顔も服装もおんなじで、オークさんの見分けがつきません

 奥へと進むにつれ道が悪くなり、木々の緑が濃くなって陽の光を遮る。それまでの景色と似ているけど、確実に何かが違った。

 山には何度も入ったことがあったけど、こんな奥まで入ったのはボクも初めてだ。危ないからあまり深入りするな、と村長さんが村の人みんなに言ってたし、そもそもそんな奥まで入らなくたって獣は狩れたし。


「止まるんだ、アスミア」


 と、リューネさんが小声で言う。ボクは遅れて足を止め、リューネさんが身を隠した茂みに逃げ込む。

 無言で指さした先。そこには、


「……オーク」


 がいた。醜悪な獣の顔にバカでかい身体、粗末な防具と武器。数は六匹。


「ど、どうするのぉ……?」

「拠点を攻めている時に背後から挟撃されても厄介だ。先手必勝、この場で確実に狩る」

「わ、分かったんだよぅ」


 ここからだ。ここから、オーク狩りが始まるんだ。よぉし、やってやる!

 ボクはヘルサイスを強く握りしめ、リューネさんの指示を待った。


「私はまだ、君がオークを狩る光景を直に見た事はない。だから、君が先行してヤツらを叩くんだ」

「ボク、だけで……?」


「もちろん、私も君の後ろに付く。何かあれば助け舟を出すが、まずは君の闘い方を知りたいんだ。でないと適切な指示が出せない。やれるか?」

「も、勿論!」


 正直、ちょっと不安。でも、オーク相手にビビってる場合じゃないんだからぁ!

 オークはこちらに全く気付いていない。何やら喋ってるけど、内容は聞こえなかった。


 リューネさんが頷き、ボクも頷き返す。


「行くぞぉ!」


 茂みから飛び出し、力いっぱいに地面を蹴って突進! 目指すは一番手前にいる、こっちに背中を向けたオーク!

 他のオーク達がボクに気付いて騒ぎ始めたけど、標的そいつだけは動きがもたついてる。このまま、やっちゃえ!


「せやぁぁあ!」


 ボクは前にオークを倒した時と同じように、オークの首を狙った。ようやく振り向こうとしたその喉元をヘルサイスで掻っ捌く!


「ガ……ァ」


 それは断末魔だったのか、オークの声はしぼむように消えていく。そして倒れていく巨体。起き上がる気配のないそれを見て、ボクは安堵の息を吐きだす。


「動きを止めるな! 戦場で思考を止めると死ぬぞ!」


 はっとした。他のオーク達が我先にと得物を構えてボクに襲い掛かってきている。その事を、一瞬とは言え、忘れ去ってしまっていた。

 大丈夫、後ろにはリューネさんがいる。ボクは目の前のヤツらを順番に狩るだけ!


 ざっと周りを見渡し、どいつから潰していくかを瞬時に判断。その判断が正しいかどうかを確かめる時間すら惜しい。ボクは自分の判断を信じて更に足を動かす。

 振り下ろされた棍棒を辛くも避け、隙をついて一匹ずつ、確実に倒していく。確かにこいつら体が大きいから威圧感がすごいけど、動きはトロいし単純だ。少しずつ慣れていっているのが自分でも分かる。


 そして最後の一匹は、相手の特徴的な仕草を察知して得物を振り上げる前に懐まで潜り込み、一閃! 問題なく倒す事が出来た。


「はふぅぅ……うん、皆殺しだよぅ!」


 もう周りに敵はいない。それを確認し、ボクは改めて緊張を解いた。振り返り、リューネさんに笑いかける。


「終わったよぅ! ボクの動き、どうでしたか!?」

「…………」


 ……あれ? リューネさん、ボクを見つめたまま何にも言わないんだけど。どうしちゃたんだろう?


「リューネさん? 大丈夫?」

「あ、あぁ、大丈夫だ。少し、驚いたよ」


 ようやくリューネさんが声を出した。でも、驚いてるって何がだろ?


「いや、すまない。君の動きが予想以上だったものでな。君は魔力を鎌に纏わせているのだろうと言ったが、それは正確ではなかったようだ」

「? どういう事?」


「簡単に言えば、君は鎌だけじゃなく全身に魔力を纏わせている。それにより身体能力を強化し、思考能力を加速させて敵の隙を作り出し、切り裂く瞬間にだけ体の魔力を鎌に集中させて高い殺傷力を実現させているのだろう」


 全身に? 切り裂く瞬間だけ集中? 自分ではイマイチぴんと来ないけど、リューネさんがそう言うのならそうなのだろう。素直に嬉しい。


 にしし、無意識とは言えボクの魔力はすっごく役に立って……ん? って事は、もしかしてボクの怪力も魔力のせい? 身体能力の強化って事は、そういう事だよね?


(くうぅ、この魔力めぇ。そのせいでボクは怪力娘って言われ続けて)


 ぶぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおお!!

 突如、山の中にけたたましく鳴り響いた音。驚いたボクがキョロキョロ辺りを見回す中、


「ちっ、マズいな。斥候を倒した事に気付かれたようだ」


 リューネさんが山の上を見やって舌打ちする。そして剣を抜き放ちつつ歩き出す。


「行くぞアスミア。気付かれたのは誤算だが、今の法螺貝の音でオークの拠点の位置も知れた。ここからは真正面から叩き潰すだけだ」

「う、うん!」


 ちょっと疲れてるけど、そんな事言ってる場合じゃない。山の上からずしんずしんと、オークが一匹二匹……どころじゃないや。十匹以上の群れが一斉に下ってきているのが見えたから。


 大丈夫、さっきと同じようにやるだけ! ボクは自分を鼓舞しつつリューネさんの前に立つ。


「時間を稼がれてはオークの逃亡を許しかねない。向かってくるオークを狩りつつも、歩みだけはけして止めるな。君の狩り損ねは私が全て狩る」

「はい!」


 さぁて、気合を入れ直せボク! もっと良いところを見せて、確実にリューネさんの弟子にしてもらうんだから!

 汗ばんだ手でヘルサイスを握り締め、ボクは走り出す。後ろから追いかけてくる足音が、とっても心強かった。

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