行きはらくちん帰りはキツい、ってさ

 むぅ、今のは三人が順番に話し始めるのが悪いと思う……なんて言い訳をしても怒られるだけだよね。途中で小難しい話になるから頭の中がこんがらがっちゃうし……。

 ボクは肩を落としながも魔動器に近づく。近くで見るともっと綺麗!


「ねぇおししょー様。これに魔力を注ぎながら行きたい場所を想像すれば、その場所に行けるんだよね?」

「ああ、そうだ……いや待てアスミア、動くな」


 ぴたり。ボクは魔動器にかざそうとしていた手を反射的に止めた。


「な、何なのぅ?」

「今、試しに転移してみよう、と思ったな?」


 むぅ、バレてる……。


「で、でもでも! 別にボクがこれを使ってもいいんだよね?」

「そうだが……聞くが、どこに転移するつもりだった?」


「へ? えっと、ばっちゃの様子を見に行こうかな、って」

「やはりか」


 やれやれとばかりに額に手を当てるおししょー様。その横でノクタスさんが笑った。


「だっははは! 言っておくが、帰りは徒歩だぜぇ?」

「徒歩って……歩き!? 何でだよぅ!」


「エアラメーベはここにしかねぇ、転移先にも当然ねぇ。だったら歩いて帰るしかねぇだろ?」

「あ……そっか」


 すっごい単純な理屈だった。思いつけなかった自分がなんか恥ずかしい。

 ふぅ、危ない。ここからアゾート村まで、一週間以上は掛かる。さすがにまたあの道を通って戻ってくるのは勘弁だよぅ。


「質問、よろしいですか?」


 と、ディアーネが控えめに手を挙げる。


「おう、何でも聞けディアーネ」

「この魔動器、エアラメーベという名前ですが、結局は『風流移閃ふうりゅういせん』の言霊を使うための道具、でしょう? なぜエアラメーベ、という聞き慣れない名前なのでしょうか」

「そりゃあまぁ、アレだ。かっこいいからじゃね?」


「違う。魔動器は非言霊使いであろうと、魔力があれば扱える代物。それゆえ、言霊に馴染みのない一般人にも浸透しやすいよう、新たに名前を付けたんだ。敢えて言霊に似つかわしくない、唯一無二の名前をな」

「おーそうだそうだ。そうだったぜ、だぁっはははははは!」


 豪快に笑うノクトスさんと肩をそびやかすおししょー様。ディアーネが一つ頷き、腰を折った。


「ありがとうございます、リューネさん。……一応、ノクトスさんも」

「おぉう、手厳しいなぁ俺の弟子は……んで、さっきの依頼の話に繋がるわけだが」


 ノクトスさんが一歩前に出て、手に光を纏わせる。魔力の光だ。

 すっごい勇者さんだからなのか、光がとっても力強い。ちょっと眩しくて直視しづらいぐらいだ。


「俺は自前の〝風〟で転移が出来る。って事は、こっから依頼の現場まで行く事も、依頼を片付けてネスティスに戻ってくる事も自由自在、ってわけだ!」

「そっか! いいなぁ、行った事がある場所ならどこへでも行けるんだもん」


「移動距離と消費魔力は比例するそうだ。そう多用も出来ないだろう」

「だぁはははは、まぁな! よし、んじゃ俺はそろそろ行くが……ディアーネ、一緒に来るか?」

「え? い、一緒に行ってもいいんですの!?」


 ディアーネが小走りでノクトスさんに歩み寄る。驚いてはいるけど、前のめりだしなんか嬉しそう。


「おう、別に一人で行けとは言われてねぇしな。メメリエルナはこっちで仕事があるから無理だけどよ、ディアーネも長旅で疲れてねぇなら」

「まっっっったく疲れてませんわ! むしろ有り余ってます、ほら!」


 そう言って、ディアーネはボクの鎌に雷刃らいじんの言霊を掛けて来た。魔力が有り余ってる、って言いたいんだろうけど、いきなり人の得物をビリビリさせるのはやめて欲しいよぅ。

 と、ノクトスさんが大声で笑った。反響する笑い声が今までで一番うるさい。


「だぁっはははははははははぁ! いいね、やる気があるってのはよ! が、今回のは場所が遠いだけで楽に済む依頼だと思うが、それでもいいか?」

「もちろん! あたし、強くなりたくてお二人に師事したいと思ったんですから! 別行動じゃ意味がありませんわ!」


「そうかそうか、それじゃ来な! 合間にでもみっちり鍛えてやるぜ!」

「望むところです!」


 おぉ、ディアーネが燃えてるよぅ……ノクトスさんの熱血さが伝染してるのかなぁ。


 って事はそのうち、ノクトスさんとメメリエルナさんっぽいディアーネが……やめよう、想像するのは。すっごい変な人が出来ちゃう。


「んじゃま、折角だから魔動器使うかぁ。ほらディアーネ、使ってみな」

「え? いえ、あの、その依頼の場所にあたしは行った事がないのでは……?」


「安心しな、俺もだ。ちょっと前に太刀蜘蛛ブレイドスパイダー退治の依頼で行った洞窟から結構近いらしいから、そこから行くとしようぜ」

「わ、分かりました……って、ど、どうしてあたしの手を取るんですかノクトスさん!?」


「ん? そりゃあお前、魔動器を使うお前に触れてねぇと一緒に転移できねぇからな」

「あ、そ、そういう意味でしたか……」


 なんか一人で勝手に取り乱してたディアーネが、エアラメーベの魔動器にゆっくりと魔力を注いでいく。魔動器の中の光がくるくると回転し、その速度が徐々に早くなっていく。


 と、ディアーネが不意にボクの方を見た。


「? どしたの?」

「いえ……あなたはあたしのライバルでしょう? Fランクで満足しないで、とっととDランクにでもなっておきなさいな! 約束ですわよ?」

「あ……うん! あっという間に駆け上がっちゃうんだから!」


 ディアーネが右手を突き出す。ボクも右手を突き出し、ごつんと拳が重なる。


「おーおー、ディアーネが言霊に目覚めてない冒険者をライバル認定するとはな! こりゃよっぽどアスミア嬢ちゃんが気に入ったんだなぁ、だっはははは!」

「う、うるさいですわノクトスさん! ほら、行きますわよ!」


 真っ赤になった顔を逸らしながら、ディアーネが更に魔力を注ぐ。と、目で追いきれないくらいに加速した光がディアーネとノクトスさんを包み込み、


「ふわぁ……」


 光が消えたと思ったら、そこにもう二人はいなかった。これが転移、かぁ。

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