第13話
「どうかな? 香織?」
七夕まつりの翌日。今日もわたしは麗華の家にお邪魔して、少女漫画を読んでいた。夏休みに入ってから読むペースは加速していて、既に恋メロ以外に三作品も完結まで読み終えている。そして四作品目の五巻を読んでいた時、勉強机でずっとイラストを書いていた麗華がわたしに自由帳を向けてきたのだ。
「昨日の七夕まつりのイラストだよね? 凄く良く描けてるよ」
今日は何を書いているんだろうって思っていたけれど、どうやら昨日の七夕飾りだったらしい。
昨日の麗華、凄く興奮していたもんね……。
「ありがとう香織。やっぱり私、風景はそこそこ描けるみたい。でも、それに比べて人物がダメダメなんだよね……」
麗華は自由帳をパラパラとめくる。そこには、この夏休み中に新たに描かれた恋メロのシーンのイラストがいくつかあったけれど、どれもこの前のさくらんぼのシーンのイラストを超えるほどの出来ではなかった。
「じゃあさ、もっともっと恋メロのシーンの演技やろうよ。この前それで、上手な雅人と菫のイラストが描けたでしょ? それに、わたしのイラストも……」
何故か少し恥ずかしくて、最後の方は小声になる。
「実は私も、そうしようと思ってたんだ。それで香織に相談しようとしていたの。次はどのシーンが良いと思う?」
麗華は本棚から恋メロを何冊か取り出すと、わたしの目の前に広げた。わたしは、今、読んでいた少女漫画を一旦閉じて、恋メロを開く。
「う~ん、そうだね……。せっかくの夏休みだし、普段できないことをやってみたいかな」
「例えば?」
「例えば……」
わたしはパラパラとページをめくる。今手にとっている巻では、雅人と菫が修学旅行に行っていた。
いくら夏休みだからって、修学旅行は無理だよね……。
いくらなんでも、わたしたち二人だけで修学旅行なんて出来るはずがない。そもそも、わたしたちの修学旅行は二ヶ月前に終わったばかりだ。福島の会津に行って、鶴ヶ城を見たり白虎隊の話を聞いたりした。夜はホテルで、同じ部屋の友達と色々な話が出来て、少し緊張はしたけれど楽しい修学旅行だったと思う。
そう言えば、あの時、わたしは麗華と別の部屋だったな……。
一グループ六人で部屋に分かれたのだけれど、あの時のわたしはまだ麗華と話したことがほとんど無かったから、仲の良かったちゃんゆいやみっちゃんと三人グループを作って、別の三人グループと合体して部屋の班にした。当時は、それが一番良いと思っていたけれど、もしももう一回修学旅行に行くチャンスがあるのならば、間違いなくわたしは麗華も同じ部屋に誘う。
あ~あ、もう一回修学旅行に行きたいなぁ。麗華と一緒にお泊りしたかったなぁ……。
ここでわたしは、豆電球に明かりがつくように突然、一つのことに気がついた。
別に修学旅行じゃなくても、お泊りくらいできるじゃん!
「ねえ麗華。突然だけど、麗華ってこれまでまだわたしの家に来たこと無かったよね?」
「うん。家の前までは行ったことあるけど……」
「なんかわたしばっかり、麗華の家にお邪魔したばかりでごめんね?」
わたしはもう、これまで十回以上麗華の家を訪れている。
「ううん、大丈夫だよ。お父さんもお母さんも家にいないことが多くて寂しいから、香織が来てくれて嬉しいもん」
「確かにわたし、麗華のお父さんもお母さんも見たこと無いかも。そんなに忙しいの?」
「うん……」
そう言う麗華の横顔は、何だかいつもよりも元気が無いように見えた。わたしの家の場合、お父さんが遅く帰ってくることはしょっちゅうだけど、お母さんは大体家にいるから麗華の家とは違う。だから麗華の気持ちは想像することしか出来ないのだけれど、お母さんになかなか会えないのは、きっと寂しいんだろうなとは思う。
本題を切り出すなら今のタイミングしかない!
そう思ったわたしは、覚悟を決めて口を開いた。
「麗華」
「どうしたの? 香織?」
「もしよければなんだけどさ……わたしの家でお泊り会とかやってみない? それで一緒に、恋メロの修学旅行のシーンの演技しようよ」
いつも麗華の家にお世話になりっぱなしだし、たまにはわたしの家にも麗華を招待してみたかった。
「やりたい!」
麗華は即答した。琥珀色の瞳が一瞬で光を取り戻す。
「いつ? いつやる?」
興奮気味に麗華はわたしに詰め寄った。
「わたしは、お母さんの許可が貰えればいつでも大歓迎だよ。明日とかでも多分オッケーだと思うけど、麗華はどう?」
「明日かぁ……。ごめん、明日はちょっと用事が……」
そう言えば明日は木曜日だった。毎週、木曜日と日曜日は麗華に用事があるので遊べない。
「あっ、そうだった……。長い休みになると、曜日が分からなくなっちゃうんだよね。明後日なら、どう?」
「明後日なら、大丈夫なはず。明日お母さんに相談してみるけど、多分オッケー出してくれると思うから」
「よ~し、じゃあ明後日にわたしの家でお泊り会ってことで決まりでいいね?」
「うん。香織のお家、楽しみだな……」
「わたしも麗華とお泊り会、すごく楽しみ! 用意して待ってるね!」
そう言ってわたしは腕まくりした。
せっかく麗華を家に招待するなら、部屋の掃除もしておこう。
普段のわたしは掃除を面倒臭がってしまうことが多いけれど、今のわたしは、やる気に満ち溢れていた。ピカピカになるまで掃除して、麗華を驚かせてやりたいと思う。
退屈な部屋の掃除でさえ、麗華が家に来るってだけで、これだけ楽しさが変わるのだから、やっぱり麗華は凄いと思う。
興奮で薄くピンク色に染まった麗華の頬をじっと見つめながら、わたしはそんなことを考えていた。
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