おししょー様? ボクの目を見て話そっか?

 どよめきが巻き起こる。ラングさんも目を見開く中、ドレスの子がおししょー様の前に立った。


「あなた、冒険者なんですの?」

「ああ、そうだ。リューネ・ハイデンブルグと言う」

「ボクは弟子のアスミア・ワトナだよぅ!」


 勢いよく手を挙げて自己主張してみる。でもドレスの子は一瞥しただけでおししょー様に視線を戻す。むぅ、無愛想なカンナ以上に愛想の無い子だよぅ。


「先程の提案、ゲイルハウンドの危険を理解した上での発言ですの? そこらの犬っころを狩るのとはわけが違いますわ」

「勿論、理解している。ゲイルハウンド、魔力を風と化して体に纏い、鎧として、そして刃として利用する犬型の魔物。危険度はDマイナスだったか」


 魔力。それは人間だけの専売特許じゃなくて、ボクが闘ったハイオークみたいに魔物の中にもそれを操るヤツはいる。んで、そういう魔物は他よりも危険なヤツばっかり。犬のくせに、生意気だよぅ。


「そう、Dマイナスですわ。ベテランの冒険者、あるいはあたしのような言霊使いの領分という事です。失礼ですが、あなたのランクは?」


 それがちょっと挑発的に聞こえて。むっとしたボクは、言葉を選んでるっぽいおししょー様に代わってドレスの子の前に立つ。


「キミ、さっきからなんか偉そうだよぅ。何様のつもりなのさ」

「Cランクの冒険者として、彼の主張が無謀かどうかを判断しようと思っただけですわ。そう言うあなたこそ、言霊は使えまして?」


「む……ま、まだ目覚めてないけど」

「なら後ろにすっこんでなさいな、イモ娘さん」

「イモっ……!?」


 村ではイモを育てたからそう呼ばれる事があっても我慢できたけど、今会ったばかりのドレスっ娘にそんな事を言われちゃあ黙ってられないよぅ!


「だぁれがイモ娘だってぇ! この冷徹女!」

「なっ……だ、誰が冷徹ですって!?」

「君の事だよぅ! 村の人が困ってるのにあんなに冷たく断るなんて、そんなのもう冒険者失格だよぅ!」


 ……冒険者にまだなってないボクが言うのも何だけど、そんな事はちっちゃな問題なんだよぅ!

 ドレスの子もすっごく怒ったみたいで、かっと目を見開く……ってこの子、右目と左目の色が違うや。


 右目が燃えるように赤く、左目が透き通るような青。こういうの、オッドアイとかヘテロクロミアとか言うんだって。全部本好きのカンナからの受け売りだけど。

 それが珍しいとかは抜きにしても、すっごく綺麗! ……けど、ボクは今この子と言葉の戦争中! ずかずかと近づいてくるので、ボクも前のめりになっていく。


「あ、あたしだって、好きで断っているわけではありませんわ! 手を差し伸べるべき人がいるのなら力になってあげたいです! ただ、冒険者である以上はルールを蔑ろにするわけにはいかないから……!」

「ルールと人の命と、どっちが大切なのさ! てゆーか、言霊とかCランクとかがそんなに偉いって言うなら、おししょー様だって言霊を使え」

「アスミア」


 短く、そして鋭い言葉。おししょー様は口調こそ柔らかかったけど、目が全然笑ってなかった。

 あぅ、そうだった。あんまり言霊の話はするなって言われて……で、でも〝地〟の言霊だって事を言わなければセーフ! セーフのはずだよね、うん。


 口に手を当てて、もう何も言いませんのポーズ。おししょー様はかぶりを振って、冷徹女に向かって腰を折った。


「弟子の非礼、心よりお詫びする。察するに君は、私達が無駄に命を散らす事が無いように配慮してくれたのだろう? 心遣い、痛み入る」

「う……わ、分かればいいのですわ」


 おししょー様の真摯な態度に勢いを削がれる冷徹女。ふふん、さすがはボクのおししょー様だよぅ。

 ……事をややこしくしたのはボクな気もするけど。まぁ、うん、反省するんだよぅ。


「それで、だ。アスミアの言うように、私は言霊使いだ。それにアスミア自身も言霊こそ使えないが、数十匹から成るオークの群れを壊滅させられるくらいには腕が立つ。その実力は私が保証しよう」


 食堂に響き渡る、今日一番のどよめき。え? これってそんなに驚く事?


「オークの群れを……言霊無しで、ですの?」


 冷徹女も、驚いていた。まるでボクをバケモノでも見るような視線で射抜いてくる。


「そうだよぅ。悪い?」

「いえ、悪いと言いますか……言霊を使えないのにそんな芸当が出来るなんて、ちょっと普通じゃありませんわよ?」

「へ? そなの? でもオークは魔物の中でも弱いから倒せるのが当たり前だって」


「言霊使いからすればそうですが、オークも魔物には違いありません。低ランクの冒険者からすれば十分脅威ですわよ」

「そうなんだぁ」


 ……ん? ボクってそんな大変な事を、最初の試験としておししょー様にやらされたのかな? 疑いの目でおししょー様を見やると、


「ごほん……だ、だから我々への心配は必要ない」


 咳払いをしつつ、すっごく不自然な感じで目を逸らして話を変えるおししょー様。

 もしかして……おししょー様ってば、ボクに出来るはずがないって考えてた? 最初から自分だけでオークを皆殺しにするつもりで、ボクがあんな結果を残さなければ弟子にする気も無かった、とか?


 ……これは徹底的に問い詰めなければいけないみたいだよぅ。けど今はゲイルハウンドの話が先! ふっふっふ、後で覚えてるんだよぅ、おししょー様?

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