草刈鎌殺人(未遂)事件……それが旅の始まりでした

「はぁぁぁああああああ!?」


 朝日を受けて鈍くぎらつきながら、猛スピードで飛来するそれ。ボクは半分パニックになりながらも身構える。


 避け……れない! 後ろにはおししょー様がいるもん!


「ふおおおぉぉぉ!?」


 未だかつてない緊張の中、ボクは奇声を上げながらそれに立ち向かった。くるくると回転する鎌の動きを見極め、柄の部分を死ぬ気でキャッチ!


(と、取れた……)


 正直、昨日ハイオークとやり合った時よりも死ぬかと思った。まさか見慣れた草刈鎌に殺されかけるとは……びっくりだよぅ。


「み、ミア?」

「今のは、一体……」


 カンナとおししょー様がボクからちょっと距離を置いて唖然としている。まぁ当然だよね、うん。

 けど、ごめんなさい。説明は後。ボクはまず……あんのババアに抗議するから!


「こぉらばっちゃ! なぁにやってるんだよぅ!」

「決まってんだろ! ウチのポンコツに新しいヘルサイスをくれてやったんだよ、感謝しな!」


 ……確かに、このピカピカで真新しい草刈鎌は、今ボクの使ってるヘルサイスよりもすっごく丈夫そうだ。少し観察するだけでそこらのなまくらとは違うと分かる。


「やれやれ、ジルバ。あまり問題事を起こさないで欲しいですね」


 と、村長さんがばっちゃの横に立つ。長い付き合いだからか、全く気後れしている様子がない。


「問題? 何の事だかねぇ」

「鍛冶屋のバルトの奥さんが昨晩、私のところに来ましてね。ジルバに鎌を作れと仕事を依頼されたが、朝になるまでに仕上げろの一点張りで出来るまで帰らないと鍛冶場に居座られた、と。その間、バルトは働きづめだったんでしょう?」


「ちょっと徹夜をしたぐらいで何だい、若いモンが情けない」

「バルトも結構な歳ですよ。ジルバよりは若いと言うだけで」


 呆れ顔の村長さん、素知らぬ顔のばっちゃ。ボクはもう一度手元の鎌を見る。


 確かに、草刈鎌だ。でも、ボクが使ってきたヤツとはちょっとだけ形が違う。草を刈る事に特化しているはずの鎌にしては、やけに刃の部分が大きくて分厚い。重さも前のよりもだいぶ重たい。

 草なんかよりも大きくて硬い何かを斬る。ただその為にあつらえたかのよう。


 これを、ばっちゃが鍛冶屋さんに作ってもらった? それも、昨日から?


(……あぁ、そっか。そういう事だね)

 

 二代目ヘルサイスを腰のベルトに吊るす。ちょっと重くて大きいので少しバランスを崩したけど、うん、まぁ慣れればどうにでもなりそう。

 ボクはちょっとボロい初代ヘルサイスを手に握り、ばっちゃの前に立った。


「ばっちゃ、ボク今日から旅に出るから。おししょー様と一緒に」

「そうかい。ま、せいぜい金を稼いでから帰ってくるんだね。あたしに楽をさせな」


「そっちこそ農作業、ちゃんとやってよね。あと、こっちの鎌はばっちゃに返すから、草刈りサボっちゃダメだよぅ?」

「だぁれに向かって口利いてんだか」


 ボクは初代ヘルサイスを差し出し、ばっちゃはぶっきらぼうにそれを受け取る。

うん、これでよし。踵を返すと、カンナが歩み寄って来る。


「……それだけ?」

「うん、これだけでいいよ」


 だって、ばっちゃは分かってくれてるもん。なら、ボクもあれこれと無駄な詮索はしない。ばっちゃ、そういうのすっごく嫌うから。

 と、ばっちゃがおししょー様に杖の先を向けた。


「あんたが師匠ってヤツかい?」

「は……い、そうです。リューネ・ハイデンブルグと申し」

「やめな、堅苦しいのは嫌いなんだ」


 珍しく戸惑っている様子のおししょー様。ばっちゃは少しだけ口角を上げた。


「言う事は一つ。貸したモノはちゃんと返しな、いいね」

「……承知しました。騎士として、そして何より彼女の師として」


 深く腰を折るおししょー様にそれ以上何も言わず、ばっちゃは村長さんを見やりながら大きく欠伸をした。


「ふ……ぁあ。なぁ村長、あたしゃ今めちゃくちゃ眠いんだ。ぐっすり眠れるようなとびっきりの酒を出しな」

「いやいや、おかしいでしょうジルバ。眠いなら酒なんて無くてもすぐに」


「うっさいねぇ、男のくせに。あんたの事だから行商人から買った高い酒を後生大事に抱え込んでんだろ? 酌をしてやるからグダグダ言わずに出しな!」

「まったく、もう朝だと言うのに……まぁ、夜に一人でちびちび飲むよりは美味い酒になるでしょうかね」


 肩をそびやかして家に戻る村長さん。その足を急かしながらばっちゃも歩いていく中、ボクは声を張り上げた。


「ばっちゃ! あんまり飲みすぎるんじゃないよぅ!」

「うっさいねぇ。穀潰しのポンコツの分際で!」


 あー、やっぱり穀潰しのポンコツって言われた! 酒飲みのポンコツのくせに!

 少しだけ、目の奥から何かがこみあげてくる。それを必死に我慢しながら、 おししょー様を見やる。


 おししょー様も、ボクを見ていた。そして静かに頷く。

 ボクもゆっくりと頷き返し、ばっちゃの背中に力いっぱい手を振った。


「それじゃ、行ってくるよぅ!」

「ああ、とっとと行ってきな!」


 振り返らず、右手を挙げてひらひらするばっちゃ。まったく、こういう時ぐらいちゃんとしたお見送りが出来ないのか、ポンコツばっちゃめ!

 ボクはばっちゃに背中を向け、村の入口に向かって走り出す。


 しばらく目にする事が出来なくなる景色。目に焼き付けようかと思ったけど、そんな事しなくたっていつの日か、ボクはここに帰ってくるんだ。だから必要ないよね。


「にしし! さぁ、冒険の始まりだよぅ!」 


 ボクはさらに加速する。腰のヘルサイスが、ボクの旅立ちを祝福するようにガチャリと鳴った。

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