目を瞑って顔と顔を近づけたらアレをするって勝手に決めるなぁ!

「アスミア、冷静になれ。先程の君も冷静さを見失い、結果的に反撃の隙を作った。感情的になったところでヤツを倒す手段がない事に変わりはないだろう?」

「……おししょー様。目、瞑って」


 おししょー様の目が点になる。


「何を、言ってるんだ? アス」

「いいから、早く!」

「あ、あぁ」


 訳が分からない、って感じの顔だけど目を瞑ってくれた。ボクはそんなおししょー様に顔を近づける。

 土埃や血で少し汚れてるけど、それも気にならないくらいに綺麗な顔。うぅ、事故でこれくらい近づいちゃう事は何度かあったけど、自分からっていうのは想像以上に恥ずかしい。だから目を瞑ってもらったんだけど!


「あ、あなた! 目を瞑った殿方に顔を近づけて……な、何をなさるおつもりですの!?」


 ちょっとそこ! なんか誤解を生む感じの言い方をするんじゃないよぅ! こっちまでそういう意識しちゃうじゃんか!

 あぁもう、もたもたしてたら追いつけないとこまであいつに逃げられちゃう! ボクは勢いよく顔を近づけ、おでことおでこをピッタリくっつけた。


 そして、淡い光がボク達を包む。おししょー様の眉がぴくりと動いた。


「……こ、れは……言霊、か?」

「そだよ、おししょー様。今、思いついたの。おししょー様がいないと、出来ないヤツ」


 不思議な感覚だ。さっきまで言霊の事なんてほとんど分からなかったのに、今は当たり前のように色んな事が思いつく。

 まるで、ボクの中にいる他の誰かが教えてくれるみたいに……、


「……ん。これでいいよね、おししょー様?」

「ああ……なるほど。確かにこれなら、今の魔力で扱えそうだ」


 おでこを離すと、おししょー様は目を開けた。その顔がちょっと赤く見えたけど、深くは考えない。だってボクも同じくらい、ううん、もっともぉっと赤くなってるだろうし。


 それはさておき、ボクは今おししょー様に〝知識〟を流し込んだ。おししょー様の知らない、けどおししょー様にしか使えない言霊の。

 後は、それをぶっ放すだけ! ボクは一つ息を吐き、状況がよく分かってないっぽいノクトスさんに語り掛ける。


「って事で、ボク達をあいつのとこまで送って欲しいんだよぅ!」

「……決着けりは、私達でつける。だから頼む、ノクトス」


 ノクトスさんは呆気にとられた顔をしてたけど、ふっと相好を崩して指に魔力を集め始める。


「こちらも始めるぞ、アスミア」

「うん!」


 ボクとおししょー様も指に魔力を集める。どっちもかなり光が弱まってたけど、まだ大丈夫。ボク達は同時に深呼吸をし、


「〝天〟の声を聞け!」「〝地〟の声を聞け!」


 同時に、詠唱。同時じゃなきゃ、ダメなんだ。


「四季巡り、祈りの舞は絶えず。万の祈りを糧に芽吹けよ豊穣!」

「揺らぐ安寧、掲げよ矛戈ぼうか! 刃の先に蔓延るは蹂躙する邪悪!」


 ボクの魔力と、おししょー様の魔力が、混じり合っていく。弱々しかった光が、瞬く間に勢いを取り戻す。

 と、先に詠唱を終えたノクトスさんがボク達の肩に手を乗せる。


「っしゃ、行ってこい! 風流移閃!」


 目の前の景色が揺らぎ、次の瞬間にはボクとおししょー様は空の上。


「オマエラっ、どこから……っ!?」


 そして眼下に、魔族! ボクとおししょー様は一つ目配せ。


『豊穣を刈れ、邪悪を狩れ! 死招く神の名の下に!』


 魔力の籠った手でおししょー様の手を掴む。二つの魔力がもっと混じり合うように、一つになるように。


(おししょー様の手、あったかくておっきいなぁ……)


 にしし、おししょー様が一緒ならボク、誰にも負けないよぅ!


 指と指を絡ませる感じでがっしりと握る。おししょー様も強く握り返してくれる。

 そして、拳の先をフレスベルグにロックオン! さぁ、喰らえ!


地獄之鎌ヘルサイス!!』


「う……っおおおああああぁぁぁぁぁ!!?」


 ボク達の手から撃ち出されたのは、光で出来た巨大な草刈鎌。それは急いで進路を変えるフレスベルグを追いかけるように襲い掛かり、防御の為に集められた魔力ごと敵の体を真っ二つ!

 上半身と下半身に分かれた魔族は、血をまき散らしながら勢いよく落ちていく。この分だとかなり遠くの方に落下しそう……って、それより!


「おししょー、さま! ボク達も、落ちてるよぅ!」


 当たり前だ。空にいるんだから。

 いつもなら適当に何とか出来るけど、今は体力も魔力もすっからかん。正直、これ以上体を動かすのも厳しい。


「くっ……アスミア、離れるなよ!」

「っ、うん!」


 軽いパニックだったボクだけど、すぐに恐怖心はどっかいっちゃった。

 だって、おししょー様が力いっぱいに抱きしめてくれてるから。ボクも思いっきりおししょー様の胸に顔を埋める。


 そうやってどれくらい落ちたのか。多分十秒ぐらいだったのかな?


「ふぎゅっ!」

「ぐっ……」


 全身を襲う衝撃。顔を離すと、そこはもう空じゃなかった。周りには森、ていうか林? が広がっている。


「お、おししょー様! 大丈夫なのぅ!?」

「ああ……柔らかい地面で幸いした、な」


 それでもやっぱりちょっと痛いのか、顔をしかめながらおししょー様は笑った。ボクもほっと一息。


「これで、終わりなん、だよね?」 

「あぁ……皆殺し、だな」

「にしし……そだね、皆殺しだよぅ」


 ボクが笑うと、おししょー様はボクの髪を優しく撫でてくれた。闘いで乱れてたゆるふわの髪がもっと乱れちゃうけど、不思議と悪い気はしなかった。


 ……ってボク、おししょー様の上に乗っかっちゃってるじゃん! めっちゃ密着してるよぅ!?


 違う意味でパニックになったボクは急いで体を起こ……そうとしたけど、体はほとんど動いてくれない。それどころか、魔力がすっからかんだからか、気が抜けたからか、なんか眠くなって来た。


 どくん、どくんと規則正しく聞こえるおししょー様の心臓の鼓動が、どこか子守唄みたいに心地良い。ていうかおししょー様、すっごく暖かいや。


「おししょー、様。……ごめ……ボク、ちょっと動けな……」

「だろう、な……すま、ないが、私も、げんか、い……」


 って、おししょー様も!? むぅ、これは初めてのパターンだよぅ。

 ……けど、まぁいっか。


「おやすみ、なさい、だよぅ……」


 頑張ったんだから、ちょっとぐらいご褒美があってもいいよね?

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