さぁて、皆殺しのお時間です
「――――よぉし、それじゃ下がってな」
ノクトスさんの声。ボクははっとする。
あ、あれ? 今ボク、ぼーっとしてた? こんな大変な時に、何やってるんだ。
「ノクトスさん……ホントに、大丈夫なんですの?」
「だぁっははははは! 魔力も体力もそれなりに回復したし、まぁやれるだろ。俺が死んでもメメリエルナがいるしな!」
「死なせないわよぉ? 死にかけたら何度でも生き返らせてあげるんだからぁ」
「おお、怖ぇ怖ぇ。お前が言うと冗談に聞こえないんだよなぁ……ま、俺に出来る事をやるだけ、ってな」
出来る事……そうだ。ボクには、まだ出来る事が。やるべき事が、ある。
ごめんね、おししょー様。ボクは心の中で謝り、おししょー様を地面に横たえた。苦しそうに胸を上下させるその姿を見ると、ずきんと心臓が締め付けられる。
「さぁてとぉ、あちらさんは半分勝ったつもりなんでしょうねぇ。まさかリューネ君がやられちゃうだなんて、私達も予想してなかったけどぉ」
「村を護る防衛戦でいつも通りに闘えず、先手も取られた上にかなりの物量を投入されてジリ貧、極めつけは
「あらぁ? じゃあ白旗でも上げてみるぅ?」
「秒で燃やされるのがオチだな……うっし。余力がある内に先手必勝、周りの魔物どもから蹴散らしてみるかぁ!」
せんて、ひっしょう……うん。その響き、好きかも。
やられる前にやれば、誰も傷ついたりしない!
「さぁ行くぜ! 〝風〟の声を、っ……!?」
「アスミアさん!? あなた、何を……っ!」
反射、というか無意識だった。詠唱を始めようとしたノクトスさんの口を、ボクは手で塞いでいる。
でも、大丈夫。分かるんだ。ボク一人で……やれる!
「……っ、〝天〟のっ! 声をぉぉ!! 聞けぇぇぇぇぇ!!!」
体の奥から湧き上がる〝声〟。ボクは溢れ出す大量の魔力を両手に纏わせ、こっちに向かってくる〝敵〟を見据えた。
「歓喜は
頭の中に流れ込んでくるかのような言葉の羅列を、つらつらと吐き出していく。小難しくて全く意味は分からないけど、これでいい。これが〝力〟なんだ。
「なれど忘我せよ。眩い希望は堕落の先触れ、父なる天の下では微かな
「あ、アスミアさん。目覚めたん、ですの……?」
「しかもこりゃあ……やべぇ、下がれ!」
足音が聞こえるけど、聞こえない。どうでもいい。
ボクはただ、あいつらを全員、血祭りにあげるだけ!
「さぁ謡え、果てなき大空に轟く
言葉を締めて、両手の魔力を空へと解き放つ。と同時、世界が輝いた。
空から大きな〝光の帯〟が、幾つも降って来たんだ。それはまるで生き物のようにうねうねと空を泳ぎ、鞭のように不規則に伸び縮みする。
山の表面を削り、木を薙ぎ倒しながら、光の鞭は好き勝手に暴れまわる……かと思えば、その動きがぴたりと止まる。
その見つめる先には、魔物。否、獲物の群れ。
「殺せ」
ボクの言葉に呼応するかのように、光の鞭が一斉に動き出す。のろまなハイオークは勿論、俊敏なゲイルハウンドですら逃げ切れないほどの迅やさ。
光に包まれ、呑み込まれた魔物達が、そのまま蒸発するように消えていく。後には何一つ残らない。
「こ、んの、雑魚がぁ……っ!」
魔物を喰らいつくした光の鞭は、もう満足だとばかりにふっと消えてしまった。辛うじてそこから逃げ出せていたのは、魔力で防いで鞭の軌道を逸らす事が出来たフレスベルグだけ。
「この言霊……やべぇな。巻き込まれたら一たまりもなかったぜ」
「〝天〟の言霊、でしたわよね……凄まじい威力ですわ」
「教本でも見た事が無いわねぇ。まるでリューネ君の〝地〟と同じだわぁ」
「……ミア、平気?」
後ろから、雑音。
ボクは振り返らない。
だってまだ、皆殺しは終わってないから。
「〝天〟の声を聞け。原罪、断罪、蔓延る者、蹴散らす者。その手に携えるは正義の凶刃……
フレスベルグは言霊を詠唱しようとしてる。させない。先手必勝で、潰す!
