暇な人が、暇な人に、出会いました

 んで、移動した先は一階。上の方に行った方が人は少ないらしいけど、わざわざ一階に戻ったのには理由があって。


 一つは、ディアーネの依頼が完了したよ、って報告をする為。『あなたも冒険者になったらこういう依頼関係の管理をするんですわよ!』とか言われて手続きの様子を見てたけど、書類を片手に小難しい話をしてたのでエスケープ。ボクには無理、うん。


 で、もう一つはこの冒険者協会に来た一番の目的、ボクの冒険者登録を済ませる為……なんだけど。


「なるほどなぁ、リューネらしいぜ。俺も旅は嫌いじゃねぇが、一つの街を拠点にして動く、ってのが当たり前になっちまったしよ!」

「くすくす、懐かしいわねぇ。たまには昔を思い出して、リューネ君の旅について行くっていうのもいいかしらぁ?」

「お前達の活躍は私の耳にもたびたび入ってくる。勇者にそんな暇なんてないだろう?」


「そりゃそうだけどな。ま、今のお前には弟子もいる事だし、邪魔するわけにもいかねぇか、だっはははは!」

「お前達にも弟子がいるわけだしな。経験はまだ浅いようだが、〝雷〟の使い手として言霊に対する理解と応用はかなりのモノだ。うかうかしていると追い抜かれるぞ?」


 さっきからこんな調子で昔話に花を咲かせちゃってる。だから、全然登録をする感じの空気になってくれない。


 話を盗み聞きした感じだと、おししょー様は元々二人と一緒にパーティを組んでたけど、二人が勇者に選ばれた時から一人で旅をするようになったみたい。

 おししょー様が昔の友達、というか仲間? に再会して楽しそうなのを邪魔したくはない……けど、すっごい暇だよぅ。


 ディアーネのとこから逃げて来たボクが言える事じゃないけど、暇なものは暇なのだ。って事で、


「あのぅ、ちょっといいですか?」


 受付には何人も女の人がいて、その中でボクと同じように暇そうにしてるお姉さんに話しかけてみた。


「えぇ、いいわよ? 何か用かしら、お嬢ちゃん」


 朗らかな笑顔。うん、気さくで話しやすそうな人だ。ボクも笑う。


「えっと、冒険者さんについて教えて欲しいんだよぅ」

「冒険者? お嬢ちゃん、冒険者なの?」


「まだなってないけど……今からなるんだよぅ。あそこにいる銀色の髪の人がボクのおししょー様なの!」

「へぇ、さっきから〝風〟の勇者様と〝水〟の勇者様と話してるから誰かと思ってたけど、やっぱり冒険者だったんだ」


 そう言って、お姉さんは受付から何やら分厚い本を取り出した。冒険者リスト、ってでかでかと書かれてる。


「お嬢ちゃん、お師匠さんはベテランの冒険者なんだよね?」

「うん、だと思うよぅ!」


「ならこのリストにも載ってるはず。で、言霊は使える?」

「使えるよぅ!」


 危うく、〝地〟の言霊! って言いそうになったけど、なんとか我慢。言いかけたボクを見て不思議そうな顔をしたお姉さんは、気を取り直して本に目を落とした。


「って事はCランク以上だから……って、肝心のお名前は?」

「えっと、リューネ・ハイデンブルグ、のはず!」

「オッケー…………」


 しばらく無言で視線を彷徨わせ、本をめくるお姉さん。ボクも静かに待つ。


「…………う~ん、無いかぁ」


 ぱたん、と本を閉じたお姉さんは、ちょっと残念そうに見えた。


「無いって、何が?」

「お師匠さんの名前。Aランクは今、四勇者の四人しかいないんだけど、勇者様と知り合いならBランクかなって思って。でも違ったみたい」


「そっかぁ……じゃあおししょー様はCランクなんだぁ」

「多分ね~。Cランクは千人以上いるからチェックしてないけど」


 いい加減リスト順をきちんと整理すれば名前の検索もしやすいのに、と何やらぶつくさ言うお姉さん。良く分かんないけど、お姉さんもお仕事が大変みたいだよぅ。


 Cランク、かぁ……ちょっと残念。もっとすごい人だと思うのに。

 いや、ボクが勝手に思ってただけなんだけど。じゃあBランクの人達、それにAランクの勇者さん達はどれだけすごいんだっていう。


「ていうか、Cランク……言霊が使える人ってそんなにいるんだね!」

「冒険者登録をしていない人にも目覚めた人はいるはずだから、実際はもっとだろうね。けど、全体の冒険者の数から考えると少ない少ない」


「へぇ……冒険者って全部で何人いるの?」

「辞めたり死んじゃったりする人もいるからちょっと正確じゃないけど、ちょっと前に十万人を超えたはずだよ」

「じゅーまん!?」


 二百人くらいしかいなかったアゾート村から全く想像もできない数字だよぅ。ぽかーんとしてるボクを見て、お姉さんは楽しそうに笑った。


「あはは、良い反応。ま、このネスティスにも数十万人の人が暮らしてるからねぇ。皇国から逃げて来た人間を含めたら、だけど」

「すーじゅーまん……あぅ、人が多すぎて酔っちゃいそうだよぅ。でも、そんなにたくさんの冒険者がいるなら、魔物にも勝てちゃうよね!」


「そうでもないんだよねぇ。今言った十万人の内、半分近くが出稼ぎ感覚で登録してる人達でさ。魔物どころか獣すら狩れないような根性無しで、ランクも最低のJから変動する気配すらないの。ぶっちゃけ名ばかりの冒険者だよ」


 そう言えば、おししょー様と初めて会った時にボクも言われたっけ。生半可な気持ちで冒険者になっても死ぬだけだって、めちゃくちゃ怒られた。

 こういう事情もあるんだなぁ。うんうんと頷くボクにお姉さんが続ける。


「個人的には、冒険者登録に試験の一つでもすればいいのに、って思うけど、そんな役立たずでも情報は持ち帰ってくれるから、全くの穀潰しってわけでもないんだよねぇ」

「穀潰し、かぁ。うん、ばっちゃも言ってた。働きもしない穀潰しは皆殺しにするくらいでちょうどいい、って」


「あはは、すごいおばあちゃんだねぇ。お嬢ちゃんはそんな事はないだろうけど、あぁいう大人になっちゃいけないよ?」

「うん、頑張る!」


 なんだろう。冒険者についてもうちょっと賢くなっておきたかっただけなのに、なんか生きる事の大変さ、みたいなものを学んだ気がするよぅ。


「アスミア」


 と、おししょー様が音もなくボクの後ろに。ふっふっふ、いい加減この程度で驚いたりはしないよぅボクは!


「あ、えっと、それじゃボク行くね! お姉さん」

「ん、私も楽しかったよ。冒険者になって頑張るのはいいけど、死なない程度にね」

「うん、ありがとう!」


 手を振りながらカウンターを離れる。おししょー様と向かった先には、ディアーネ、ノクトスさん、メメリエルナさんがいた。

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