おべんきょーその2
受付の方で何やらやり取りをした後、ボク達は地下に向かう。
かつん、かつん、と静かな空間に反響する靴音にひんやりとした空気。さっきまでの賑やかな感じとは打って変わって、同じ冒険者協会の中とは思えない。
「ハイオークの集団をリューネと二人でかよ! だっははははは、こいつはとんだ弟子採用試験だなおい!」
「何とか皆殺しに出来たけど、一度死ぬかと思ったよぅ……でもでも? おししょー様ってば、ホントはボクに出来るはずがない、って思ってたんだよね?」
「そ、それについてはすまなかったと何度も言っているだろう、アスミア」
「やだぁ、リューネ君ってばこんな純情な女の子を弄んで悪い子ねぇ?」
「その誤解を招く言い方はやめろメメリエルナ」
「リューネさんは自覚無く女性を傷つけそうなイメージもありますわね。意外と女の敵なのでしょうか」
「ディアーネまで……おいノクトス、助けてくれ」
「あぁん? いやぁ、俺はお前と同じで情緒が分からねぇ人間みてぇだし、助け方がよく分かんねぇなぁ」
「くっ……!」
なんか気が付けばおししょー様をイジメる会になってたけど、階段を下り終えたところで自然とその流れは途絶えた。
けして広くはない、でも不思議と息苦しさもない場所だった。多分ばっちゃの家と同じくらいの大きさだと思う。
その真ん中に、何やら置かれている。キラキラと光を溜め込んでるような感じの、おっきくて透明な石? みたいなモノが。
「アスミア、ディアーネ。よく見ておくんだ。これが今、王国に現存する最大の魔動器、『エアラメーベ』だ」
「魔動器……」
「エアラメーベ……?」
ボクとディアーネが揃って首を傾げると、おししょー様はそのエアラメーベとかいう透明な石に近づいた。
「アスミア。魔動器、というモノについて知っている事は何がある?」
「え……っと、正直よく分かんないけど、遠くの場所の人と話すことが出来たりするんだよね」
「それは『ティーパ』の魔動器だな。確かに最も普及している魔動器だろう。ディアーネ、君はどうだ?」
「そう、ですわね……書物の知識ですが、特殊な鉱物に言霊を刻むことで疑似的に言霊を使う事を可能にさせた道具、ですか?」
「そんなところだな」
おししょー様はエアラメーベに手を触れ、何やら念じた。と、透明な石の中で輝いていたキラキラがくるくると回り始め、石の内側で何度も何度も反射して煌めき始める。
「ふわぁ……綺麗だよぅ」
「今、私の魔力を流し込んだ。これでこの魔動器は起動したことになる。ここにさらに魔力を流し込みつつ、頭の中で情景を思い浮かべる事で、その情景の場所まで瞬間的に移動することができる」
「え? 瞬間的に移動って、それはノクトスさんの……」
「そう。俺の〝風〟の言霊の専売特許、『
ボクはノクトスさんの言霊を実際に見た事がないから実感が湧かないけど、ディアーネがすっごく驚いてる。
「ねぇディアーネ。ノクトスさんのその言霊ってどんな感じなのぅ?」
「あたしはノクトスさんの『風流移閃』で、あなたと出会った村の近くまで送って頂いて依頼をこなしたんです。つまり、ネスティスからあの村への距離を一瞬で移動できる言霊であり、〝風〟の中でもかなり難しい術式らしいですわ」
「ほぇぇ」
やっぱりまだ実感は沸かないけど、ディアーネの様子からしてすっごい事なのは間違いないっぽい。
「これの存在が、ここを冒険都市たらしめていると言ってもいい。魔力さえ操る事が出来れば、数日は掛かるであろう距離を無に出来るのだからな。迅速に依頼をこなす際には必須の魔動器だ」
「なるほど……なぜネスティスよりも大きな王都ラドンに冒険者協会を移さないのか何度か疑問に思った事がありますが、この魔動器があるからなのですわね?」
「そうだ。移設の話も何度か出ているが、魔動器の媒体となる鉱石はそこまで丈夫じゃないからな。移動させようとして壊れでもしたら、協会の存在意義が揺らぎかねない」
「そこまでの事なんだぁ……でもでも、そんなにすごいモノなら何個も作ればいいと思うんだけど」
「そうもいかないのよぉ、アスミアちゃん?」
と、メメリエルナさんが一歩前に出て指を立てた。
「一つ。さっきも言ったけど、この鉱石がとぉっても珍しいって事。それも、エアラメーベの言霊に耐えられそうな大きさのモノなんてぜぇんぜん見つからなくって。で、小さな鉱石のほとんどは通信の『ティーパ』か治療の『ヒーラ』に回されちゃうのよぉ」
「まぁ、そうでしょうね。言霊が使えない人でも言霊が使える、なんて代物が量産できるのなら苦労はしませんし」
「もう一つは言霊を刻むリスク、だな!」
今度はノクトスさんだ。……なんていうか、さっきからおししょー様達が出番を待ち構えているというか、説明したがってる感じに見える。別にいいけど。
「言霊は魔力を言葉によって性質を変えて撃ち出すモンだ。んで、この鉱石は魔力を貯め込む性質を持つから、必要な言葉を刻み込む事で魔動器として機能する……わけなんだが、言霊を刻んだ言霊使いは、言霊を使えなくなっちまう」
「え……? そ、それはどういう……?」
「正確な事は分からねぇが、お偉い言霊の研究者が言うには、言霊の行使権を魔動器にくれてやっちまってる状態に近いんじゃねぇか、ってよ。言霊は神様の贈り物、とか言うだろ? それを自分から手放しちまったら、そりゃあ使えなくなるってモンだ」
「……では、今普及している魔動器は多くの言霊使いの犠牲の下に生み出された、と?」
「おいおい、勝手に殺すなやディアーネ。言霊が使えなくなるだけで生きてるし、魔力も使えるんだからよ」
「もちろん、王国……その指導者である国王も、何の考えもなしに魔動器を作っているわけじゃないさ」
と、おししょー様。うん、一周したよぅ。
「『ティーパ』と『ヒーラ』はそれぞれ〝音〟と〝水〟を源流とする言霊だが、どちらも使い手は多く、しかも初歩の初歩に近い。故に、大成する見込みのない言霊使いに言霊を
「もちろん、刻んだ人達には相応の対価を渡してるわぁ。元々冒険者としてやっていくのが難しい実力の人ばかりだからぁ、良い儲け話みたいなものなのよねぇ」
「ま、この『エアラメーベ』に刻んでる『風流移閃』はかなり熟練した〝風〟の言霊だが、刻んだ人は言霊がなくても十分強ぇ人でなぁ! 今じゃ王様の近衛兵長をやってるぜ!」
とうとう三人でリレーしちゃった。さすが、一緒に旅をしてただけあるよぅ。息ピッタリ!
「とまぁ、魔動器についてはこんなところか。アスミア、分かったか?」
「え? あ、うん! 息がピッタリだったよぅ!」
「……何の話だ? 私は魔動器について聞いているのだが」
「あ……えと、その、ま、魔動器はすごい! って事で……」
「よし、よく分かった。アスミア、後でしっかりと復習をしよう。しっかりと、な」
「はぁい……」
おししょー様。ボクだって、その、真面目に聞こうとは、思ってるんだよぅ……?
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