人は彼をこう呼ぶ。イジられキャラ、と

「いやぁ、助かったよ。もう本気でダメかと思った」


 魔物の群れを皆殺しにして、もう周りに危険はないとおししょー様が太鼓判を押してくれた後。

 口ひげを蓄えたおじさんが柔らかい笑みを浮かべて肩を揺らす。全くです、と後ろの二人もため息交じりに言った。おししょー様が頷いて返す。


「怪我もなく、何よりです。荷物は無事ですか?」

「あぁ、問題なさそうだ。中身は食材なんだが、ヤツら、そっちよりも俺達の方が美味そうだと思ったらしいな」


「まったく、こんな中年のおっさんの方が美味そうだなんて、見る目のない魔物ですね」

「確かに」


「いや待てお前達。俺は確かにお前達よりも年上だが、まだおっさんなんて歳じゃないぞ?」

「またまたぁ」

「冗談キツイですよ、ラングさん」


 おじさん――ラングさんの後ろの二人は、ガラガラと荷物の乗った荷車を引きながら笑う。ラングのおじさんの笑顔が引きつり、


「じょ、嬢ちゃん! 俺、そんなに老けて見えるか!?」

「はぅぇ!?」


 なぜか矛先がボクの方に。ちょっと驚いたけど、ボクは気を取り直して笑う。


「ううん、そんな事ないよぅ。ラングのお兄さん!」


 ……さっきまで心の中でおじさんって呼んでた事はひとまず忘れて、っと。


 ボクは気遣いの出来る女の子。こういうさりげない言葉選びが出来ないとダメだ、ってカンナが良く言ってたもん。


「はは、めっちゃ気を遣われてますね、ラングさん」

「お嬢ちゃん、ごめんな? うちのおじさんが困らせちゃって」


 でもお供の二人にあっさり見破られちゃった。うぅ、ボクの気遣いはまだまだ実戦に使えないみたいだよぅ。

 とまぁ、ある意味で平和な会話を繰り広げるボク達は今、ラングのおじ……お兄さん達の住む村へと向かってる。そこはボク達が元々向かってた村だったので、護衛も兼ねて案内してもらってる感じだ。


「……まぁいいさ。道すがらちょいとばかし話でもしようぜ?」


 と、ラングのお兄さん……むぅ、めんどい。ラングさん、でいいや。


 ラングさんは気を取り直したように笑い、おししょー様に向かって頭を下げた。


「改めて、ありがとう。兄さん達は命の恩人だ」

「お気になさらず。困ってる人がいれば助けるのは当然です」

「おぉぅ、心に染みる言葉だぜ……こんなご時世だから余計にな。いや、立派なもんだ」


 ラングさんはいちいち反応が大きめの人みたい。表情がころころ変わるし、身振り手振りがすっごく多いし。

 村にもこういう感じの人、いたなぁ……おじさんばっかだったけど。


「で、少し立ち入った事を訊いてもいいかい?」

「ええ、どうぞ」


「兄さん達、どっちもかなり若そうだが……年の離れた兄妹って思っていいのかい?」

「え、えぇ……?」


 ボクは思わず、戸惑いの声を漏らしてしまった。ボク達、何も知らない人から見たらそんな風に見えるのぅ……?

 何と言うか、嬉しくもあり、悲しくもある。けど、ここはおししょー様の弟子としてガツンと言ってやらなくちゃ!


「違うよぅ。ボク達、同い年だもん」

「同い年ぃ!? 嘘つけ、絶対に嬢ちゃんが年下だろ!」

「ホントだもん。あと、ボクはおししょー様の弟子だから!」


「弟子? 嬢ちゃんが? 何のだい?」

「一応、冒険者のという事になりますね。今のところ、正式な資格を持っているのは私だけですが」


 おししょー様が懐からちらっと何かを覗かせる。良く見えなかったけど、アレが冒険者証クリーヴァーライセンス、ってヤツなのかなぁ?


