思い立ったが吉日
ボクは言霊を使えない。でも魔力はある……らしい。
ボクは昨日、オークの群れから助けてもらった。でも、オークを倒す事は出来ないわけじゃない。
ボクは冒険がしてみたい。
ボクなんかがホントに冒険者になれるのか。なれたとして、冒険をする事はボクにとって良い事なのか。このまま農作業をし続けた方がいいんじゃないか。
そんなの、まだ分かんないもん。だって今思いついた事なんだから。
でも、悩んでる暇があるくらいならとりあえず行動! それがボクだよぅ!
そして、ボクは知ってる。ていうか会った。言霊が使えて、オークの群れを全く苦にしないくらい強くて、冒険者としてたっくさん冒険してる人に。
なら話は簡単。ボクはその人に、
「弟子入りする!」
固く拳を握り締めてガッツポーズをしながら走り続ける。
畑から漂う、肥料の独特の臭い。新しくお野菜を育てる時に撒くヤツだ。この臭いを嗅ぐと、今年もこの時期が来たんだなぁ、ってしみじみ思うようになった。
最初の頃は、臭いなぁ、としか思わなかったのに。それだけ、村での暮らしに馴染んできたって事。でも、もし弟子になって旅に出る、ってなったらこの臭いともしばらくお別れって事になる。それはちょっと寂しいかも。
あ、そうだ。リューネさんの弟子にして貰ったら、どう呼べばいいかな? 今のままリューネさんって言うのはなんか違うと思う。よそよそしいもん。
ボクが弟子なら、リューネさんは……師匠、かな? でもいきなり『師匠!』って呼ぶのは馴れ馴れしいかも……お師匠様、がいいかも。うん、これに決まり!
とか考えてる間に、村はずれの小屋に辿り着いた。リューネさんはここにいるはず。
裸足で思いっきり畦道を踏んづけて来たせいで、ちょっと足の裏が痛い。でもだいじょーぶ! この程度で音を上げるようじゃ冒険なんて出来るはずないもん。
ボクは一つ二つ三つと深呼吸。気が付いたら二十回くらい深呼吸してたけど、おかげで準備はバッチリだ!
ノックを三回。さぁ行くぞ!
「たのもー!」
よし、決まった。弟子入りするんだから、まずは形から入らないと!
意気揚々と乗り込んだボク。それを出迎えるのは、
「……ん? 君は確か、昨日の……?」
リューネさん! 昨日の旅装よりもちょっとラフな格好で、何故かお行儀よくオンボロな床の上で正座している。
銀色の綺麗な髪も、整った顔立ちも、昨晩と何も変わらない。いや、明るい場所で見ているからか昨日よりも数段かっこよく見える。
って、見とれてる場合じゃない! まずは昨日のお礼から!
「えっと、昨日はありがとうございました! 助かりました!」
言葉遣いは丁寧に! カンナと喋ってるんじゃないんだから、ちゃんとしないと!
「礼には及ばない。当然の事をしたまでだ」
リューネさんが言う。とっても静かな語り口だ。
でも、その言葉の一つ一つに重みが感じられて、歴戦の冒険者! って感じがぷんぷんする。うん、やっぱり弟子入りするならこの人だ!
「だが、私はたまたま通りがかっただけだ。今後も同じように助けが入るとは思わない事だ。オークを狩った君ならあの場も何とか切り抜けられたかもしれないがな」
「はい、気を付けます! で、今日はお願いがあって来ました!」
「お願い? 何だろうか。村に世話になっている身だ、遠慮なく言ってくれ」
「はい! えと、ボクを弟子にして下しゃい!」
…………噛んだ! 噛んじゃった! めっちゃ恥ずかしい!
かぁっと熱くなった顔を手で押さえるボク。と、リューネさんの顔つきが少し険しくなる。
「弟子……? それは冒険者として、という事か?」
噛んだ事はスルーされた! 嬉しいような虚しいような!
「はい! ボク、冒険者になりたいんです!」
リューネさんは口を閉じ、何やら考え始めた。
「……一つ訊くが」
と、リューネさんがボクを見る。まっずぐに、一点の曇りもない瞳で。
「君は昨日、オークと闘った。魔物の危険性は身をもって体感したはずだ。それなのに何故、冒険者を目指す?」
「それは……えと、冒険をしたいから?」
「そうか。ならば話は終わりだ。悪いが他を当たってくれ」
リューネさんはそう言って頭を下げた。ちょっとだけ、冷たい感じで。あ、あれ? ボク、なにかマズい事言っちゃった?
「で、でもボク、弟子入りするならリューネさんしかいないと」
「それは君の都合だ。私には君の冒険に付き合う理由がない」
取りつくしまもない。でも、この程度でボクは引き下がったりしないよぅ!
「そんな曖昧な理由じゃ納得できないです! ボクを弟子に出来ないならちゃんとした理由を教えてください!」
「……そうか。ならば言わせてもらおう」
そう言って、リューネさんは立ち上がった。木の床をギシギシさせながらボクに歩み寄ったリューネさんは、
「冒険者をナめるな」
ボクのシャツの襟を掴んで捩じり上げる。突然の、しかもリューネさんの礼儀正しさに似合わない行動に、ボクは声も出せなかった。
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