第17話
約一ヶ月の夏休みが終わり、いつもどおりの生活がまた始まる。ただ、いつもどおりと言っても、夏休み前と後で周りの様子は少しだけ変わっていた。
まずはみっちゃん。沖縄に行ったみっちゃんは、綺麗な海を思う存分満喫したらしくて、夏休み前よりも肌がこんがりと焼けていた。次にちゃんゆい。ちゃんゆいは、背中のあたりまで伸びていた長い髪を、わたしと同じ位の長さまでバッサリと切っていた。いわゆるイメチェンというやつだろうか。そして啓太。啓太は相変わらず教室で大声でふざけていたけれど、わたしにちょっかいを出すことは無くなった。時々チラチラと視線を感じることもあるけれど、せいぜいそれくらい。どうやら麗華の自由帳水浸し事件以降、反省しているみたいだった。それは普通に嬉しいのだけれど、啓太が啓太で無くなったような気がして、わたしは少し違和感を覚えている。最後は麗華。麗華は夏休みが明けてから、ちゃんゆいやみっちゃんと話す機会が以前よりもずっと増えた。毎日のように授業中、わたしたち四人で絵しりとりをしているからかもしれない。今だって、みっちゃんとちゃんゆい、そして麗華はわたしの机を取り囲んでいた。
「かおりん、夏休み明けてから何だか絵が上手になったよね?」
ちゃんゆいは前の授業の時にまわしていた絵しりとりの用紙をじっと見つめながら呟いた。
「あたしもそう思う。今までのかおりんの絵は何描いてるのかよく分からなかったのに、最近はなんとなく分かるようになってきてる……」
「香織、夏休みの間、絵の練習頑張ってたから……」
「実はわたし、麗華にちょっとだけ絵の描き方教えてもらってたんだ」
「そっか~。じゃあ、かおりんの画力が急に上がったのは麗華っちのおかげだね。あたし思うんだけど、麗華っちって相当、絵うまいよね?」
「私もそれは思う。麗華ちゃんの絵はパッと見ただけで、すぐに何か分かるもん。もしかして将来の夢は画家だったりするの?」
そんなことを言うちゃんゆいに対して、わたしは得意顔で人差し指を左右に振った。
「それが違うんだよ~。ね~麗華」
「うん……実は私、漫画家目指してるんだ……」
「えっ、漫画家? 凄~い! どおりで絵が上手な訳だよ。ねっ、試しに私のこと描いてくれない?」
ちゃんゆいは、自分を指差す。
「えっ、それ良いなぁ! あたしも描いて!」
「えっ……えっ?」
二人の突然のお願いに、麗華は少し戸惑っている様子だった。こういうタイプの子と友達になるのが初めてだからかもしれない。みっちゃんとちゃんゆいは、結構グイグイ来るタイプだ。
「こら~、二人とも麗華を困らせないの! ねえ、麗華?」
「あっ、いや、ちょっと驚いちゃっただけで、別に困ってる訳ではないから安心して?」
「「じゃあ描いてくれる?」」
みっちゃんとちゃんゆいが声をハモらせたところで授業開始のチャイムが鳴った。皆、慌てて席に戻ったので、麗華の返答を聞くことは出来なかった。
けれど流石に麗華でも、二人のお願いに答えるのは難しいと思う。これまで麗華は、ちゃんゆいやみっちゃんのイラストを描いたことが無いし、授業中では二人の顔を観察することだって出来ない。きっとすぐには描けないはずだ。わたしはそう考えていた。けれど、そんなわたしの考えはあっさり外れる。
「麗華っち凄い!」
「私、誰かに自分のイラスト描いてもらったの初めてかも!」
三時間目の授業が終わり、再び休み時間になったので皆わたしの机の周りに集合した。そこで麗華は、先程の授業中に描いたイラストを披露したのだけれど、それはわたしが思っていたよりもずっと上手だった。ひと目見ただけで、みっちゃんとちゃんゆいのイラストだと分かるほどに。
「このイラストの中のあたし、何だかすっごく楽しそうな表情してる……」
「それは、みっちゃんが沖縄旅行のことについて話している時、すっごく楽しそうな表情をしてたから、それを参考にして描いてみたの……」
「私のイラストは、ちゃんと今の私の髪の長さになってる……。この髪型になってから、まだ数回しか麗華ちゃんに会ってないと思うんだけど、よく描けたね?」
「夏休みはずっと、人を描く練習してたから……。もしかしたら、その練習の成果が出たのかも」
その後も、みっちゃんとちゃんゆいは口々に麗華のことを凄い凄いと褒めていた。わたしも麗華の画力がここまで上達しているとは思っていなかったから驚いていた。やっぱり麗華は凄いと思う。今まで努力してきた成果が、だんだん実り始めているのだ。それは、麗華が漫画家になることを応援しているわたしにとっても嬉しいことだ。そのはずなのに……。
あれ……何でだろう……? 何だか心がモヤモヤするような……。
何故かわたしは、麗華の成長を素直に喜べずにいた。ちゃんゆいやみっちゃんと仲よさげに話している麗華を見ていると、麗華の描いた二人のイラストを見ていると、何故かそのモヤモヤは大きくなる。空一面の青空が、次第に雲に覆われていくように。
本来は、その逆でなければいけないはずなのだ。麗華がちゃんゆいやみっちゃんと仲良くなることを願っていたのは、他でもないわたしなのだから。それなのに、どうしてこんな気持ちになってしまうのか、自分でも分からない。
「香織? 大丈夫?」
そんなわたしの異変に、真っ先に気がついたのは麗華だった。不安げにわたしの顔を覗き込む。
「かおりん、どうしたの?」
「具合悪いの?」
続いて、みっちゃんとちゃんゆいも心配そうな表情をわたしに向けた。
「う、ううん。大丈夫だよ? そんなことより麗華、本当に人の絵も上手に描けるようになったよね」
「それはもちろん、香織のおかげだよ。この夏休み、香織のイラストを何十枚、何百枚って描いてきたんだから……」
確かにこの夏休みの間、恋メロのシーンの演技を何回もやってきて、その度に麗華はわたしのイラストを描いていた。最初のうちは雅人や菫のイラストも描いていたのだけれど、次第に麗華はわたしのイラストだけを描くようになっていた。麗華いわく、自分が実際に見た光景の方が描きやすいらしい。もともと麗華の描くわたしのイラストは、凄く生き生きとしていて上手だったのだけれど、枚数を重ねるごとに、ますます上達していった。最近は、わたしが実際にはやっていないことまでイラストに描けるようになっている。この前は、「ピーマンを美味しそうに食べる香織」っていうタイトルのイラストを描いていたっけ……。実際にそんなことは起こるわけないのに……。
「そっか、そうだよね……。麗華はわたしのイラストをたくさん描いてきたもんね」
「そうなの? かおりん良いな~羨ましい!」
「ねぇ、私たちにもかおりんのイラスト見せてよ!」
こうして、麗華の描いたわたしのイラストの展示会が始まった。皆にわたしのイラストを見られるのは、ちょっぴり恥ずかしかったけれど、嬉しさは、その百倍くらいあって、わたしは得意げに胸を張った。何だか誇らしい気分だった。気づけばモヤモヤも無くなっていて、わたしの心の中には再び青空が広がっていた。
さっきのモヤモヤは、気のせいだったのかな……。
きっとそうに違いない、わたしは自分に言い聞かせる。この時のわたしは、わたし自身も夏休みの前後で自分の心境に大きな変化があったことに、まだ気づいていなかった。
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