ゆるふわ快進撃

 んで、それから更に三日。


 初日で予選が全部終わり、次の日から勝ち上がった冒険者同士での闘いが始まった。ここからは一対一になって、その分試合も早めに片付くようになって。

 でも、一試合一試合を観客達に精一杯楽しんでもらう為に空き時間も沢山あって、こうなるともう、メインが酒盛りで試合が余興みたいになっちゃってた気がする。街の人達の不安を紛らわせる為の大会でもあるから仕方ないけどさ。


 大会は全部で五日。予選が終わり、三日分の本選の試合が終わった今、残すのは明日の決勝戦だけ。

 連戦ってわけじゃないけど、さすがにボクもちょっと疲れて来た。メメリエルナさんの言霊での治療は、怪我には勿論効くけど、疲れそのものを取り除く事は出来ないみたい。


 でも、あと一回だけ。一回だけ頑張ればいいんだ! そう自分を叱咤してみる。

 ……まぁ要するに、だよぅ。


「決勝戦進出、おめでとうアスミア」


 ド新人冒険者クリーヴァーのはずのボクは、何故かここまで勝ち上がってたのであった、うん。


「おししょー様!」


 冒険者協会の受付辺りでぼんやりしてたボクの背後から歩み寄るおししょー様。この大会の間はあんまりお話できてなかったのもあって、ボクは満面の笑みで振り返る。


「ぼ、ボク頑張ってるよぅ!」

「ああ、見れば分かるさ。師匠として誇りに思うよ。周りが君を見る目も変わってきたんじゃないか?」

「うん、そうみたい!」


 本選の初日辺りは『やっぱり予選のアレはまぐれだったんじゃ?』とか言われてた。

 二日目になると『あれ? マジで強くね?』みたいな評価になった。

 三日目。つまり今日。『アスミア? あぁ、あのバカみてぇに怪力な女の子だろ?』って言ってるのが直接聞こえた。


 認めてもらえたのは嬉しいけどぉ……行き着く先が怪力娘、っていうのは納得できない。別にボク、怪力なだけで勝ち上がったわけじゃないもん!


「はは、まぁそうむくれるな。並み居る男達を叩きのめして来たんだ。君の馬鹿力に目が行くのも仕方ない事だろうさ」

「……他にも『あの子、胸でけぇよな』って言われてるもん。闘いと全然関係ないのに」


「いや、まぁ……男なら目が行くのも仕方ない事、かもな」

「おししょー様もそうなのぅ?」

「う……いや待て、アスミア。今のは流石にわざと言ってないか?」


 あ、バレた。ボクだって、今さらそんな事を言われていちいち気にしたりしない。何より、おししょー様がおっきい方が好き、ってだけでボクはなんか満足だし。

 誤魔化すように笑うボクに、おししょー様はやれやれと息を吐いて外を見やった。


 もうすっかり夜だ。闘技場の中での酒盛りも夕方になると強制的に締め出されるので、今はすっごい静かになってるはず。まぁ、そのノリで近くの酒場に乗り込むらしいから、酒盛り自体はそっちで続いてるんだろうけど。

 この大会の間は、超重要な依頼以外は後回しにされるのが慣習みたいで、いつもよりも協会に人が少ないらしい。もう少しで協会自体が閉まっちゃう時間になるのもあって、いつもは人で賑わってる受付の辺りにはほとんど誰もいなかった。


「あれ? アスミアちゃんとお師匠さんじゃん? アスミアちゃんはあっという間に時の人になっちゃったねぇ」

「あ、お姉さん!」


 少し前に受付で話をしてくれたお姉さんだ。気やすい感じで手を振りながら歩いてくるお姉さんは、手に何かの紙を持ってた。


「もう少しで閉まっちゃうから、早く帰りなよ? 明日の主役なんだから、ヘロヘロで出てったら酒瓶が飛んでくるかもね」

「あぅ、それはイヤかも……って、それ何?」

「あぁこれ? まさにその決勝戦用に街にばら撒くポスターだよ。ついさっき出来て、今から夜通しで量産するわけ」

「ぽすたあ?」


 良く分かんないけど、決勝戦の事を詳しく書いてるみたい。見せてもらうと、


『鍛え上げた刀技が光る! 〝居合の貴公子〟ガストン・フィル・ベレゾス!   VS  期待の新人! 〝ゆるふわ死神〟アスミア・ワトナ!』


 とか書いてあって。ボクは思わず叫んだ。


「ゆ、ゆるふわ死神、ってなんだよぅ!」

「あれ? 今日の準決勝の後、協会のヤツから色々聞かれなかった? それを元にアスミアちゃんの通り名をつけてみたってさ」

「き、聞かれたけどぅ……」


 ボクは自分の一番自信があるところはどこか、って聞かれたからゆるふわの髪です、って答えただけなのに。草刈鎌を武器にするなんて変わってますね、って言われて、『ヘルサイスです』って名前を言っちゃっただけなのに。

 アレをボクの通り名……だっけ? それに使うだなんてひとっことも聞いてないんだけど! 訴え……たりはしないけど、せめて一言確認くらいはして欲しかった。


 それもこれも、鎌をヘルサイスって命名したばっちゃのせいだ。何を思って死神の持ってる武器の名前をボクの鎌に付けたんだろ。あんの偏屈ババアめ。


「……ま、いっか」


 今そんな事で怒ったってしょーがない。ボクが今すべき事は、明日の決勝戦で勝つ為に準備する事! ここまで来たら、やっぱり一番になりたいもん。


 相手の人の事は良く知らないけど、刀技が光る、って言うくらいだから刀を使うんだよね。で……Eランクの人みたい。やっぱりボクよりも上だ。

 まぁ、対策を練ろうにもボクは魔力で体を強化して殴り掛かる事しか出来ないんだけど。今までの対戦相手の人は、ボクが草刈鎌だからかすっごい闘いにくそうだった。今回もボクらしくやってれば、何とかなる……はず!


 よぉし、一人作戦会議しゅーりょー! 後は明日に備えてぐっすり眠るだけ!


「それじゃおししょー様にお姉さん、ボクもう帰る……ん?」


 そう言いかけた時、協会の中に入ってくる人影。いつもなら気にしないけど、その特徴的なドレス姿にボクの視線は釘付けになった。


「あれ? ディアーネだ。おーい!」


 依頼でノクトスさんと一緒にどっかに行ってたはずだけど、それが終わって報告に来たのかな? 

 ふらふらとこっちに歩み寄ってくるディアーネはちょっと様子がおかしい気もしたけど、とりあえずボクもここまで勝ち残った喜びを伝えなきゃ!


「ねぇ聞いてよディアーネ! ボク、武術大会で決勝戦まで」

「い、今すぐに協会の上の人と話をさせて下さいませ!」


 ボクの事なんて目に入ってないとばかりに横を素通りし、お姉さんに縋りつくように言うディアーネ。周りにいる人達の目もこちらに集まる。


「ちょ、ちょっと君? いったい何が」

「言伝を! 〝風〟の勇者ノクトスから、緊急の言伝を預かっています!」


 びっくりして目を見開いてたお姉さんは、ノクトスさんの名前が出るとさすがにただ事じゃないと思ったのか、分かりました、とだけ言って慌てて奥の方へと引っ込んでいった。


「ディアー、ネ……?」


 呼びかけても、こっちを見ようともしない。よく見ると髪は乱れ、ドレスもボロボロになってる。身だしなみにうるさいディアーネらしくない。


 乱れた息を整えながら、ガチガチと歯を震わせるその横顔。そこには、ただただ恐怖。それだけがこびりついてた。

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