エピローグ

遠い遠い、けれど同じ世界のどこかで

 とある城にて――――




「――――失礼いたします!」


 だだっ広い空間に反響する、声。

 重厚な鎧を着こんだ声の主は、赤い絨毯の敷かれた拡張高い床を蹴って前へと進み、厳かに跪いた。


「ふぉっふぉっふぉ。よい、面を上げるのじゃ近衛兵長」

「はっ」


 勢いよく顔を上げた先には、五段から成る小さな階段。その上に鎮座する玉座と、


「して、何かあったのかの? その慌てぶり、兵長にしてはちぃと珍しい」


 白い髭を蓄えた好々爺の笑み。王冠とガウンを纏い、小さな杖でかつんと床を叩く。


 ここは王の間。の者は、王。


 威厳と茶目っ気を綯い交ぜに、王は髭を撫でながら笑う。


「これはお恥ずかしい姿を……我が弟子より、『ティーパ』にて報がありました」

「ほぅ、リューネかの! という事はもしや」


「はい。〝天〟の言霊使いを見つけた、と」

「ふぉっふぉっふぉ! これはめでたいの!」


 かつんかつんかつん、と大理石の床を何度も叩く王。その様にほんの少しだけ苦笑を漏らしつつ、近衛兵長は続ける。


「既に報告いたしました、『悪夢の三柱トライナイトメア』による辺境の襲撃の中で目覚めた、と。詳細は追って、との事ですが、元々リューネが弟子にとっていた少女のようです」

「なるほどのぅ。して、村の被害は?」


「多少の怪我人こそあれど、死者は無し。闘いの中で田畑が荒れ、家屋にも被害が出たので、物資と人員を送って欲しい、との事です」

「あい分かった! 大臣に伝えるのじゃ。適切な援助を、とな」

「はっ」


 鎧で表情は読めないながらも、近衛兵長の声には僅かに高揚が入り混じっていた。

 王はそこで豊かに蓄えたあごひげをさすり、目を細める。


「ふぅむ。少女……一体どのような子か、今から興味が尽きんのぅ!」

「……お気持ちは分かりますが、かといって公務に支障をきたしていただいては困りますので、ゆめゆめお忘れなきよう」


「分かっておる分かっておる。大臣のような事を言うでない……うむ、下がってよいぞ」

「はっ。失礼いたします!」


 大仰に数秒間頭を下げ、近衛兵長は静かに王の間を後にしていく。

 その後ろ姿を見やりながら、王は一つ溜息。


「……反撃の時は来たれり、かの」


 老獪な笑みと共に、ぼそりと一人ごちた。





 そしてまた、とある城にて――――




「――――ふむ、これは興味深い……」


 薄暗い空間に漏れ出る、声。

 怪しげな暗色のローブに身を包んだ声の主は、手にした魔動器をまじまじと見つめながら目を細めた。


「分析結果は出たのか?」

「え……、……っ! こ、このような場所に何故あなた様が!?」


 魔動器から視線を外した男は、驚愕に表情を歪めた。


「ふ、そう驚かずとも良かろうに。余にもこの城の中を歩き回る資格くらいはあろう?」


 頭から生えた、捻じれた二対の角。全身を覆う、鋼鉄の如き鱗。

 筋骨隆々の巨躯をどしりと響かせ、男はどこか憂いの帯びた笑みを浮かべる。


 ここは魔王の居城。の者は、魔王。


 自らの研究室に突如現れた主の姿に動揺を隠せない男は、しかし二度の深呼吸によって自身の心を落ち着かせる。


「……それは確かにそうですが、魔王様はやはり玉座に座って頂かないと」

「座り慣れた玉座ならまだしも、ここは仮初の拠点。人間用にあつらえた玉座など座るに値せぬな。そも、余が堅苦しい場が苦手な事は参謀、そなたも知っておろうに」


 かつて皇帝によって統治されていたガロード皇国。多くの者は襲撃の際に命を落とし、僅かな者が王国へと避難し、それ以外の者は労働力として魔物の支配化に置かれている。


 ファレットホデグの辺境、奥地に屹立する魔王城に思いを馳せ、魔王は苦笑いを浮かべる。ここに拠点を移して久しいが、やはりまだ慣れないのだ。ここは紛れもなく『人間達の国』だったのだから。


「知っているからこそ、こうして忠告しているのです。下の者の目もあるのです。王としての自覚をですね」

「分かっておる。まったく、昔から変わらぬヤツよ」


 溜め息を吐く参謀。が、魔王が表情を引き締めた事で参謀も居住まいを正す。


「して、結果は?」

「はい。〝灼業〟の体から採集した魔力痕より、二つの強力な言霊が確認できました」


「……そうか。ではやはり」

「はい。〝天〟の勇者と〝地〟の勇者が現れたモノと見て良いかと」

「…………」


 短く思案した魔王は、研究室の隅、薄緑の液体の中に浮かぶ同胞の『上半身』を見やる。


「〝灼業〟はまだ、生きておるのだろうな?」

「はい。体が灰と消える前に何とか回収出来ました。強靭な体を誇る我々と言えど、体を両断されてはすぐには回復できませんが。恐らく数ヵ月は必要になるかと」

「そうか……少々無茶をした甲斐はあったか。ヤツを死なせるのは惜しい」


 魔王はそう言い残し、参謀に背を向けて研究室を後にする。


「……まだ時は来ていないのだから、な」

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