勇者がものすごく身近な存在になりました

「――――ダーメ、だよぅ!」


 もう今日という今日は容赦しない。ボクは心を鬼にして腕を組む。

 目の前には朝ご飯を食べるおししょー様。でも、いつもよりもちょっと小さく見える。


「い、いや、しかしだな。強靭な体を作る為、私はそのように育ってきたのであって、今更生き方を変えるのは難しくてだな」

「そーいう言い訳するおししょー様とか見たくないんだよぅ! 変えるのが難しいなら、ボクが強制的に変えてやるんだから!」


「これは言い訳ではなくて……アスミア、君こそどうなんだ? 君も肉中心の食生活を送って来たからこそ、あそこまで力が強くなったのだと」

「その話は前にディアーネとしてたの、おししょー様も聞いてたでしょ!」


 ばっちゃのボロ小屋に響き渡る大声。みんな呆れた顔でこっちを見てるけど、知らないもん。ボクはおししょー様の為にやってるんだから!


「ボクの胸がおっきくなったのも、力が強くなったのも、お肉だけじゃなくてお野菜もたっくさん食べたから! おししょー様ももっと強くなりたいなら、お肉だけじゃなくてお野菜も沢山食べるの! ほら!」

「いや、君の主張にも一理はあると思うが……無理やり食べる、というのはあまり健康的じゃないと思」


「そう言って野宿の時もあんまりお野菜食べてこなかったでしょ! ちゃんと味付けしてるし、ボクの料理の腕も前より上がってるはずだから、とっとと食べるんだよぅ!」

「む……わ、分かった」


 そう言っておずおずと野菜を口にするおししょー様。闘いの時の勇ましさはどこに行ったんだか……けどまぁ、とりあえずはボクのしょーり! だね。


 今までの野宿でも気になってたけど、相手はおししょー様だから、って事であまり強く言えなかった。でも、昨日の闘いでなんかおししょー様との距離がすごく縮まった気がして、良い意味で遠慮をしなくなったように思える。


「だぁっははっはは! リューネも嬢ちゃんの前だと形無しだなぁ。一緒に暴れ回ってた時にはこんな姿、一度も見た事ないぜ?」

「くすくす、そぉねぇ。私が好き嫌いはダ~メって何度言っても聞く耳持たないくらい頑固だったのに、人間変わるものよねぇ」

「う、うるさいぞ二人とも」


 顔を逸らしながらも、頑張ってお野菜を食べるおししょー様。まったく、今までほとんどお野菜を食べずに育ったなんて、何度聞いても信じられないよぅ。

 けどまぁ、昨日あんなにギリギリな闘いをしてた事を思えば、こんな事であーだこーだと騒げるのは幸せな事なのかも。


「リューネさんにこんな弱点があったとは……意外ですわ」

「ディアーネ? 他人事みたいに言ってるけど、キミも結構野菜残すよね?」


「うっ……あ、あたしなりに頑張ってはいますわよ、あたしなりに」

「おはようございます」


 と、お辞儀をしながら小屋に入ってくる人影。カンナだ。


「あ、カンナ! おはよー」

「おは、ミア。皆さんも怪我の具合はいかがですか?」


「おう、問題ないぜカンナの嬢ちゃん! 昨日はメメリエルナの補佐をしてくれて助かったぜ!」

「カンナちゃん、きっと良い〝水〟の言霊使いになれるわよぉ? 〝水〟の勇者の私が言うんだから間違いないわぁ」

「お役に立てたなら、嬉しいです」


 ぺこりと一礼するカンナ。でもボクには分かる。今カンナはネコを被っていて、褒められてめっちゃ嬉しいのを顔に出さないようにしてる。何で隠すんだろ。


「村長は村の被害の確認とか復興の指示とかで忙しいので来れませんが、村を護った皆さんに感謝していました。王都に復興の為の人員と物資を要請してくれた事にも」

「いや、当然の事をしたまでだ。むしろこれだけしか出来ずに心苦しく思う」


「村の事は気にせず、旅を続けて欲しい、と村長も言っていました。お気になさらず」

「むぅ、小難しい話は勘弁なんだよぅ……」


 頭が痛くなってぼやくと、野菜相手に四苦八苦してたディアーネが溜息を吐く。


「これくらいの事を小難しいと言ってどうするんですの? あなたは今や〝天〟の勇者なのですから、もっとしっかりして貰わないと」

「いきなりそんな事言われても、実感湧かないんだよぅ」

「はは、そうだろうな」


 ご飯を食べる手を止めておししょー様が笑う。


「王が言うには、私の〝地〟、そして君の〝天〟はイレギュラーな存在だ。それ故に圧倒的な力を誇る魔王と闘う資格となる」

「リューネは結局、〝天〟の言霊使いを探して一人で歩き回ってたんだよな?」

「ああ。〝天〟と〝地〟は稀に生じる言霊で記録もほとんど残ってないが、二つの言霊は必ず対となる事が分かっている」


 おししょー様がボクを見る。ついでにみんなもボクを見る。むぅ、なんか恥ずかしい。


「〝地〟に目覚めた私がいる以上、どこかに〝天〟の使い手もいるはず。それだけの根拠から始まった放浪の旅だった。魔王討伐の切り札として秘密裏に探す必要があり、〝天〟の対となる私一人で地道に動く必要があったんだ」

「じゃあじゃあ、おししょー様がボクを弟子にしたのって」


「いや、そこまでは想定していなかったが……君の成長のスピード、センスを見て、次第に君がそうなのではと思うようになったのは確かだな」

「じゃあ、ボクがおししょー様に出会ったのって運命だったのかも!」

「はは……そうかもな。いや、そうなのだろう。会えて、良かった」


 にしし、会えて良かったのはボクも、だよぅ? おししょー様!


「けど、びっくりだよぅ。ボク自身が勇者になっちゃったのもそうだけど、そもそもずっと一緒に旅をしてた人が勇者だったなんて」

「相手が弟子とはいえ自分から明かすわけにもいかないからな。終いには、勇者を目指さないのか、と聞かれる始末。いや、返答に困ったなあの時は。嘘をついているようで後ろめたかったよ」


 苦笑したおししょー様は、居住まいを正してボク達を見回した。


「さて、これからの話だが。記録では、〝地〟は〝天〟の従者として補佐をする事が多いらしい。だから私も君の従者に」

「へ? だ、ダメだよぅ! おししょー様はおししょー様だもん! じゃなきゃボク、魔王を倒しになんて行かないから!」


 ……あれ? 自分で言ってて思ったけど、魔王を倒しに行くのは別に問題ないのかな、ボク。結構すごい事な気がするけど。


「どういう我が儘なんですの、この子は……」

「考えても時間の無駄。ミアだもの」


 なんか失礼な事を言われてる気がする。別に我が儘とかじゃないもん。おししょー様がおししょー様じゃなくなるのがイヤなだけだもん。

 おししょー様はちょっと驚いたように目を見開いた後、静かに笑った。


「……そうか。では、師として訊こう。私と共に魔王討伐の旅に身を投じる覚悟はあるか?」

「にしし。うん、どんと来い!」


 おししょー様とボクがいれば無敵なんだから! 

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