正直、予想もしてませんでした

「あ、ディアーネ! 話は、終わったのぅ?」

「……ええ」


 協会の上の階へと連れていかれたディアーネを待つこと十数分。とぼとぼと下りて来たディアーネは、やっとボクの事を見てくれた。


「えっと、その……だいじょうぶ、なのぅ?」

「そう、ですわね……五体満足、という意味では、大丈夫ですわ」


 歯切れ悪く言ったディアーネは、受付横にあるソファーにどさりと座った。


 もう協会が閉まる時間を過ぎてしまっているので、中はガラガラ。受付の人達も何やら慌ただしく動き回っていて、とてもじゃないけど話しかけられる雰囲気じゃない。

 ボクはディアーネの友達だから、そしておししょー様が上の方に行ってから帰ってきてないから、協会の中にいる事を特別に許されてる。


 ボクもソファーに座る。俯くディアーネの横顔は、何と言うか痛々しいよぅ。


「……ねぇ、ディアーネ」

「分かって、ますわ。何があったのか、でしょう?」


 ディアーネは俯いたままで言う。


「今、上の方では対策を練っている真っ最中でしょう。リューネさん、メメリエルナさん、後はBランクの冒険者達……さすがに四勇者の残り二人まで招集する事は難しいようですが、あたし達の出る幕じゃ無いですわよ。それでも、聞きます?」


 少し諦めたように、けれど唇をぎゅっと噛みしめて。こんなにも悔しさを滲ませてるディアーネ、初めて見た。いつもはあんなにも自信満々なのに。

 それに、Bランクの冒険者も集められてるって……それ、よっぽどの事が起きてる、って事だよね。


「うん。詳しく教えて欲しいんだよぅ」


 おししょー様もお手伝いをしてるなら、ボクもちゃんと知らなきゃ。まっすぐにディアーネを見やる。向こうも小さく頷いた。


「……依頼で向かった先で、魔物が出たのですわ。それも、見た事のないほどの大群が」

「大群……って事はオーク? それかドッグハウンドとか?」


「ええ、いましたわね。加えて上位種であるハイオーク、ゲイルハウンドがそれぞれ10体以上。他にも群れるタイプの魔物が何百体と……!」

「そんなに……」


 そんな数の魔物が攻めてきて、しかもあのハイオークとかゲイルハウンドまで? 


「でぃ、ディアーネはそんな奴らと闘ってきたの……?」

「ノクトスさんのおかげです。あの人があたしを護りながら……でも、その魔物達を束ねているヤツが……あの、〝魔族〟が……!」


「ま、ぞく……?」

「教本にあったでしょう? 言霊を扱う魔物がいる、と。それを魔族と呼ぶのです」


 説明してくれながらも、ディアーネの体が小刻みに震えていく。魔族、ってヤツの話を始めた時からだ。そいつが、ディアーネをこんなに怖がらせてるんだ。


「……ノクトスさん、は? 一緒に戻ってきたんじゃ……」

「いえ……言伝を預けてあたしだけ『風流移閃』でネスティスに送り返したのです。今も持ち堪えているかは、分かりませんわ」

「そんな……」


 Aランクの勇者さんでもどうにもならないなんて、人間の誰にもどうにも出来ないって事なんじゃ……?

 いや、それをどうにかする為に今、おししょー様達が色々話し合ってるんだ。ボク達は結論が出るのを待つしかない……よね。


「くぅ、どうしてあんな化け物が……! 残党狩りの依頼のはずが……」


 悲痛な声を絞り出すディアーネ。きっと、それを吐き出さないと心が落ち着かないんだろう。それだけ、ノクトスさんが心配なんだ。


「その依頼って、どんな内容だったのぅ?」

「村の近くで魔物の姿を見た、という村民がいて、見間違いかどうか確かめて欲しい、との事でした。あたし達は調査がてら村に滞在しましたが、魔物の姿がどこにも無かったので一度ネスティスに戻ろう、と思った矢先の事で……」


「むぅ……でもそれが何で残党狩りなのぅ? 見間違いじゃなかったとしても、普通の魔物討伐の依頼になるんじゃ?」

「少し前にその村で魔物騒ぎがあったとかで、目撃されたのはその生き残りじゃないか、と考えてましたの。なんでも、冒険者が村民と協力してハイオークを倒したとか」

「………………え……?」


 がん! と頭を殴られたような衝撃。息が苦しくなって、視界が歪む。

 世界が全てひっくり返ったみたいな。そんな錯覚。


「……? アスミアさん? 何か」

「ディアーネ! その村の名前、教えて!」


 ごめんね、ディアーネ。今までボク、キミの話をどこか他人事みたいに聞いてたんだと思う。やっぱりどこも大変なんだなぁ、って。


 バカじゃないのかボクは。そんな中途半端な心構えだから、おししょー様も最初にボクを怒ったんじゃないのか。


 ボクはディアーネの肩を掴む。多分、ボクはさっきまでのディアーネと同じくらい、悲痛な顔をしてたんだろう。


「お願いだよぅ! 教えて!」

「あ、アゾート村ですけ、ってアスミアさん!?」


 ボクはソファーから飛び上がるように立って、走り出す。

 待つしかない? そんなバカみたいな考えは、あっという間に吹き飛んでた。

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