「死ねぇぇぇええええ!」
「ぐっ、この……っ!?」
体が軽い。力がみなぎる。今なら、例え相手が魔王でも負けない気がする。
鎌で攻め立てるボクに、フレスベルグは反撃も逃げもしない。いや、出来ない。身を縮こまらせるようにして防御に徹し続けてる。
さっきは全く通用しなかった刃が、刺さる! 斬れる! なら、殺す!!
「これで、終わりっ!」
ボクは渾身の力を以って鎌を振り下ろす。それはフレスベルグの喉元を正確に捉えて、
「へ?」
「は?」
刺さった刃を滑らせて、首を掻っ斬る……だけだったはずが、刺さらない。予想外に刃が跳ね返されてしまう。
「っ、調子乗んな、雑魚がぁっ!」
「ふわっ!?」
予想外だったのは向こうも同じみたいだけど、すぐに反撃してきた。魔力を雑に込めた強引な反撃に防御も回避も間に合わず、ボクはまたも吹っ飛ばされてしまう。
このままだと地面に直撃……、……しない?
「二度目、だな」
おししょー様が、ボクの体を受け止めてくれていた。勢いが止まった事を確認し、ボクを地面に下ろす。
「お、おししょー様! 動いて大丈夫、なのぅ?」
「メメリエルナに少し回復してもらった。問題ない」
「問題あるわよぉ! ノクトスより重症なんだからぁ!」
「まぁまぁ、死んでなけりゃ問題ねぇだろ」
「その大雑把さはどうにかなりませんの? ノクトスさん!」
「……冒険者ってみんなミアみたいに無鉄砲なの?」
みんなが駆け寄ってくる。ボクは両手を見下ろす。
さっきまであり得ないくらいに濃い魔力を纏ってたけど、今はもう嘘のように何も感じない。すっからかんじゃないけど、大分魔力を使っちゃったみたい。
「今のが……ボクの、言霊?」
「そのようだ。だがまだ魔力の扱い方が大雑把すぎる。そのせいであっという間に魔力が切れてしまったんだ」
そして何より、とおししょー様が鋭い眼光と共に続ける。
「周りが見えていない。君は村を護るために来たのだろう? その君が自分の言霊で村を破壊してどうする」
「あぅ……ごめんなさいだよぅ」
「言霊に目覚めた者は最初、多かれ少なかれその力に踊らされるもの。仕方ない事だ……と色々話したいところだが、ひとまず後にしよう」
おししょー様が見据えた先には、ぜいぜいと息を切らせるフレスベルグの姿。致命傷こそないみたいだけど、全身に傷を負っていてかなり消耗してるのが分かる。
「い……いっひひひひ! 痛ぇなぁ……痛ぇ痛ぇ痛ぇぞごらぁ!」
嗤う魔族。けどそれは余裕からくる笑みじゃないはず。笑うしかない、とかそっち系の笑いに見える。
「まさかの
「観念しろ、〝灼業〟。もう魔力は残っていないだろう」
「そうだなぁ……手持ちの配下も丸ごと消されちまった事だし、今日はこの辺で退却といくかぁ」
翼を広げ、空へと飛びあがるフレスベルグ。最初の頃よりはかなり動きが鈍いけど、それでもかなりのスピードだ。
「ちっ……あれだけのダメージを受けてもまだ動けるのか」
「ひ弱な人間サマとは造りが違うんだよ! んじゃ、また会おうぜ勇者サマ達。あと、ジョーカーの小娘。次はもっとヒリヒリする闘いを楽しませてくれよ、な!」
高速で飛び去って行くフレスベルグ。血相を変えたディアーネが叫ぶ。
「お、お待ちなさい! ノクトスさん、ヤツを……!」
「俺の風流移閃で追うのは可能だ。が、そこからヤツを仕留めるだけの魔力は今の俺にはねぇ。リューネやアスミアの嬢ちゃんも、ほとんど魔力が残ってねぇみたいだしな」
「……やむを得ないな。深追いは望ましくない。ここは大打撃を与えられた事で妥協」
「ダメ、だよぅ、おししょー様」
あいつは村を滅茶苦茶にした。ボクの大切なおししょー様を傷つけた。
許せない。許すわけには、いかないんだ。
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