堅っ苦しいのはムリ
それから雨の日も風の日も、ボクは毎日のように山の中に入っていくリューネさんの背中に必死に喰らい付いた。
……実際には一度も雨は降ってないし強風の日も無かったけど。こういうのは気持ちの問題なんだよ、気持ちの。
リューネさんはやっぱりボクを弟子にする気はなさそうだったけど、ボクを邪険に扱ったりはしなかった。話しかけたらちゃんと答えてくれるし、最近はちゃんと名前で呼んでくれるし。
そんなある日の事。
「村長殿。頼みがあるのですが、よろしいでしょうか」
リューネさんは村長さんの家を訪れていた。囲炉裏を挟んで、村長さんとリューネさんがほとんど同時に座り込む。
「これはこれは
「ボクの事は気にしないで欲しいんだよぅ!」
当然、ボクもリューネさんに張り付いてる。一応場の空気を呼んで、部屋の隅で仁王立ちしてるけど。
リューネさんが薄く息を吐く。
「……彼女はただの同行者ですので、本人も言っているようにどうかお気になさらず」
「そう、ですか。冒険者様がそう仰られるのであれば私も何も言いませんが」
よし、追い出されずに済んだ! リューネさんの雰囲気的に大事な話っぽかったからちょっと不安だったけど、やっぱリューネさんは優しいや。
そこから二人は話を始めた。リューネさんが借りてる小屋の住み心地だとか、村の農作物が美味しいとか……うん、多分これはアレだね。しゃこーじれい、ってヤツだよ。
「それでは、そろそろ本題に入りたいのですが」
そう切り出したのはリューネさんだった。村長さんも分かってます、とばかりに頷く。
「はい。冒険者様が仰っていた、気になる事、に関してですな? 先日アスミアが遭遇したオークに関係していると推察いたしますが」
「その通りです。村長殿も聞き及んでいらっしゃるでしょうが、彼女が遭遇したオーク以外にも、このアゾート村の近くでオークの姿が確認されています」
「冒険者様が討伐して下さっている、と兵士の方から。重ね重ねありがとうございます」
「いえ、そのような」
むぅ……堅っ苦しいなぁ。本題に入ってそうで入れてない。大人は大変だよぅ。
「基本的に、オークは単独で動いたりはしません。数十、時には百を超える数で群れる事で個々の戦闘能力の低さを補う魔物です」
「では、冒険者様が狩ったオークは群れからはぐれて迷い込んだモノだ、と?」
「いえ。そうなると、アスミアが遭遇したオークの説明が付きません。彼らは数体という小規模とは言え、明らかに群れて行動していました」
リューネさんがボクをちらと見る。オークの数を確認してるのかな?
確かに五体以上はいた、と思い返しながら頷く。リューネさんも頷いた。
「そこで仮説が一つ立ちました。アスミアが遭遇したオーク達は斥候……周辺の偵察をしていた一団では、と。だとすれば、です」
いつもよりも少し早口で言い終えたリューネさんは、一つ深呼吸。
「山の中に、数十体近くのオークが拠点を作っている可能性が高い」
ごく、と村長さんが息を呑んだのが分かった。ボクだって、それがどれだけヤバい事なのかは分かる。
あんなのが数十体……? それがもしも村を襲ったりしたら……。
「そんな、しかし……このアゾート村の近辺にそんな魔物の一団が現れた事など今の今まで一度も……」
「…………、今、人間と魔物の闘いは苛烈を極めています。魔物は『皇国』を呑み込んだ勢いそのままに、『王国』をも一気に攻め落とそうとしています」
リューネさんが重々しげに続ける。ちょっとだけ辛そうだった。
「私の予想が杞憂であれば、笑い話で済むでしょう。ですが、もしも山中にオークの拠点があるのなら、遠からずこの村に攻め込んでくる可能性が高い」
「それは、そうでしょうな……」
「ですが、その時を待つつもりはありません。その前に、叩き潰す」
叩き潰す……そうだよぅ! ばっちゃやカンナのいるこの村を、魔物のモノになんかさせないもん!
「……本当に君は分かりやすい性格をしているな、アスミア」
と、山の方を見て意気込むボクに、リューネさんが少し微笑みながらそんな事を言う。ん? 今なんか褒められた? ボク。
「それでは、最初の話に戻ります。村長殿に頼みがあって参りました」
「あ、あぁ、そうでした、な。何でしょうか?」
ちょっと取り乱していた村長さんが落ち着きを取り戻す。いや、多分取り戻せてないけど、頑張って取り繕ってる。
「オークが大部隊を形成する際、統率する者、つまり
「そ、それは願ったりですが……失礼ですが、冒険者様お一人で、ですか?」
「それを成すのが冒険者です……が、差し支えなければもう一つ許可を頂きたい。アスミア・ワトナを狩りに同行させる許可を」
「……え……?」
突然の事に、つい声が漏れちゃった。ゆっくりとリューネさんの言葉を頭の中で噛み砕く中、村長さんが声を荒らげる。
「バカな! 彼女はしがない農民にすぎません!」
「ですが、本人は冒険者となる事を望んでいます。そして……オーク程度の相手に太刀打ちできない者が冒険者になるなど、到底無理な話です」
「冒険者に……? アスミア、それは本当ですか」
「う、うん。リューネさんの弟子になって村を出たいって思ってるんだよぅ」
村長さんは優しい人だ。村に住む人全員の事を大切に思っている。ここで生まれ育ったわけじゃないボクの事も、本当に親切にしてくれた。
やっぱり村長さんはボクの事を心配してくれてるみたい。戸惑ったように髭をさすりながら、言葉を選ぶように言う。
「しかし……アスミアに危険は、無いのですか?」
「無い、と言えば嘘になります。危険に身を置かない冒険者などいません。が、彼女がその茨の道を望むのであれば、私はその力になりましょう」
「…………分かり、ました。アスミアの事をよろしくお願いします、冒険者様」
「騎士の名に誓って」
二人が深々とお辞儀をし合う。え、えぇと……当事者なはずのボクだけが立ち尽くしてるのがなんか恥ずかしいんだけど!
「それでは、明日の朝から山に入ります。念のため、村人達は家の中で待機してもらい、変事があればすぐに逃げ出せるようにして頂きたく」
「承知しました。すぐに触れを出しましょう」
「お願いします。それでは私はこれで……アスミア、行こう」
「は、はい!」
やっぱりどこか蚊帳の外な感じ……とか思ってるうちにリューネさんは早々と外に出ていってしまう。
見失うわけにはいかない。ボクは村長さんにお辞儀した後、大急ぎでリューネさんを追った。
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