How to 皆殺し the オーク

 晩ごはんを食べて、ばっちゃと下らない事で喧嘩して、いつもよりもちょっと早く寝て。


 いつもよりもちょっと早く起きて、ばっちゃを起こさないように朝ごはんを作って食べて、ばっちゃの朝ごはんも温め直すだけですぐに食べられるようにして。


 ボクの持ってる中で一番丈夫なシャツと厚手の上着、左右で丈の違うお気に入りのパンツを着て。


 愛用の草刈鎌『ヘルサイス』を二振り腰に吊るし、お昼ご飯のおにぎりを上着の内側にねじ込んで。


 腹八分目で元気いっぱい! 服装も武器も準備万端! ついでに自慢の髪も良い感じにゆるふわ!


 ボクは一つ頷き、ばっちゃを起こさないようにそろりと靴を履く。 


「……それじゃ、ちょっとオークを皆殺しにしてくるね? ばっちゃ」


 こっちに背を向けて寝ているばっちゃに小声で宣言し、ボクは外へ飛び出す。


 オーク狩りとか今日の農作業をサボるとか、ばっちゃには一言も言ってない。弟子になれるかどうかが懸かってるから、他の事に気を取られたくなくて。


 ごめんね、と心の中で呟いたボクはようやく白み始めた空の下、リューネさんの小屋へと全力で駆け出す。




「では、オークに関して分かっている事を話そう」


 リューネさんと合流して山に入ったボクは、オークについて尋ねてみた。ボクは魔物狩りはドの付く素人なんだから、まずは色々知っとかないと!


「大前提として、オークは魔物の中でも下位の存在だ。言わば尖兵。使い捨ての駒に近い」

「駒……あんなにおっきな体なのに」

「逆に言えば大きいだけだからな。魔物と事を構えようと思うなら、あの程度にてこずっているようでは話にならない」


 ざしゅっ、ざしゅっと柔らかい土の地面を力強く踏みしめるリューネさん。その横顔には溢れんばかりの自信がみなぎっていて。ボクもちょっとだけ勇気を貰った。


「そっかぁ……じゃあボクも頑張ってオークを皆殺しにしなきゃダメだね! よぉし、やってやるんだよぅ!」

「……皆殺しというのは間違ってはいないのだが、どうにも物騒な物言いだな」


「? そう、かなぁ。ばっちゃの口癖だから自然にうつっちゃっただけなんだけど」

「口癖、か。そうか……」


 別に構わないのだが、と付け足すリューネさん。なんだろう、微妙に憐れまれているような気がするんだけど。


 確かに、今となってはばっちゃよりもボクの方が良く使ってる言葉な気はする。村のみんなが使ってるのを聞いた事も一度も無いし、もしかして普通はあんまり使わない言葉なのかな?


 まぁいいや。もし変だったとしても、元凶はばっちゃなんだから悪いのもばっちゃ! そういう事にしとこう。


「さて、オークの習性についてだが、ヤツらの知性はかなり低い。その恵まれた巨躯を活かしての肉弾戦を得意としているが、それだけだ。相手の動きをよく見て攻撃を回避し、その隙をついて反撃すればいずれ倒れる」

「うん。ボクもあの時、そんな感じでやったよぅ」

「ならば、あとは集団を形成したオークにどう対応するかだが、一匹ずつ迅速に狩るのが基本だ。まぁ、群れの長であるハイオークを倒すのも近道ではあるが……」


 そしてリューネさんがボクの腰に吊るされた鎌を見やる。


「君の武器はその草刈鎌……でいいのか? 確か初めて会った時もそれを握っていたが」

「うん、そうだよ! これでオークも倒したの! 名前は『ヘルサイス』!」

「武器に名前を付けるのは愛着を持つ為にも悪くはないが、ヘルサイス……いや、深くは考えない方が良いな」


 どこか達観したように。首を傾げるボクに、リューネさんはどこか誤魔化すように二の句を継ぐ。


「君を観察して思った事だが、君はかなり強い魔力を秘めているな?」

「え? あ、うん。そうみたい」


「オークを倒せたのも納得だな。察するにまだ魔力を操る事までは出来ていないようだが、君の得物であるその鎌に無意識に魔力を纏わせて闘っていたのだろう。でなければ、普通の武器……いや、農具で魔物に太刀打ちなどできない」


 そう、なのかな? 操るとか以前に、そもそも自覚すら出来てないんだけど。魔力がある、っていうのもばっちゃに言われてただけだし。

 何となく手を握ったり開いたりしてみたけど、やっぱり実感が湧かないや。と、ボクはふと気づいた。


「リューネさん、ボクの事を観察してくれてたの?」

「それはまぁ、な。女性をまじまじと見る事が失礼だとは分かっているが、あれだけ張り付かれたらイヤでも目に入るぞ……」


 そう言うリューネさんは、どこか申し訳なさそうに顔を赤くしていた。ボクは慌てて首を振る。


「ぼ、ボクは全然気にしないよぅ! むしろもっともぉっとボクを観察して欲しいもん!」

「その発言は女性としてどうかと思うぞ、アスミア」


 呆れたように息を吐いたリューネさんは、少し足を速めて先を行く。

 むぅ、フォローしたつもりなのにぃ。ちょっと納得いかないけど、置いていかれるわけにもいかない。小走りで後を追った。

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