おししょー様はクソ真面目です

 おししょー様は優しい人。ボク達を心配してくれて、こうやって助けに来てくれた。それはホントに嬉しい。

 でも、ずっと見守ってくれてた……? それって、もしかして……、


「……えーと、おししょー様? ボク達の事、どの辺りから見てくれてたのぅ?」

「村の結界を万全にしていて、少し遅くなった。まぁ君達が森の中を歩き回ってる間には何とか追いつけたが」


「そっか。って事は、その、もしかして……野宿してる時も、ずっと?」

「……まぁ、な」

「…………って事はぁ……」


 やっぱあのイモ娘とぺちゃんこの下りも全部見られてたって事じゃんかぁぁぁ!!


 すっごく恥ずかしい! 何か女の子として大切なモノをなくしちゃった気がするくらい恥ずかしい!


 顔が茹で上がる。絶対に今顔真っ赤だ。手で触れるだけで火傷しそうになる。こんな体験も生まれて始めてだよぅ。


「ぅ……ぅぅぅぅぅぅぉぉぉおおおおおししょー様!」


 この恥ずかしさをどうにかしたくて、ボクは思い切って声を張り上げた。

 おししょー様は少し後ずさりながら言う。


「な、何だ……?」

「おししょー様はおっきい方とちっちゃい方、どっちが好きなのぅ!」

「なっ……!?」


 動揺するおししょー様。その姿を見るといつもはほっこりするボクだけど、今はボクもそんな場合じゃない。ぐいぐいぐいっ、とおししょー様に詰め寄る。


「さっきの話、聞いてたんだよね! ならはっきりして欲しいんだよぅ! ほら答えて、おししょー様!」

「いや、それは……聞いていたは聞いていたが、だからと言って今ここで君に、それについて私の意見を述べる必要は無いと」


「あるの! 女の子同士の内緒の話、つまりガールズトークを盗み聞きした罪は重いんだよぅ! 答えてくれたら許してあげるから!」

「あの声量での口論を内緒の話と言い張るのは無理があると思うのだが……そ、そもそもの話だが、人間にはそれぞれ、好みや趣味嗜好というモノがあってだな。どちらが絶対的に良いとかそういう話ではなくて」


「だーかーら! ボクはおししょー様の好みを聞いてるの! 人それぞれなんだから、おししょー様だって好き嫌いがあるはずだもん!」


 何言ってんだろう、ボクは。盛大に自爆してる気しかしない。

 ……いいもん。これ以上恥ずかしい思いになる事なんてないし、もぉこうなったらどうにでもなれだよぅ! もっともっとおししょー様の事を知ってやるんだから!


「おししょー様は男でしょ! ならここでちゃんと白黒はっき、り……」


 あ、ヤバ……興奮しちゃって眩暈が……。


「アスミア!」


 倒れこむボクの体を支えてくれるおししょー様。治療されてる時と同じように抱きかかえてもらい、ますます顔が熱くなっていく。


「まったく……血を流してるから無理をするな、と言っただろう」

「……おししょー様が、はっきりしないのが、いけないんだもん」


 なんかすごい言い掛かりをつけてる気がするけど、撤回はしてあげない。ここまで来ると、ちゃんと答えてもらわないと気が済まないよぅ。

 ふーっ、ふーっ、とボクが鼻息荒く食い下がると、おししょー様はたっぷりと悩んだ後、顔を逸らしながら力無く言った。


「まぁ……大きいのは、嫌いではない、かな」

「……っ!?」


 今、ボクは確かに聞いたんだよぅ。おししょー様は、ちっちゃいよりもおっきい方がいい、って。これは絶対に聞き間違いなんかじゃない!


 ボク自身は胸がおっきい事を特別な事だと思った事はないけど、村の男衆に散々からかわれてきた。その時はすっごく鬱陶しかったし、正直イヤだった。

 でも今、そんなマイナスの思い出が全て吹っ飛んじゃったよぅ!


「にし、にししし……そっかぁ。おししょー様はおっきいのが好き、かぁ……」

「い、いや、私はあくまで嫌いではないと言っただけで」


「みなまで言わなくていいんだよぅ。おししょー様の言葉に隠れた真実を探し出すのは、弟子のボクの仕事の一つなんだもん!」

「ま、待つんだ、アスミア。それを言うなら弟子の勘違いを正すのは師匠である私の役目だと思うのだが」


 おししょー様が何やらぶつぶつと言ってるのを無視して、ボクはゆっくりと立ち上がる。やっぱりまだふらつくけど、気合で乗り切ってみせるもん。

 ばっちゃが言ってた。ボクみたいなヤツは、食べたモノの栄養が全部胸に行くように出来てるんだって。これはもう、この後ラングさんに食べさせてもらうご飯を残す、なんて選択肢はあり得ないよね!


「……まぁ、いいか。それよりアスミア」


 と、溜め息交じりのおししょー様の声のトーンが落ちる。話を逸らそうとしてるようにも見えたけど、多分それだけじゃない。

 こういう時は何か大事な話をする時の前兆だ。ボクにとってはさっきの話の方が遥かに大事だったけど、居住まいを正しておししょー様と向き合う。


「何? おししょー様」

「先程、ディアーネと話していたな? 勇者について……君も勇者を目指す、と」


「勇者……あ、うん。話したけど……おししょー様も無理って言うのぅ? ボクが言霊に目覚めてないからって」

「そんな事はない。君の成長を間近で見ている身としては、それが夢物語ではない事くらい分かっているつもりだ」


 えっと、今のって褒められた、んだよね? うん、そういう事にしよう。


「だが、覚えておくんだ。勇者を目指す、という言葉の意味を」


 綻びかけたボクの顔は一転、しかめ面になって首を傾げた。


「言葉の、意味? どゆ事?」

「あぁ、いや……すまない、忘れてくれ。師として、君のその目標を応援していると言いたかっただけなんだ」


 そう言ったおししょー様は少し早口で。何かを誤魔化そうとしているのはボクの目から見ても明らかだった。おししょー様、嘘が下手だもん。


 かぶりを振ったおししょー様は、ボクに笑いかけてから踵を返す。


「さぁ、早く村に戻ろう。ラングさんの料理をディアーネに全部食べられてしまうかもしれないぞ?」

「おししょー様」


 ボクは反射的に呼び掛けていた。おししょー様が足を止めて顔だけ振り返る。


「どうした?」

「おししょー様こそ、勇者を目指さないのぅ?」


 多分だけど、それはおししょー様が一番訊いて欲しくない事だったんだと思う。


 でも、弟子であるボクが絶対に訊かなきゃならなかった事だとも思う。


 おししょー様は何も返さない。ボクもそれ以上は何も言わない。居心地の悪い沈黙を、ひゅうと肌寒い風が押し流していく。

 やがて、おししょー様は前を向いて歩みを再開する。


「……どうだろう、な」


 遠ざかっていくその背中は、少しだけ寂しそうだった。

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