猫かぶってたつもりなのに、元々猫だったんだってさ
「言っておくが、まだ君を弟子にすると決めたわけじゃない。明日のオーク狩りの結果次第だ。そこで見込みがないと判断すれば置いていく。いいな?」
村長さんの家の外。田んぼの脇を歩くリューネさんに追いついた途端に、そんな事を言われた。
弟子として認められたわけじゃなかったのかぁ……でもでも、これまでの事を思えばすっごい進歩だよね!
「ありがとうございます! リューネさんの役に立てるよう、ボクも精いっぱい頑張りますね!」
「良い意気込みだ……それはいいんだが、一ついいだろうか?」
「? はい」
「ずっと気になっていたのだが、そろそろその敬語を止めてくれないか」
「へ?」
ひゅう! と突風が吹く。予想外の提案にボクは呆気に取られてしまった。
リューネさんは風で乱れた綺麗な銀髪を直しながら続ける。
「ここ最近、日が暮れてから君の友人のカンナさんが私のところに来る。言霊に目覚めたから色々教えて欲しい、と。だから私の知る範囲でコツを教えていてな」
あぁ、確かにそんな事言ってたっけ、カンナ。
「その中でいくらか世間話もするのだが……君はカンナさんと同じ18歳だそうだな。私も18、同い年だ」
「同い年!?」
普段の振る舞いから、絶対に年上の大人だと思ってたのに……いや、同い年ならそれはそれで親近感が湧いて嬉しいけど。
「歳の違わない相手からそんなに敬うような言葉遣いをされるのは、どうにもむずがゆい。それに何より、君は敬語が全く似合わないぞ? アスミア」
「で、でも」
「短い付き合いではあるが、君は無理に相手に合わせようとせずに自分らしく振舞った方が良いと思う。カンナさんもそう言っていたしな」
「……あぅ、分かったよぅ」
慣れない敬語、めっちゃ頑張ったのにぃ。ボクはちょっとやけくそ気味に言った。
「じゃあ遠慮なくやっちゃうよぅ! あとで戻せって言っても知らないんだからね!」
「ああ、それでいい。……ふふ、その溌溂さ。まるでネコのようだな。ネコを被っている時よりも素の方がネコの様とは、面白いな」
……何となくだけど、バカにされてる気がする。むぅぅ、リューネさんはちょっと意地悪なとこもあるみたい。
「にしし、まぁいいや。それじゃあ明日はよろしくお願いするんだよぅ、おししょ……じゃない、リューネさん!」
危ない危ない。ボクの中ではもう、リューネさんは完全完璧にお師匠様になっちゃってるんだけど、まだ弟子になれてないんだからそう呼ぶわけにもいかないよね。ちゃんとリューネさんって呼ばないと!
リューネさんはちょっと不思議そうな顔をしたけど、すぐに相好を崩した。
「ああ、こちらこそ。……しかし、君は農家で暮らしているのだろう? もしも農作業が忙しいのなら無理にとは」
「全然! 全然そんな事ないから!」
慌てて首を振る。折角のチャンス、そんな理由で棒に振るなんてとんでもないよぅ!
「農作業って言ったってボクのとこの畑はちっちゃいし、ばっちゃがいればどうにでも……あ、えっと、ばっちゃって言うのはボクを拾ってくれた人で」
「あぁ、それもカンナさんから聞いた。聞けばよく口喧嘩をしてるそうだな?」
「そうなんだよぅ! あんの偏屈ババアってば、ちょっと前もボクが干し肉を食べたって言いがかりを……って、今の無し! ババアって言った事がバレたらまた戦争に……!」
「そ、そうか」
たじろぐリューネさん。うぅ、気を付けなくちゃ。ばっちゃの話になるとついつい興奮しちゃうよぅ。
それにしてもカンナ……ボクがリューネさんの弟子になれるように色々と話をしてくれたのかな? にしし、今度お礼言わないと!
「さて、話を戻そう。どんな理由であれ冒険者になるという事は、命を危険に晒すという事だ。さっきも言ったが、最悪、死ぬ」
重々しい声。ボクは自然と笑みを引っ込めていた。
「その覚悟さえできているのであれば、私からとやかく言う事はない。その選択もまた君の人生。君がどのような思いで
「覚悟……は出来てるつもりなんだけどぅ」
「はは、そう不安そうな顔をするな。私の手が届くなら死なせはしないさ、絶対に」
鞘に収まったままの剣をぐっと握り締め、力強く言うリューネさん。うん、やっぱり同い年って感じじゃないや。その言葉の一つ一つの安心感が凄いよぅ。
「うん、ありがとうだよぅ!」
だから、ボクも満面の笑顔で返した。ボクなりに、リューネさんの事を信頼しているって伝える為に。
と、そんなこんなでリューネさんの小屋に辿り着く。小屋の扉に手をやりながらリューネさんは言った。
「さぁ、明日は早くから動く。起きられなかったら置いていくぞ?」
「にしし、問題ないよぅ! 農家の朝はすっごく早いもん!」
「それもそうか。今日はもう帰り、明日に備えて英気を養う事だ」
「うん、リューネさんもゆっくり休んで欲しいんだよぅ!」
「ありがとう。そうさせてもらう」
ではな、と軽く手を挙げて小屋の中に入っていくリューネさん。にしし、なんかリューネさんとの距離が一気に縮まった感じがするよぅ。
あとは、明日の狩りがどうなるか、だね。
「……ん~。死ぬ、かぁ」
改めてその言葉を口にして、気を引き締める。あの時だって、リューネさんが来てくれなかったらオークに殺されてたかもしれないんだ。まったく他人事じゃない。
オーク達が村を攻めてこないように皆殺し。でも絶対に死なないように。でもでもリューネさんに認めてもらう為にたくさん活躍出来るように。
狩りでボクが気にするべきはこんなとこ、かな。見慣れた畦道を跳ねるように走りながら、ボクは一つ頷く。
「よし、頑張れボク! 頑張ればきっとなんとかなる……はず!」
んでんで、リューネさんの事、絶対におししょー様って呼んでやるんだからぁ!
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