全部ばっちゃが悪いんです

「どんなに些細な事でも構いません。村の近辺で妙な事が起きたならば、冒険者クリーヴァー協会までご一報ください」

「はぁ、お心遣いは有難いですが……冒険者様、さすがに今回のような事がそう頻繁に起きるとは思えません」


「無論、何事も無ければそれが一番です。が、何かが起こってからでは遅いのです。ゆめゆめお忘れなきよう」

「……そう、ですな。今回の事も一歩間違えれば大惨事になりかねませんでした。村を預かる身として、気を引き締める事に致します」


 おししょー様と村長さんが、村長さんの家の前で小難しい顔で話をしている。顔だけならいいんだけど、言葉もいちいち小難しくて頭が痛くなってくる。

 ボクはそんな二人を遠くからボンヤリと見ていた。鋭く差し込む朝日が目に染みて痛い。手でごしごししてみたけどあんまり効果はなかった。


「ミア」


 と、後ろから声。


「あ、カンナ。おはよー」

「おは。リューネさん待ち?」


「うん、まぁそんなとこ。さっきからずっとあんな感じ」

「そっか。まぁ村の長と客人だし、仕方ないでしょ」


 カンナはぱっと見いつも通りだったけど、欠伸を噛み殺してる事から見てもかなり眠たそうだ。見送りの為に早起きしてくれたのかな。

 その横顔を見ていると、カンナもまたボクを見た。


「で、ジルバさんから許可は出た? ……って、出たからここにいるんだよね」

「……それがさぁ」


 言葉を濁すボクに、カンナの目がメガネ越しにきらりと光る。


「まさか、許可を貰わずに来ちゃったの?」

「て言うか、あの後は会ってもいないと言うか……?」


 書置き通りに晩ご飯を食べた後、いつもより遅くまで起きてみた。けど、結局ばっちゃが帰ってくる気配がなかったので先に寝た。そして朝目覚めても、ばっちゃは帰ってきてなかった。

 さすがに少し心配になって、周りの家の人にばっちゃを知ってるか聞いてみたけど、ばっちゃはあの性格もあって人付き合いがすっごく苦手だ。だから、ばっちゃの事を気にかけてる人がそもそもいなくて、全然行方が分からなかった。


 それなら、と昔からのばっちゃの飲み友達だっていう村長さんに訊いてみよう、と村長さんの家に来てみたら、おししょー様に先を越されていたわけ。

 おししょー様とは村の入口で待ち合わせしてたんだけど、その前に村長さんに挨拶するつもりだったみたい。結果、ボクはばっちゃの許可を貰うどころか、ばっちゃの居場所も分からぬままにおししょー様と鉢合わせてしまったのだ。


「カンナは知らない? ばっちゃがどこにいるか」

「知ってたら昨日会った時に言ってるよ」

「だよねぇ……」


 むぅぅ、ばっちゃめ。肝心な時にいないなんて、ボクへの嫌がらせだよぅ。


「では私はこれで」

「どうぞお気をつけて。それと……アスミアの事、何卒よろしくお願いします」

「お任せください」


 あ、ヤバ。話が終わっちゃった。

 村長さんに深くお辞儀をした後、おししょー様がボクに歩み寄る。


「待たせたな、アスミア。それに、カンナさんもか。見送りに来てくれたのか」

「はい、お世話になりましたから。リューネさんの教えを胸に、私もこの言霊を役に立てる方法を探してみますね」


「そうか。短い間だったが、君はきっと良い言霊使いになれる。精進するといい」

「ええ、ありがとうございます」


 むぅ、カンナってば……おししょー様? カンナも最初の時のボクと同じでネコ被ってるからね? ホントはこんなにお淑やかな子じゃないからね?

 何となく憤るボク。と、おししょー様が今度こそボクと向き合った。


「さて、アスミア。私は村の入口で待っていてくれと言ったはずだが、どうしてここに?」

「あーー……えっと、ですね……」


 正確にはボクが会いに来たのは村長さんであって、その後にばっちゃに会ってから許可を貰い、おししょー様と会うつもりだったのです、はい。

 その村長さんはすぐそこにいるけど、この状況で村長さんに『ばっちゃの居場所知ってる?』と聞けるわけない。ばっちゃの許可を貰えていない、って白状してるようなもんじゃんか。


 頬を掻いて顔を逸らす事しかできないボクを、さすがにおししょー様が訝しみ始める。


「……まさか、アスミア。私の出した条件を満たしてもいないのに、旅に出ようとしているのではないだろうな?」


 ぎくり。そうですよね、バレちゃいますよね。ボク、昔から顔に出やすいってさんざんカンナに言われてるし。

 仕方ない。ここは正直に話して、もう少しばっちゃを探す時間をくださいってお願いして…………、……ん?


「――――――ぁぁぁぁぁあああああアスミアああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 この声、間違いない! ばっちゃだ!

 やぁっと会えた、っていう喜びと、朝っぱらから何叫んでるんだろ、という疑問を胸に、ボクはそちらを見やる。


 はるか遠くに見えるばっちゃは、杖で地面を叩きながらこちらに向かってきている。と、杖を持っていない方の手で抱えていた包みを、ボクに向かってぶん投げて来た!

 包みはあっという間に空中分解して、中身が露わになる。


 あれは…………草刈鎌ぁ!?

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