今夜は犬鍋に……いや、なんか美味しくなさそうだから却下

 ゲイルハウンドが勢いよく突進してくる。今までよりも少しだけ速いそれを、ボク達は左右に分かれて避けた。


「一重幾重の雷鳴、紡ぎ重なりて敵を撃て! 紫電突貫しでんのつらぬき!」


 何度目かも分からないディアーネの言霊。でも、やっぱり当然のように避けられてしまう。

 風を纏って一気に空へ浮き上がっていくゲイルハウンドの体。ボクはそれを見失わないように目を凝らす。


(跳躍……そっか!)


 さっきからゲイルハウンドは、言霊を避ける際に風を使ってばかり。その時は決まって上に跳躍して避けていた。


 空に向かって跳ぶだけなら、言霊が使えないボクにも出来る。うぅん、魔力で体を強化するのが得意なボクだからこそ、出来る。

 ゲイルハウンドに合わせて、ボクも一緒に跳び上がれば……!


「たぁっ!」


 ボクは小さく足を折り曲げて力と魔力を溜めて、一気に跳び上がった。上昇が止まって落下を始めたゲイルハウンドの体目掛けて、ヘルサイスを全力で一閃!


「っ……!」


 でも、刃は当たらない。

 雷を纏ったヘルサイスの刃はさっきと違って白緑の風に押し戻される事はなかった。なのに、それが体に届くあと少しのところでまた風で逃げられてしまった。


 ディアーネの言葉の意味を考えて、ボクの跳躍がちょっと遅れたせい。ゲイルハウンドがもう一回逃げる余裕を与えちゃったんだ。


(うぅん、これくらいで諦めたらディアーネに怒られちゃう!)


 ボクはすかさず近くの木の枝に着地しつつ、もう一度足に力と魔力を溜め込む。今度は逃げられないように、強く強く、もっともっと強く!


「まぁだだよぅ!!」


 そして、溜め込んだモノ全てを解放しつつ枝を蹴る。今まで体験した事の無い衝撃、痛いほどに風を切るボクの体。

 あっという間に、空中を逃げるゲイルハウンドに追いつく。ボクは汗ばむ両手で力いっぱいに雷を纏うヘルサイスを握り締め、


「せやぁぁぁぁぁ!」


 一閃! 今度は、確かな手応えがあった。

 ぎゃん! と歪んだ鳴き声と共に落下していくゲイルハウンド。感電してるのか、バチバチと音を立ててるそれがどさりと地面を転がった少し後、ボクも地面へ。ちょっとバランスを崩したけど、どうにか転ばずに着地する事が出来た。


「アスミアさん! やりましたわね!」


 と、ディアーネが駆け寄る。ボクも笑顔で応えた。


「うん、何とかやれたよぅ! 勢いが付き過ぎちゃって、危うく追いつくどころか追い越しちゃうところだった」

「そ、そうですか……確かにすごいスピードでしたわね。ほら、今あなたが足蹴にした木の枝。かなり太いのに完全にへし折れてしまってますわよ?」

「へ? あ、ホントだ」


 無我夢中で魔力を集めて、思いっきり蹴ったからなぁ。ここまで育つのは大変だったはずなのに、あの木には悪い事をしちゃったかも。

 たくさんの魔力を一気に使っちゃったせいか、ちょっと体が重い。ボクはゲイルハウンドの死体が転がる横にどさりと座り込んだ。


「あー疲れた……でも、良かった! 二人掛かりで仕留められなかったらおししょー様やラングさんをがっかりさせちゃうところだったし」

「そうですわね……えぇと、一応言っておきますけど。あたし、他にも使える言霊はたくさんありますので、それを駆使すれば一人でも狩れたと思いますわ。ただ、折角二人いるのですから効率良く狩る為にあなたと力を合わせただけで」


「む、どうしてそういう余計な事言うのさぁ。それだったらボクだって、諦めずにぶん殴り続けたらキミの雷がなくたっていつかは倒せてたはずだもん!」

「いやまぁ、それはいつかは倒せてたかもしれませんけど、やはり言霊があるとないとでは大きな差、アスミアさんっ、後ろ!?」


 呆れ顔だったディアーネの声が裏返り、その手に魔力を集め始め、それに反応してボクが後ろに視線をやったその瞬間。

 血に塗れた犬の体が白緑色の光を纏い、ボクの背中に覆いかぶさるように突っ込んできているのが見えて。


(こい、つぅ……死んだ、ふりを……!?)


 ヤバい! そう頭の中で叫んでは見ても、体は逃げる事も鎌を振るう事もしてくれない。だって、全然痛くないから。


 光が迫ってくる。背中が生暖かい感触に晒され、それがボクの背中から噴き出た血の感触なのだと気付いた時になってようやく体が動いたけど、もう遅い。


 どこかスローモーションに感じられる時間の中、じわりじわりと、ぐじゅりぐじゅりと、ボクの体を背中から少しずつ潰し、削り取って――――


「――――不視羽衣みえざるはごろも!」


 聞き慣れた声が響き渡り、迫りくる光の勢いが止まる。ボクの鎌が風に押し戻された時みたいに、ゲイルハウンドの体が進もうとしては押し戻されている。


「っ……一重幾重の雷鳴、紡ぎ重なりて敵を撃て! 紫電突貫しでんのつらぬき!」


 ディアーネの言霊がすぐ近くから放たれた。ゲイルハウンドは手負いなせいか、言霊を避ける事が出来ずに真正面からそれを喰らった。体のど真ん中を雷の槍が真上から射抜き、そのまま地面に縫い付ける。

 それでも、ゲイルハウンドは息絶えない。何とか槍から逃れようと暴れ回る。


「仕留めろ、アスミア!」

「う…………ぁぁぁぁぁあああああああ!」


 激痛に襲われ始めて悲鳴を上げる背中を無視して、力を振り絞って一閃。鎌はゲイルハウンドの頭を刈り取り、ごろりと地面を転がった。


 今度こそ、ボク達の勝ちだ……! そう安堵した時、体からかくんと力が抜けた。背中から溢れる血と一緒に、体温も根こそぎ流れ出ていっちゃってる。そんな感じ。


(むぅ……もう、立ってられ、ないや……)

「アスミア!」


 意識が遠のいていく。でも、怖いとかそういうのは全然なかった。


 だって、必死の形相で駆け寄ってくるおししょー様の姿がちらっと見えたから――――

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