勇者は一人。そんな事、誰が決めた?
声の方を見やると、すっごい爽やかな笑みを浮かべてるお兄さんと、その横で頬に手を当ててるお姉さん。お兄さんがディアーネの肩に手を乗せる。
「遅かったなぁおい! 依頼に手こずっちまったかぁ!?」
「ちょっ、ノクトスさん! 声が大きいですわ!」
「おぉっと、すまんすまん! 生まれつきこうなんでな、許してくれや!」
「だから声が大きいと」
「だぁっはっははは! まぁそうカリカリすんな、ディアーネよ!」
ディアーネの小声の抗議もどこ吹く風で、お兄さんは豪快に笑いながらばんばんとディアーネの背中を叩いた。
多分、普通に痛かったんだと思う。さりげなくお兄さんから距離を取るディアーネだけど、今度はお姉さんの方に捕まった。ぎゅうっと力いっぱいに抱きしめられ、ぐぇ、とディアーネっぽくない呻き声が漏れる。
「くすくす。ディアーネちゃん、怪我はしてないかしらぁ? なかなか帰ってこないからぁ、私達心配してたのよぉ?」
「い、いえ……メメリエルナさん。大丈夫ですから、その、離してください」
「ホントぉ? お人形さんみたいに綺麗なお顔に傷とか付いてなぁい? もしもそうなら……あぁ! 私、その傷をつけた魔物をぐっちゃぐちゃに叩き潰して、挽肉にして、ディアーネちゃんに振舞ってあげるからぁ!」
「け、結構です! あたしは大丈夫、ですので、離してください、な!」
艶めかしい感じの声は、ディアーネの事がホントに可愛くてしょうがないって感じ。一方のディアーネの顔がずぅっとひきつってるんだけど……気付いてないっぽい。
色々と周りの目を引いてる二人――ノクトスさんとメメリエルナさん、だっけ? 多分、服装からして二人も冒険者みたい。
ノクトスさんは短めの赤茶髪、んであの喋り方……すっごい元気なお兄さんって感じ!
メメリエルナさんは長い金髪、んであの喋り方……すっごい大人のお姉さんって感じ!
……要するに、ほとんど何も分かんないって事。ボクは二人から逃れて息を整えているディアーネの肩をちょんちょんとつついた。
「ねぇねぇディアーネ。知り合いなのぅ?」
「あ、あぁ、そうでしたわね。紹介しますわ」
こほんと咳払い。ディアーネは二人を順に指さす。
「こちらはノクトスさん、そしてメメリエルナさん。二人ともあたしの師で、あたしは二人と一緒にパーティを組んでいるのですわ」
「おう、よろしくな。〝風〟の勇者、ノクトスだ!」
「〝水〟の勇者、メメリエルナよぉ? よろしくねぇ、可愛らしいお嬢ちゃぁん?」
「あ、うん、よろしくなんだよ……勇者? え、勇者!?」
なんかしれっと聞き流しかけたけど、確かに勇者って言ってた!
「ストップ。もうこれ以上無駄に叫ばせはしませんわよ、アスミアさん」
と、思いっきり息を吸い込んだボクの口を塞ぐディアーネ。吐き出すだったはずの驚きの声がせき止められ、むーむーと唸るボク。
くぅ、やるなディアーネめ! 目で訴えると、叫ばないですわね? と念押しされたので、頷いたらようやく解放してくれた。
「ふぅ……でも、勇者ってアレだよね? あの『勇者』だよね?」
「ええ。お二人は王国の誇る四勇者の一角なのですわ」
「四勇者、って事は四人もいるんだね、勇者って。ボク、勇者って一番強い言霊を使う人、って聞いてたから、てっきり一人だけだと思ってたよぅ……」
「だぁっはははは! ひと昔まではそうだったんだが、今は勇者って呼ばれるレベルのヤツが四人いる、って事だな!」
相変わらずのノクトスさん。ディアーネの溜め息が響く。
「はぁ……ものすごく大雑把な説明ですが、おおむねノクトスさんの仰る通りですわ。勇者は魔物から力無き民を守る存在ですから、四勇者、という名前を付けた方が親しみやすいですし、勇者が四人もいる、と思えば安心感もあるでしょう?」
「確かに! 二人ともすっごく頼りになりそうだもん!」
ちょっと変な人だけど、と小声でぼそり。
こんな事をわざわざ呟く必要なんて全然ないんだけど、どうしても呟きたかった。だって変だもん。
「あたしは残り二人の勇者と出会ったわけではありませんが……どちらもノクトスさん、メメリエルナさんに負けず劣らずの変人らしいですわよ」
聞こえないように言ったつもりだったけど、ディアーネにだけは聞こえてたみたい。怒るかと思ったら、むしろ共感されちゃったよぅ。さっきのやり取りで何となく分かるけど、苦労してるんだろうなぁ。
その点、ボクのおししょー様は全然変な人じゃないもんね! 変なとこで対抗心を燃やしてると、ノクトスさんが首を傾げた。
「ま、俺達の自己紹介はこれくらいでいいだろ! そっちの嬢ちゃんはどちら様だい?」
「こちらは旅先で知り合った子ですわ」
「初めまして! アスミア・ワトナだよぅ!」
ぺこりとお辞儀。なんかいつもよりも礼儀正しい感じになってる気がする。やっぱり相手が勇者だからボク、ちょっと緊張してるのかも?
「彼女は冒険者を目指していて、彼女の師に当たる人と旅をしているのですわ。そちらは今席を外していますけれど」
「そうなのねぇ。くすくす、アスミアちゃんも可愛らしいわぁ。抱きしめてい~い?」
「え、遠慮しとくんだよぅ」
「ざんね~ん」
……肩を落としてるけど、ボクは見逃さない。メメリエルナさんの眼光がまだ鋭い事を。この人はすごい勇者なのかもしれないけど……ボクの中で要注意人物だよぅ。
うん、まぁお互いの自己紹介は終わったわけだけど。周りの視線が痛い理由がよく分かった。だって勇者だもん。
ここにいる人は冒険者ばっかりで、勇者の二人の事を知ってて当然なんだろう。うぅ、ちょっと居心地悪いかも。
「アスミア、ここにいたか」
と、聞き慣れた声。階段を上ってきたおししょー様がこっちに歩み寄る。
「あ、おししょ」
「リューネじゃねぇか!」「あらぁ? リューネ君だぁ」
おししょー様がノクトスさんとメメリエルナさんに気付いて目を見開く。
「ノクトスに、メメリエルナ? 何故お前達がここに」
「そりゃあこっちのセリフだぜ! 次から次へと旅に出やがって、ちったぁこっちにも顔見せろってんだバカ野郎!」
「くすくす、まぁそのクソ真面目さがあってこそのリューネ君なんだけどぉ」
「そう、だな。すまない」
……むぅ、すっごい親しげだよぅ。何となく敗北感。
「え、ちょっと待ってぇ? という事はアスミアちゃんの師匠って」
「リューネの事かよおい! だぁっははは、こいつぁ驚いたぜ!!」
ノクトスさんの今日一番の大声に、今までこっちを気にしてなかった人まで何事かと振り返る。おししょー様がそれに気づき、声を潜める。
「ノクトス、メメリエルナ。私達……いや、勇者であるお前達は変に注目を集めるのもよくない。場所を変えよう……そしてノクトスはもう少し声を抑えろ」
「あ、あぁ。そうだな。そうしよう」
「それじゃ~ぁ、歩きながら近況報告でもしましょ~ぉ?」
歩き出す三人。ボクとディアーネはちょっと取り残されてる感があったけど、慌てて後を追いかけた。
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