「なるほどねぇ。まぁ確かに、そうじゃなきゃ魔物をあんな風に蹴散らしたり出来ないよなぁ。納得納得」

「最初、何が起きたのか分かんなかったですよ。僕達よりも明らかに小柄な女の子が、草刈鎌で魔物を血祭りにあげてくんですから」

「一瞬、別の魔物が来て縄張り争いでもしてんのかとすら思ったっすよ」


 ……ボクは今、わりとひどい事を言われてる気がする。

 そりゃあボクは馬鹿力だし? カンナにも頭おかしいって言われたけど? 魔物と見間違われるのは流石に心外だよぅ。


「しかし、冒険者、ねぇ」


 と、ラングさんが何やら神妙な顔に。何と言うか、真面目な顔がすっごく似合わないや。


「……何か?」

「いや、何でもない。すまねぇな」


 ラングさんは元の陽気な感じに戻った。おししょー様はそんなラングさんを少し見た後、


「では、今度はこちらから訊いてもよろしいですか?」


 そう切り出す。ラングさんはにかっと歯を見せて笑った。


「おうよ、何でも訊いてくれや」

「お三方は村の人間との事ですが、失礼ですが闘いの経験があるようには全く見えません。それなのに何故、このような場所に?」

「あぁ、それなぁ……」


 ラングさんがポリポリと頭を掻く。と、お供の人達が二の句を継いだ。


「僕達、村の食堂で働いてるんです。僕達二人が助手で、ラングさんが料理人で」

「まぁ、そうなんだわ。それなのに、助手が料理人を小馬鹿にするのが当たり前みたいになってるんだぜ? これっておかしいと思わねぇかい?」

「やだなぁ、こんなに尊敬してるじゃないですか」


 ……最後の言葉だけすっっっっごく棒読みに聞こえたけど、気遣いの出来るボクは何も言わないのだ。


「……まぁいいさ。で、本来なら村で出来た作物と行商人から買った食材で飯を作って村の連中に振舞ってんだが、ここ最近行商人から仕入れる機会が少なくなっちまってな」

「あ、それすっごく分かるよぅ。ボクの住んでたアゾート村に来る行商人さんも減って来ちゃってて、村長さんが困ってたもん」


「おぉ、嬢ちゃんはアゾート村の出かい? アゾート村印のイモは美味くてなぁ、いつも助かってるぜ!」

「それ多分ボクとばっちゃで作ったおイモだと思うよぅ。村の外に出すイモは大抵ウチのイモだから」


「マジか! いや、嬉しいな。料理人としちゃ生産者さんに面と向かって礼を言う機会がほとんどないのが心苦しくて」

「ラングさん、めっちゃ話脱線してるっすよ。そういう話は村に着いてからゆっくりやればいいじゃないっすか」


 助手の二人に諭され、ラングさんはまた頭を掻く。うん、これって小馬鹿にされてるって言うより、むしろすっごく好かれてるんじゃないかなぁ。


「んじゃま、話を戻して。で、村の連中は農作業で忙しいし、護衛を雇う金なんかあるわけもない。で、数日食堂を閉めて、こうやって纏まった食材を近くの街まで買い出しに行く事にしたってわけだ」


「なるほど……ですが、危険な行動です。先程のそれが証明しているように」

「この辺りは元々魔物の目撃例が少なくて、何とかなると思ったんだがなぁ……やっぱり、最近魔物が増えてるのは確かみてぇだな」


 溜息をつく三人。むぅ、やっぱり色んなとこで魔物の影響が出てるみたい。


 考え込むおししょー様。おししょー様の事だから、また何か小難しい事をあーだこーだと考えてるんだろう。

 いつか、それをボクにも相談してくれるようになってくれたら嬉しいなぁ。と、ラングさんがボク達を順に見やった。


「って事で、村の連中が腹空かして待ってるんだわ。悪いがちょっとペースを上げてもいいかい?」

「構いません。早く村に着いた方が、それだけ降りかかる危険も減りますし」


「はぁ、疲れるのはイヤっすけど……ま、仕方ないっすね。僕達も頑張って引くとしますよ、荷車」

「あ、じゃあボクがその荷車引くよぅ! トレーニングにもなるし、それでいいよね? おししょー様」

「ああ。それが一番効率的だろう」


 助手の二人の代わりに荷車の前に立ち、試しにちょっと引いてみる。うん、結構重いけど、ばっちゃの指示で定期的にやってる地獄の買い出しに比べれば全然楽!


「うぅ、女の子一人に負ける僕達って……」

「そうしょげるなお前達。嬢ちゃんの方がおかしいだけだからよ!」


 ……二人へのフォローなんだろうけど、それと同時にボクの心にグサグサと突き刺さる言葉。ふんだ、もう絶対にお兄さんなんて呼んであげないもん。


 改めて準備の終わったボク達ははるか遠く、米粒みたいな大きさに見える村っぽい場所へと、ちょっと駆け足程度のスピードで向かうのだった。

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