勇者はすぐそこに

「この魔力……いっひひひひ! ようやく当たりを見つけたぜぇ!?」


 と、嬉々として笑い出す魔族。


「当たり? 何の話だ」

「オマエさぁ、ちょっと前にこの辺りでハイオークぶち殺したろ?」


 おししょー様の返答を待たずに魔族が続ける。


「そいつ、王国に散らしてた俺サマの部下の一人でなぁ。そいつの死体から凄ぇ強そうな魔力痕を採取したんだわ。探りを入れる意味で手始めにこの村を襲ってみたんだが、そっちから来てくれるとは嬉しいぜぇ?」


「仇討ち……ではなさそうだな、その様子では」

「当然だろ? 俺サマを楽しませてくれそうな人間ってだけで探すには十分だ」


 愉し気に笑う魔族。おししょー様は、笑わない。


「つまり、私が迂闊だった事が今、この村を危険に晒しているわけか。ならば、償いの意味でも貴様は確実に屠らねばならないな……〝地〟の声を聞け!」


 言霊だ……! 今までに見たどの言霊の時よりも大きく、力強い光。

 と、おししょー様がこっちに目配せ。後ろに下がってろ……?


「痛みは回帰し、嘆きは輪廻す。汝、如何なる絶望に身を浸せし者か?」

「げっ……!」「ちょっ……!?」


 ノクトスさんとメメリエルナさんが引きつった顔に。うん、何となくだけどヤバいって事だけは良く分かった。


「なれど安堵せよ。幾千幾万の絶望あれど、母なる大地の下では平等に無価値」


 動けないノクトスさんの体を抱え、みんなと一緒に後ろに避難。それを確認したおししょー様はもの凄い量の魔力を両手に集めた。


「さぁ唱え、果てなき大地に響く鎮魂歌レクイエムを。地母神だいち抱擁ほうよう調しらべ!」


 ずずん! と地面が震える……うぅん、動いてる!


 やがて地面があり得ないくらいにぼこぼこと波打ち始め、辺りの田んぼとかを巻き込みながらぐぐぐと持ち上がる。まるで、津波のように。

 そして、そのまま魔族を呑み込んだ。轟音と共に地面に打ち付けられた土の津波は、巻き込まれたらタダじゃ済まないのは傍から見てるだけでも分かる。


「いっひひひひひ!」


 けど、土の波が引いた後、魔族はそこに立っていた。愉しくてしょうがないとばかりに、限界まで口角を持ち上げたままでおししょー様を見ている。


「そんな……今のでも倒せないのぅ……?」

「村を壊し過ぎないよう、加減したからな。魔力で防御するのも見えた。流石に無傷ではないはずだが……」


 加減して、これ……? ボクが今までに見た中で、一番すごい言霊だったのに。

 おししょー様はボクに歩み寄り、手を伸ばす。


「そう心配そうな顔をするな」


 おししょー様はボクの手のひらに乗った冒険者証を掴み、静かに笑った。


「私は〝地〟の勇者、だからな。そう簡単に負けはしないさ」

「ゆう、しゃ……?」


 おししょー様はそれ以上何も言わずに踵を返し、


「ノクトス、無事だな?」

「ま、一応、な。それより……〝地〟の勇者様よぉ、アスミアの嬢ちゃんにバラしちまって良かったのか?」

「ああ。アスミアになら、話しても問題ないさ」


 おししょー様はボクをちらっと見てから一歩前に出た。


「さて。今ので倒せないとなると長期戦を覚悟しなければならない。一度退いてノクトスを万全の状態にして仕切り直す……事も考えていたが、そうもいかないようだな」


 おししょー様が見やる先。ふらりと動き始めた魔族と、その後ろから押し寄せてくる大量の魔物。ノクトスさんがたくさん倒したはずなのに、まだこんなにいるのぅ……?


「これ以上、村人を危険に晒させるわけにはいかない。魔物の数を削りつつ、足止めをしておく。ノクトス、みなを連れて退け」


 村人……そうだ、ばっちゃは大丈夫かな。この程度の事で死んじゃったりしないよね? うん、信じよう。


「さぁ魔族よ。私の名はリューネ・ハイデンブルグ。〝地〟の勇者を拝命せし者。貴様らの相手は私がしよう」

「いひひっ、んじゃあ俺サマも名乗ってやるぜ。〝灼業〟のフレスベルグだ、覚えときなぁ?」


 魔族――フレスベルグはけたけたと肩を揺らして笑い、手の爪に魔力を集中し始めた。


「さぁて、勇者サマが大技を見せてくれたんだ。こっちも本気出して相応のモンを見せてやらねぇと失礼だよなぁ?」

「っ、ノクトス、急げ!」

「おうよ! 嬢ちゃん達、程よい逃げ場所を思い浮かべてくれや……〝風〟の声を聞け。森羅万象、巡れよ絶え間なき旅路」


 ノクトスさんの言霊。って、いきなりイメージって言われても……!


「お、おししょー様! 気を付」

「風流移閃――――」





「――――けて!」


 次の瞬間、ボクの前からおししょー様と魔族、フレスベルグの姿がなくなった。

 風流移閃で跳んだんだ。エアラメーベで跳んだ時よりも違和感がない。ボクがこういう移動の仕方に慣れた……? それとも凄腕のノクトスさんがやったからかな。


「……っ!?」


 とその時、遠くの空が輝いた。多分、ボク達がさっきまでいた場所だと思う。


「あれって……火?」


 空から落ちてくる、真っ赤なそれ。遠目だけど、多分火で間違いない。それが雨あられと、無数に降り注いでいるみたい。

 そして、それを空中で受け止める透明の盾。あれは多分、おししょー様の言霊だ。ゲイルハウンドからボクを守ってくれたヤツに似てる。


「……ちっ、やってくれるなぁ魔族が。でけぇ言霊ぶっ放しやがって。リューネの言霊がなけりゃ、村に壊滅的な被害が出てたところだぜ」

「〝火〟……いえ、〝炎〟の言霊かしらぁ? あの威力、私の〝水〟でも対処しきるのは難しいかもねぇ」


「〝灼業〟とか言ってたし、火に関する言霊に精通してると見て間違いねぇか。しっかし、二つ名を持った魔族がいる事は分かってたが、いざやり合うと強ぇな。体感だと、取り巻きの魔物共がいなくてようやく五分、ってとこか」

「強いヤツと闘う事に喜びを覚える戦闘狂みたいだけど……それが幸いだったかしらぁ。あいつが人里を滅ぼす事だけを考えて攻めてきたら、村一つや二つどころじゃ到底終わらないでしょうねぇ」


 勇者の二人の交わす会話から、あいつがどれだけヤバいヤツなのかが改めて分かった気がした。少なくとも、言霊すらも使えないボクで太刀打ちできる相手じゃない。ボクには、何も出来ない……!


(……おししょー様。頑張ってよぅ……!)


 ボクに出来るのは、祈る事だけ。と、後ろでざしゅっ! と土を踏みしめる音。


「なんだいなんだい。さっきからうるさくてしょうがないと思ってたら、今度はポンコツのご帰還かい? 忙しない一日だねぇ」

「ばっちゃ!?」


 ボクが咄嗟に思い浮かべたとこは、住み慣れたボロ小屋だったみたい。

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