膝枕っていいよね

「――――んぁ……?」


 次に目を覚ました時、ボクの目の前には心配そうなおししょー様の顔があった。


「っ!?」


 もう少しで鼻先が触れそうな距離に、ボクは思わず身をよじらせる。驚いてるのはおししょー様の方も同じみたいだったけど。


「っ……!」


 背中、痛っ! それにめっちゃ熱っ! 

 あまりの痛みと熱に、体はそれ以上動いてくれない。ゆっくりと息を整えるボクを、満点の星空が見下ろしていた。


 どうやらここは、さっきと同じ森の中みたい。傍に焚火があるので、さっきプチ野宿したところでもう一回火を付けたんだと思う。


「動いてはダメですわ、アスミアさん。折角リューネさんに治療して頂いているのですから」

「ち、りょう……?」


 視線を滑らせると、ディアーネがボクの顔を覗き込んでいた。ボクがそっちを見た瞬間、慌てて表情を引き締め直していたけど、ボクの事を心配してくれていた事がすっごく伝わって、なんだか嬉しくなる。


「……アスミア、大丈夫か?」


 と、ずっと黙っていたおししょー様が口を開く。

 ボクは今、おししょー様の膝の上に頭を置いて寝てるみたい。おししょー様の手は魔力の光を纏っていて、ボクに何か言霊を掛けてくれてる。


 ディアーネが言ってた治療、なのかな。確かに、少しずつだけど痛みが和らいでる気もする。ボクは笑った。


「うん、大丈夫! おししょー様、ありが」

「すまない! 言霊の防御が遅れてしまった。君にこのような大怪我をさせてしまった。私は師匠失格だ」


 顔を歪めたおししょー様が頭を下げる。おししょー様の銀色の髪がボクの顔をさらさらと撫でてくすぐったい。

 ていうか、おししょー様。ま、また顔が近づいちゃって、恥ずかしいよぅ……!


「し、失格なんかじゃないもん。ボクが油断したのがいけなかったんだから」

「しかし……」

「しかしとか言っちゃダメ! おししょー様はボクの命を助けてくれたんだから、全然謝らなくていいんだよぅ!」


 ボクはおししょー様の弟子。師匠であるおししょー様はボクを護る義務がある、って思ってるんだと思う。おししょー様、とぉっても真面目だから。

 でも、ボクは弟子として、おししょー様にこんな顔をさせたくない。こんな顔をさせる為に、頑張ったわけじゃないもん。


「だから、ありがとう! おししょー様!」

「……あぁ。無事で、良かった」


 おししょー様が、弱々しいけど笑みを浮かべてくれた。たったそれだけの事で、背中の痛みが全然吹っ飛んでいく気がした。


「それを言ったら、倒したと油断したのはあたしも同じですわね。そこは猛省するとして……どうしてリューネさんがここに? 村の防衛をされていたのでは?」


 ディアーネが尋ねる。確かにそうだ。元々、ここにおししょー様がいるはずないのに。


「ああ。やはり相手はDマイナスの魔物、心配になってな。ラングさんとも相談し、食堂に全村人を集め、言霊で結界を張った。短時間ではあるが、ドッグハウンド程度ではびくともしないはずだ」

「結界……? さっきアスミアさんを護った言霊に近いモノでしょうか。となるとリューネさんの言霊は防御を得意としていますの?」


「防御……あれ? でもおししょー様、オーク達を言霊で皆殺しにしてなかったっけ?」

「アスミア……」


 ……はっ!? つい流れでおししょー様の言霊について話しちゃった! うぅ、どうしてボクはこう口が軽いんだよぅ……!


「攻撃と防御……そればかりか治癒すらも全て、一定のレベル以上にこなすだなんて。一体どのような言霊を鍛え上げればそんな芸当が……?」

「…………」


 あぅ、おししょー様の沈黙が痛いよぅ……こ、こういう時は弟子のボクが何とかしないと! 話をややこしくしたのもボクだけど!


「お、おししょー様! 結界を張ったのは分かったけど、どうしてここにいるのかの説明になってないよぅ!」

「……そうだな、話を戻そう。討伐を任せた手前、ひとまずは陰から君達の立ち回りを観察していたのだが、ヤツの配下らしきドッグハウンドが集まってきてな。その対応に注力しすぎてしまい、援護が遅れてしまった。もっと俯瞰的に状況を判断しなければ……」


 語り口に悔しさをにじませるおししょー様。むぅ、まだボクが怪我した事を自分のせいだと思ってるっぽい。後でお説教しなきゃ。


 けど、そうだ。確かにゲイルハウンドの周りにドッグハウンド子分がいないのはおかしかった。おししょー様がずっと見守ってくれて、ついでにドッグハウンドの相手もしてくれたから、ボク達はゲイルハウンドの相手をするのに集中できたのかぁ。


「長であるゲイルハウンドが敗北するや否や、ドッグハウンドは散り散りに逃げて行った。元は野生の獣だからな。ヤツらの習性からして、もうこのテリトリーに近づく事はないと思うが……村人達にも一応注意喚起をしておいた方がいいだろう」

「そっかぁ。じゃ、ひとまずは皆殺し完了って事だね!」


 にしし、これで村の人達も安心できるし、親しい人を殺されちゃった人も少しは気が晴れるかなぁ……そうだといいなぁ。


 けど、結局おししょー様に助けてもらっちゃったよぅ。ホントはボク達だけで討伐するべきだったのに。でも、何だかんだで心配してずっと見守ってくれてたおししょー様はやっぱりすごく優し……ん? 


「……えと、ディアーネ。ボクはもうちょっとおししょー様に治療してもらってるから、先に戻ってて欲しいんだよぅ」

「は? 何でですの? あたし、リューネさんの言霊に興味が」


「キミの興味とかどーでもいいんだよぅ! ボクは今からおししょー様と大切なお話があるから……す、すぐ追いつくから、早く行ってよぅ!」

「な、何なんですの? もぉ」


 ディアーネはぶつぶつと文句を言っていたけれど、しぶしぶ従ってくれた。ほっと一息、足音が聞こえなくなったあたりでボクは体を起こす。


「お、おいアスミア。ひとまず傷は塞がったが、あれだけ血を流したんだ。あまり無理は」

「もう大丈夫だもん。痛みもほとんどないし。それより、お話しよう? おししょー様」

「あ、あぁ……大切な話、という事だったが……?」


 そう、すっごく大切な話。……色んな意味で。

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