足手纏いな援軍でごめんなさい

 あっという間だった。村の中でかなり迅やいはずのボクの足でも、十分くらいは掛かるはずの距離。それを『迅雷』はたった数十秒で移動した。

 そして、急ブレーキ。もの凄いスピードで移動してたボクの体が反動で転びかけたけど、どうにか気合で踏ん張って堪えた。


「うぇぇ……」


 ディアーネの言う通り、めっちゃ気分悪い。景色が全然景色じゃなくて、ぐにゃんぐにゃんとボクの脳みそを揺さぶってきたせいだ。

次にこれで移動する時は目を瞑る事にしよう……じゃなくて!


「ディアーネ! しっかりしてよぅ!」


 息を切らせてその場にへたり込んだディアーネは、明らかにボクよりも辛そうで。


「ディアーネも気分が悪いの? それともどこか怪我を……」

「いえ……ただの、魔力切れ、ですわ」


 そう言ってお薬をもう一本、ぐいっと喉に流し込む。確かにちょっと顔色は良くなったけど、やっぱり辛そうに見える。


「この回復剤エリキシル、魔力の回復量が少なすぎですわ……それに、ここまで燃費が悪いんですわね、『迅雷』。本来長距離移動を想定していないとはいえ、要改善ですわ……」

「だ、大丈夫なのぅ……?」


「心配は無用、ですが……ここは、村のどの辺り、でしょうか?」

「ここは……」


 ゆっくりと辺りを見回す。川が見えた。村の真ん中にある広場の傍を流れてる、カンナとよく一緒に過ごしたあの川だ。


「村の広場の近く、かな。この辺りが一番人が住んでるんだけど」

「……誰も、いませんわね。死体の姿もないのは僥倖ですが、どこかに避難しているのでしょうか……?」


「多分、村長さんの家だと思うよぅ。村の一番奥だし、おっきな家だから村のみんなを集めて宴会をしたり」

「〝風〟の声を聞け!」


 空を切り裂くように響いた、明朗な声。はっとしてディアーネを見やる。


「ノクトスさん……行きましょう!」

「うん!」


 そこまで遠くない。広場の方からだ。

 走ってそっちに近づくにつれ、魔物の姿がちらほら見え始める。でも、多分広場にはもっとたくさんの魔物がいるはず。そっちと闘う時の為にも、他の魔物達は全部無視して全力疾走。


「穿て薫風、舞い散れ旋風、狂い裂け烈風! 集い混じりて蒼穹そうきゅう竜巻たつまけ! 絢爛颶風けんらんぐふう!!」


 更に詠唱が聞こえる。と同時、渦を巻いたおっきな風が広場に立ち上った。渦の流れに乗って空へと巻き上げられているのは……全部、魔物っぽい。

 今までに見た事もない、ものすごい言霊だ。さすがはノクトスさん、勇者の名は伊達じゃないみたいだよぅ。


 強まった風に逆らいながら走っていたボク達は、そのまま広場に飛び込んだ。

 今の特大の言霊のおかげか、魔物の姿は死体すらどこにもない。空に舞った魔物達は空中で風に切り刻まれたのか、竜巻が消えた後も何も落ちてくる気配がなかった。


 と、広場の中央に二つの影が見えた。ボク達はひとまずそちらへ向かう。

 片方は槍を地面に突き立てて片膝をついたノクトスさん。そしてもう一人は、


「カンナ!?」

「え……?」


 後ろ姿だけだとちょっと自信がなかったけど、こっちに振り返ったその子は間違いなくカンナだった。目を真ん丸に見開いてる。


「ミア……? 何で」

「何で、戻って来た……ディアーネ!」


 カンナの言葉を遮り、大きく息を切らせながらノクトスさんが叫ぶ。ディアーネは少し尻込みしたみたいだけど、ノクトスさんに駆け寄った。


「指示通り、言伝は協会に伝えましたわ! 今、対応策を協議中で」

「そんな事は聞いてねぇ! 俺は逃げろって言ったんだ、何でまたのこのこ来やがった! しかも嬢ちゃんまで連れて!」


「弟子が師匠を助けに来ただけです! 何もおかしな事はありません……でしょう? アスミアさん」

「にしし、うん! 当然だよね!」

「バカ野郎! CランクとFランクが粋がってんじゃ、げ……っは!」


 声を更に荒らげたノクトスさんが、咳き込みながら血を吐く。よく見ると、ノクトスさんは全身に傷があって、血だらけだった。


「ちょっ、ノクトスさん!? 大丈夫なんですの!?」

「大丈夫だろうがなかろうが、やるんだよ。……カンナの嬢ちゃん、頼めるか」

「はい」


 そう言って、カンナは指先に魔力を集めた。


「〝水〟の声を聞け。水は血。流れよ生命いのちの雫。死はまだ遥か遠くに。快癒之潺かいゆのせせらぎ


 指先から放たれた言霊は、ノクトスさんの体に纏わりついて淡く光った。すると、ノクトスさんの傷が少しずつ塞がっていく。


「……やっぱり私の言霊だとこれが限界です。傷がかろうじて塞がっただけで、すぐに開く。無理をしてはダメです」

「だぁっははは。そりゃ、俺も無理しねぇで済むならしたくねぇって」


 少しだけ活力のある顔になって笑ったノクトスさんは、きっと空を見上げる。


「けどま、無理しねぇと死ぬんだから、他に選択肢はねぇわなぁ」


 ばさっ、ばさっ、と羽ばたくような音が次第に近づいてくる。ボクも遅れて空を見上げると、


「いっひひひひひひ! 頑張っちゃうねぇ勇者サマ!」


 二本の手に二本の足。褐色の肌に大きく裂けた口。真っ赤な目に尖った耳。右側が白でもう片方が黒の翼。鋭い爪と牙。

 でも、サイズはボク達人間と同じくらいで、もしも翼がなければ人間だと思っちゃうかもしれない。言葉もオーク達のそれを比べ物にならないくらい流暢で。


(……こいつが、魔族……!)


 ゆっくりと地面に降り立ったそいつは、にたぁと更に口角を上げた。

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