあの時は、書かれている文の意味がほとんど分からなかったんだよね……。
小難しい表現ばかりで、今となっては全く内容を覚えていなかった。
あれから、わたしは何十冊も少女漫画を読んできたし、今ならこの前よりも意味が分かったりするかな……。
そう考えたわたしは、ベッドから起き上がると、あの時と同じように国語辞典に手をのばす。前回、付箋を貼っておいたおかげで、今回は手間取らずに「恋愛」の項目を見つけることが出来た。
「え~っと……」
数カ月ぶりに、細かい文字をわたしは読み進める。
恋愛:特定の異性に対して他の全てを犠牲にしても悔い無いと思い込むような愛情をいだき、常に相手のことを思っては、二人だけでいたい、二人だけの世界を分かち合いたいと願い、それがかなえられたと言っては喜び、ちょっとでも疑念が生じれば不安になるといった状態に身を置くこと 『新明解国語辞典』(第七版)
そして全てを読み終えた時、わたしの心臓は信じられないくらいのペースで鼓動を刻んでいた。首を一筋の汗が伝う。
嘘……。
わたしは絶句する。ここに書かれていることって……
・他のすべてを犠牲にしても悔い無いと思い込む
わたしは麗華の為だったら、自分はどうなっても良いと思っている。
・常に相手のことを思う
ここ最近のわたしは、気づけば麗華のことを考えている。今、麗華は何しているんだろうとか、麗華はわたしのことをどう思っているんだろうとか。何なら夢の中にまで出てくるほどだ。
・二人だけでいたい、二人だけの世界を分かち合いたいと願い、それがかなえられたと言っては喜び、ちょっとでも疑念が生じれば不安になるといった状態に身を置くこと
よく考えてみれば、これにも心当たりがある。昔のわたしは、麗華にもっと友達が出来ることを願っていた。その願いは叶い、麗華にはちゃんゆいやみっちゃんという友達が二人出来た。もちろん今でもそれは嬉しい。けれど最近のわたしは、麗華とちゃんゆいやみっちゃんが凄く仲良さそうにお喋りしている時、何故か心がモヤモヤすることある。これまでは気のせいだと思って深く考えないようにしていたけれど、これって本心では、わたしと麗華の二人だけの時間が減っていることに不安を感じていたんじゃ……
読めば読むほど、国語辞典に書かれていることは、わたしが麗華に対して抱いている感情に一致していた。もちろん、ここに書かれていることだけが全てではない。わたしは、もっともっと色々なことを麗華に対して思っている。桜花さんが、「恋愛を含む人の感情は一言では言い表せない」と言っていたことは、正しかったんだと、今になって納得した。けれど、もしも無理に無理を重ねて、わたしの思いを一言で表すとするなら……
きっとこんな感じなんじゃ……。
わたしは首を横に振って、その考えを否定する。だって、それはありえない。何故なら、この国語辞典に書かれている説明のうち、たったの一文字だけ決定的にわたしに当てはまらない部分があるから。
特定の「異」性に対して他の全てを犠牲にしても~~
わたしと麗華は女の子同士。つまり「同」性だ。だから、わたしが恋愛しているなんてことはあり得ない。理屈ではそのはずなのに、その一方で、わたしの直感は自身が恋愛していることを悟っていた。つい先程まで、どれほど人に聞いても、考えても分からなかったことが、今は手にとるように分かる。胸のドキドキが止まらない。これは、友達や親友相手に抱くような感情ではないし、他人に言葉で説明できるようなものでもない。もしも麗華が男の子だったら、今のわたしの状態は、百パーセント恋愛していると断言できる。それくらい、この思いは特別で、そして強かった。
それなのに……。
わたしも麗華も女の子。女の子が女の子に恋愛する話なんて聞いたことも無いし、辞書にだって異性と書かれている。だとしたら、今、わたしの胸の中で暴れまわっているこの感情は一体何?
もしかして、わたしって変な人なのかな……。
この前は、辞書を読んでいたらすぐに眠気が襲ってきたのに、今日はベッドに戻ってからも全然眠れなかった。こんな気持ちになるのは、今まで生きてきて初めての経験だった。
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