馬鹿の一つ覚え、って知ってる?

「で、出やがりましたわね……!」


 遅れて立ち上がったディアーネがボクの横に立つ。


「助かりましたわ、アスミアさん。魔力による防御は常に展開していましたが、今のをまともに喰らっては無傷では凌げなかったでしょう」

「にしし、お礼はこいつを狩った後にして、よぅ!」


 初めて闘う魔物だけど、おししょー様の話から警戒すべき事は大体分かってる。ヘルサイスを手に、一気にゲイルハウンドに突進する。


 まだ短い間だけど、ボクだっておししょー様に鍛えられた。草刈鎌を使って闘う人なんて滅多にいないから、こっちはボクの独学……ていうか、我流でやらなきゃいけないけど、代わりに魔力の扱い方をみっちり鍛えてもらった。


 で、分かった事。魔力、めっちゃ重要! 


 言霊に必要になるのは当然として、身体能力とかの底上げにいくらでも応用できる。特に、ボクみたいな身のこなししか取り柄の無い人にとって、これがなければもうホントお話にならないレベル。

 おししょー様に最初から言われてた通り、ボクは魔力を扱う才能は結構あるみたい。オーク狩りの時と比べて、今のボクは一回りも二回りも強くなってると実感できるほどに体が軽くて、力が漲ってくる。


 まずは、先手必勝! こちらの出方を窺っているゲイルハウンドの頭をかち割る勢いで刃を突き立てる。

 けど、届かない。体が硬くて切り裂けない、とかじゃなくて、あの白緑びゃくろく色をした風が邪魔をする。まるでくっつかない同士の磁石で殴り掛かってるみたいに、どれだけ力を込めても鎌が前に進んでくれない。


 その時、キィン! とまたあの音!


「っ……!」


 ボクが慌てて身を翻すと同時、ゲイルハウンドはボクの体目掛けて突っ込んできた。どうにかわす事が出来たけど、風が少しだけ当たっちゃったみたい。二の腕あたりの服が破れ、少しだけ血が滲んでる。でも、


(……痛く、ない。おししょー様の言った通りだ)


 明らかに血が出ても、肉を抉られても、傷を負ってから少しの間はまったく痛みを感じない。それがゲイルハウンドの纏う風が持つ最大の特徴みたい。


『――――けどさ、おししょー様。痛くない、って良い事じゃないのぅ?』

『いいや、限りなく危険だ。痛みを感じないだけで、手傷は通常通りに負っている。それなのに、体が命の危機に気付けないという事だからな――――』


 おししょー様の言葉が鮮明に思い出される。


 攻撃を喰らって血がどばぁってなっても、体が反射的に避けられない。避けてくれない。人間、痛いのがイヤだから必死に避けたり逃げようとするんだから。

 つまり、不意打ちなんか喰らっちゃったら痛みに気付けないままそのまま……って事すらあり得る。抵抗すらさせてくれない野生の狩人、それがゲイルハウンドなんだ。


〝雷〟いかずちの声を聞け!」


 と遅れて体が痛みを感じ始めたその時、夜の闇を切り裂くような明朗な声が響き渡った。

 ディアーネだ。あの紫の光を手に纏い、突進を終えたゲイルハウンドの横から狙いを付けている。


「一重幾重の雷鳴、紡ぎ重なりて敵を撃て! 紫電突貫しでんのつらぬき!」


 ディアーネの言霊。手から撃ち出された薄紫色の雷は、槍のようにどんどん尖っていきながらあっという間にゲイルハウンドの横っ腹に命中


「なっ……!」


 したと思ったのに、ゲイルハウンドは明らかに生物としておかしな動きで跳び上がり、それを避けた。足に力を貯め込むような素振りもなく、跳び上がると言うよりは浮き上がる、と言った方が正しいかもしれない。


(……今、聞こえた……)


 キィン、というあの音が。あれが風によって生まれる音ならば、ゲイルハウンドは風を利用して瞬時に攻撃をかわす術がある、って事かな。


「くっ……ならば何度だって!」


 ゲイルハウンドの反撃を魔力の盾? みたいなモノで防いだディアーネは、もう一度電の槍を撃ち出した。けど、あの言霊には詠唱が必要なので、連射するにも限度があるみたい。しかも、死角から撃ち込んでも難なく避けられてしまう。


 このままじゃディアーネの魔力の方が先になくなっちゃいそう。ボクはゲイルハウンドと追いかけっこをするディアーネに追いついて肩を掴んだ。


「ディアーネ! いったん落ち着いてよぅ!」

「ええ、あたしはとっても落ち着いていますわ! あなた、あたしが無策で言霊をぶっ放しまくってるとでも思ってますの?」


「うん!」

「正直者で結構ですわね! 後でぶっ飛ばして差し上げますから覚悟なさい!」


 少し息を切らせながら、ディアーネはボクのヘルサイスに視線をやった。そして魔力の光を手に纏わせ、


「〝雷〟の声を聞け。その身に雷鳴束ねし闘神の加護を。雷刃らいじん


 短く言霊を詠唱。すると魔力が紫色の雷に変わりながら、ボクのヘルサイスにビリビリと纏わりついた。


「うわっ!? な、何するんだよぅ!」

「うふふ、かっこいいでしょう? 雷を纏った草刈鎌なんて」


「すっごい腕がピリピリするんだけど!」

「それくらい我慢なさいな! 恐らく、これであの犬っころにも届きますわ!」


 むぅ、確かにこのままだとボクの鎌は届かないしディアーネの雷は避けられるしで、倒せそうにない。倒せなかったら戻って来いとは言われてるけど、それはイヤだ。おししょー様の期待を裏切るって事だもん。


「あの犬っころは風を纏い、鎌を防ぎました。あれを普通の武器で貫くにはかなりの経験と魔力が必要になります。だからこその討伐ランクDマイナス、って事に、っつぅ!」


 ゲイルハウンドの突進が話を中断させる。どうにかディアーネが魔力の盾で防いでくれたので怪我はない。こっちは特に詠唱が要らないみたいだ。


「まったく、せっかちさんですわね! で、あたしの言霊はことごとく避けられてしまいます。恐らく、言霊の発動の際に魔力を凝縮させているのを敏感に察知して、ってあぁもう……しつこいですわ!」


 遠くでゲイルハウンドがこちらに狙いを付けている。獲物が二人固まっているせいか、さっきよりも積極的に攻撃を仕掛けてきてる感じがする。

 魔力の盾で防ぎ続けるのにも限界はあるはず。さっさとケリを付けなきゃ!


「要点だけ言います! あたしはエサ、あなたがトドメ! あなたの跳躍なら届くはず! いいですわね!」

「分かったよぅ!」


 ……ホントは良く分かってないけど、ボクがトドメを刺せばいい事だけは分かった。なら何とかなるはず!

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