そりゃあんだけ騒げば、ねぇ?
――――五分くらい経過。実際にはもっと長かったかも。
「あ、アスミア、さん。ちょっと、お互い、落ち着きましょう……?」
「さ、賛成、だよぅ……」
色々と反省すべき事の多い時間だったのは、うん、まぁ、間違いない。花も恥じらう乙女がこんな夜遅く、森の中でぎゃーぎゃーと喧嘩するなんて。しかもあんな話題で。
でも、これだけは確かに言える。おししょー様がいる前で今の口論をしなくて、ホントに、ほんっと~に、良かった。
なんかさっきよりも、森が静かになってる気がする。動物の声が聞こえないって言うか。まさか今ので風裂き猟犬も逃げ出した、とか言わないよね? ……よね?
お互いに乱れた息が落ち着き始めた頃、もう同じような事にならない様に、ボクは真面目に話を切り出してみた。
「ボクの友達が言ってたんだけどさ、胸がおっきくなるかどうかは食べ物とかじゃなくて生まれつきの部分が大きいんだって」
「そ、そんなはずありませんわ! だってそんなの、不公平じゃありませんか! 神様はあたし達を平等にお創りになられたはずでしょうに」
「そんなの言われても知らないよぅ。それ言ったら、ボクはキミより背が低いし。これも不公平じゃん」
背が低いせいで、ボクがどれだけ悔しい思いをしてきた事か! 高い所にあるものが取れなくて、それをばっちゃがひょいと取った時のあの顔! くぅ、思い出すだけでムカムカしてくる!
「身長と胸は、何と言うか、全くの別問題ですわ! 女としては、やはり小さいよりは大きい方が良いと思いますし、殿方も同じように考えてるはずですもの」
「そうかなぁ……おっきいのはおっきいで色々大変だよ? いや、ホントに。肩は凝るし、服はきついし、全力で走ると邪魔にな」
「そんな自虐風自慢はもう結構! いいからどうやったらそんなに育つのかをわたくしにとっとと教えろですわ!」
「だからそんな方法はないんだよぅ!」
まったくもぉ……こういうのを無いものねだりって言うんだよね、きっと。
でも、ちっちゃいよりはおっきい方が良い、かぁ……おししょー様もそんな風に思ってるのかなぁ? 訊いてみたいような、そうでもないような。
「ふん、まぁいいですわ」
拗ねたように鼻を鳴らし、ディアーネがぺちゃんこの胸の前で腕を組む。
「アスミアさんの言う事にも一理あります。別に小さくても良いのです。小さくてもCランクになれますし、魔物だって狩れますし、勇者になる事だって出来ます。そう、たとえ小さくても……」
……言葉の端々から自分に言い聞かせてる感が伝わってくるのはさておき、っと。
「勇者? さっきキミが言ってた目的って、もしかして勇者になる事なのぅ?」
いまいちイメージしにくいのは、やっぱりそういう人に直接会った事がないからなのかなぁ。と、ディアーネが僅かに頬を赤らめる。
「い、いえ、そうではありませんわ。まぁなれるものならなりたいですけど、あたしの目標とは違います」
「ふーん、でもなれるならなりたいんだ?」
「えぇまぁ。だって冒険者の頂点ですのよ? なれるなれないは別として、目指すのは至極当然の事ではありません?」
まぁ、そっか。ボクだって、おししょー様から冒険者ランクの話を聞いた時、Aランクになりたい、ってぱっと思ったし。やっぱ人間、どうせなら一番になりたいよね。
「そっか。じゃあボクも勇者目指そっと」
「目指そ、ってあなたそんな簡単に……言霊に目覚めてないのでしょう? 前提条件からして無理じゃないですか」
「それはそれ、だよぅ。何事もまずは形から……」
ボクは咄嗟に、息を止めた。首を傾げたディアーネが口を開こうとするので、その口を慌てて手で塞ぐ。
音、だ。キィン、キィィン、って。金属同士で打ちあってるような、甲高い音。
(この音……近づいて来てる。それも、すっごい速さで!)
「ディアーネ、こっち!」
ディアーネの手を思い切り引き、焚火から遠ざける。遠くから見て目印になるのは、この焚火くらいだろうと思ったから。
「ひゃっ!」「きゃぁっ……!?」
ボクの判断は、どうやら正しかったみたい。倒れるように焚火から離れた直後、キィィィン! っていう耳をつんざく音。それと一緒に飛んできた何かが焚火の火を掻き消し、遅れて巻き起こった風がボク達を吹き飛ばした。
地面を転がりそうになるのを堪えて立ち上がったボクは、消えた焚火を踏みしめるそれの姿を見た。
緑と白を混ぜたような不思議な色合いの光を纏っている。多分アレが魔力によって生まれた風。キィン、っていう普通の風だとあり得ない音から考えても間違いない。
体は大きくなく、むしろドッグハウンドのそれよりも小さい。ヤツらのボスならハイオークみたいに大きな体をしていると思ってたのに。
多分、今みたいな素早い動きをする為には魔力の風の助けだけじゃなく、根本的に体を小さくする必要があったんだと思う。
姿は犬。けれど、その神々しくすらある佇まいは、さながら風神のよう。
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