イモ娘と冷徹女
野宿ってなんかワクワクしない?
パチパチパチ。弾けるような音に、ボクはゆっくりと目を開ける。
「ん……んぅ?」
真っ赤に輝く何かがそこにある。でもぼやけて良く見えない。
ごしごしと目をこするうちに、景色が少しずつくっきりしていく。
赤く輝くモノは、焚火。ごうと燃え盛りながら、火花を散らして辺りに熱を振りまいている。うん、あったかいや。
焚火を取り囲んでいるのは、森。真っ暗でまったく奥を見通せないけど、さわさわと風に揺れる木の葉がこれでもかと自己主張している。
そこまで頭が認識した時、ようやくボクはここがどこなのかを思い出した。
「起こしてしまったか?」
と、焚火の傍で座っているおししょー様がこっちを見た。コートを羽織ったその横顔は、焚火の光に照らされてとっても神秘的な感じに見える。
ていうか、おししょー様ってホントにかっこいい人だなぁ。それとも、アゾート村が田舎過ぎて、のべ~って感じの男の子しかいなかっただけ? 都会に行ったらおししょー様みたいな男の人がごろごろいる……うん、それはそれでなんかイヤかも。
「どうした、アスミア。もしやどこか体の調子が悪いのか?」
と、おししょー様が覗き込むように二の句を継ぐ。ボクは慌てて口を開いた。
「う、うぅん、そんな事ないよぅ! 野宿してるって事を忘れかけてて、頭がこんがらがっちゃってただけで」
見とれてました、なんて言えないもん。まぁおししょー様の事だから、言ったところで軽くスルーされちゃうかもだけど。
口が軽いとよく言われるボクだって、言葉に気を遣う事はあるのだ。何度も言うけど、ボクは花も恥じらう女の子なんだから!
「そうか。まぁ最初の内は仕方がない、じきに慣れるだろう」
焚火に枯れ木を放り込みながら、おししょー様は笑った。
村を出て冒険の旅に出てから五日が経った。それは短いようで長く、でもやっぱりとっても短くて。
小さな村に立ち寄って家に泊めてもらったり、そのお礼に農作業のお手伝いをしたり獣狩りをしたり。
移動の間はおししょー様から色んな話を聞いて魔物退治のコツを勉強したり、空いた時間で闘う訓練をして貰ったり。
んで、泊めてもらえるようなとこが無かったら今日みたいに野宿したり。
毎日がとっても新鮮で、とぉっても楽しくて。こんな日々がずっと続けばいいのに、って思っちゃうくらい。
と、おししょー様が口元に手を当てた。隠そうとしてたんだろうけど、ボクには分かるよぅ。今絶対に、欠伸を噛み殺してた。
「おししょー様、眠いのぅ? 火の番、変わった方がいい?」
「はは、大丈夫だ。これでも野宿には慣れてるし、火の番とは言っても実は適度に眠ってはいるんだ。寝ている間も神経は研ぎ澄ましているだけでな」
「でも、やっぱり眠い事は眠いんじゃ……」
「問題ないさ。君はまだ野宿に慣れていないんだから、気にするな。いずれ、アスミアにも火の番をやってもらう時は来る」
「……むぅ」
おししょー様はそう言うけど、やっぱり納得は行かない。そりゃあ弟子のボクにとっておししょー様はおししょー様に違いないんだけど、同い年だって言うならあんまり甘えてばかりもいられないもん。
「さぁ、横になって休め。もう少しで夜が明けるだろうが、休めるうちに体を休ませておかなければな」
「ヤダ。ボクだっておししょー様の役に立ちたい。それにちょっと目が冴えてきちゃったし、おししょー様こそ休んでよぅ」
前半はホントで、後半はウソ。まだめっちゃ眠い。
でも、欠伸はしない。眠たいって事をおししょー様に悟られるわけにはいかない。急いで噛み殺す……うぅん、皆殺しにしてやる欠伸なんて!
おししょー様はそんなボクを見て頬を掻く。
「そ、そうか。だが、しかし……危険な魔物が出てこないとも限らないし、君に火の番を任せるのはまだ少し早いと思うんだ」
「でもでも……あ、そうだ! それならボク、夜明けまでおししょー様にお話して欲しい!」
そうすればこの眠さも誤魔化せるし、あっという間に時間が過ぎちゃうから朝まで暇になる事も無い。うん、名案!
おししょー様は思案気に顎に手をやる。
「話、か。だが……私が話せることと言えば魔物についての知識だとかになってしまう。つまらなくはないか?」
「にしし。ううん、大好きだよぅ!」
おししょー様はよく、自分は話下手だから、って言う。魔物退治に明け暮れてきたから、人と会話をするのが少し苦手だって。
確かに話下手に思える事はたくさんあるけど、おししょー様の話が大好きだって事はホントのホント。だっておししょー様、魔物について話してくれる時は、おししょー様が実際に冒険して倒した時の事を話してくれるから、とっても面白いもん。
ずいと顔を寄せるボクに、おししょー様は少し戸惑った顔をしながらも相好を崩す。
「ならば、そうだな……冬の雪山で魔物と遭遇した時の話はまだしてないはずだな。あれは3年程前だったか――――」
話し出すおししょー様、耳を傾けるボク。
気が付けば、眠気はどっかに吹っ飛んでいた。
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