冒険者に服務規定はありません
「そこをどうにか! お願いします!」
ついさっきまでわいわいがやがやと騒がしかったはずの食堂が、静まり返ってしまっている。その中心にいるメガネをした若い女の人が必死の形相で声を上げていた。
その前に立っているのは、ボクと同じくらいの年齢っぽい女の子。
なんて言うか、お淑やかな感じ。ちょっと青みがかってる感じの黒髪はとっても艶があって、長いその髪を一本に纏めて肩から前に流してるその感じは、なんかお嬢様みたいな風合いが漂っている。
そして何より、着てる服。ドレス。うん、ドレスだよね。
正直、田舎なアゾート村じゃ滅多に見る事なんてなかったし、この村の雰囲気にも似合ってないと思う。大人の女の人の中には安っぽいドレスを着る人もいるけど、あの子が来てるのはとっても煌びやかな感じの、いかにもドレス! って感じ。
顔立ちも整っていて、とっても美人。でも、その子はその綺麗な顔を少しだけ歪めて、メガネの女の人と向き合っていた。
「何度でも言います。無理です。依頼をする際は、きちんと協会の方を通して頂かないと困りますわ」
あ、このキンキン声。厨房で聞いたあの声だ。
それからも二人は何事かを言い合っている。でも、どうにも事情が分からない。
「アスミア」
と、おししょー様が後ろから声を掛けて来た。……後ろに立つ時に決まって気配を消すの、ちょっと直して欲しいかも。
「えと、おししょー様。何があったのぅ?」
「ドレスを着ている彼女は
あ、そっか。依頼とか協会とか言ってたっけ。でも……、
「……あの子、冒険者なのぅ?」
全くそうは見えない。お淑やかなのはともかく、ドレス姿の冒険者なんているのかな。
「私もドレスを着て冒険者稼業を営んでいる者を見たのは、これが初めてだな」
良かった、ボクの感覚がおかしいわけじゃなかったみたい。だが、とおししょー様が続ける。
「話を聞いた感じでは、あの少女はCランクらしい。つまり言霊が使えるんだ。であれば、必ずしも近接戦闘に適した動きやすい服装を選ぶ必要もないだろう」
「なるほど……なるほど? でもやっぱドレスはおかしいんじゃないかなぁ」
おししょー様は何も言わず、苦笑いだけ返した。
「おい、そんくらいにしとけって」
と、ラングさんがメガネの女の人に声を掛ける。
「でも、ラングさん……私、私はっ……!」
「分かってる。分かってるけど、当たり散らしたってしょうがねぇ。そうだろ?」
「…………」
女の人はラングさんにも食って掛かろうとしたけど、ぐっと堪えて俯いた。
「疲れてるんだよ、あんたは。ほら、折角調達してきた食材だ。熱いうちに食ってくれよ」
「……はい。ありがとうございます。家で、頂きます」
女の人は意気消沈した様子でそう言ってからドレスの子に頭を下げ、料理の乗ったトレイを手に食堂を出ていった。
むぅ、どういう事情があるのかは知らないけど、すっごい重々しい空気だよぅ……ボク、こういうのちょっと苦手。
「悪かったな、冒険者の嬢ちゃん。村のヤツが迷惑かけてよ」
ラングさんは食堂を出ていく女性を寂しげな眼で見送った後、ドレスの子に声を掛けた。
「いえ……気にしてませんわ。ですが、彼女はどうしてあんなに必死に……? そこまでの依頼であれば、正式に協会を通した方が彼女も安心でしょうに」
「あいつが依頼しようとしてたのは、多分村が抱えてる問題そのものでなぁ。こっちにも色々事情があるんだわ」
「問題? 失礼ですが、伺ってもよろしくて?」
「魔物さ。村の近くを
ラングさんの言葉に、周囲の村人達はみんな沈痛な面持ちになり、その中には泣き出してしまう人すらいた。
「……なるほどな」
と、そのおししょー様が頷く。ボクは首を傾げて小声で尋ねた。
「どういう事? おししょー様」
「ラングさん達を助けた時に狩った魔物を覚えているな? アレは
「あ、そっかぁ……それじゃ、村に行商人さんが来なくなったのって」
「そのゲイルハウンドとドッグハウンドに殺されたか、危険を察知して近づかないようにしているか。どちらにせよ、無関係ではないだろうな」
「むぅ」
オークの時と同じで、この村は今魔物の脅威に晒されている。王都から派遣された兵士さんもいるはずだけど、やっぱり強い魔物が相手だと対応が難しいのかな。
「さっきのヤツの旦那を始め、何人かやられちまった。腕っぷしに自信があった村長もやられて、今は俺が代理で村の代表者をやってる。今はまだ向こうが縄張りから大きく動かねぇからどうにかなってるが、近い内に村ごと襲われるかもしれねぇんだ」
「……亡くなられた方には、お悔やみ申し上げますわ。ですが、それなら尚更正規の手順で依頼をなされた方が」
「分かってんだよ、そんな事は! ……でもな、この貧乏な村には金がねぇんだ。ゲイルハウンドの討伐を依頼する金なんかどこにもねぇよ」
怒りのやり場に困った様に、ラングさんは両手でばしんと足を叩く。ドレスの子は何も言わず、少しだけ視線を逸らした。
旅の途中、おししょー様は言ってた。今の冒険者協会を支える依頼のシステムは、王国に巣食う危険を取り除く希望の象徴であると同時に、一刻も早く改善しなければならない問題の一つだ、って。
簡単に言えば、強くて厄介な魔物であればあるほど依頼の相場も上がる、という事。危険な魔物であれば、それを狩る冒険者の命の危険も増す。相応の報酬が無ければ、冒険者と言う職そのものが成り立たなくなるから。
闘う力を持たない人を助ける為にいるはずなのに、力がない故に貧しい生活を送る人々は助けを求める事が出来ない。この矛盾はいつか正さなければ、とおししょー様が真剣な口調で言っていたのを今でも鮮明に覚えてる。
「アスミア。料理作りで疲れているのは分かっているが、私のわがままに付き合ってもらえないだろうか」
だから、おししょー様がこう切り出すのも当たり前の事だよね。
少し申し訳なさそうなおししょー様に、ボクは力いっぱいの笑顔を返した。
「勿論だよぅ。それが冒険者、だもんね。むしろ、おししょー様が何も言わないならボクが言ってたし」
「……ありがとう」
おししょー様はホントに嬉しそうな顔をして、ボクの頭をポンポンと叩く。にしし、これでこそ師匠と弟子、ってものだよね!
「すまない、ラングさん。少しいいだろうか?」
おししょー様がラングさんに近寄る。村の人達の視線も一気に集まった。
「お、おぉ。リューネの兄ちゃんか。あんたにも話してなかったが、つまるところの村の現状はこんな感じなんだ。恐らく俺らを襲ったあの魔物共も」
「あぁ、分かってる。分かった上で、提案させてほしい。ゲイルハウンドを私達に狩らせてもらえないだろうか?」
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