弟子入り
一夜明けての井戸端会議
――――へぇ、あの後そんな事があったんだ」
川辺に座るカンナが、緩やかに流れる川の水面に足を乗せて静かに言う。
「えー、ちょっと反応薄いよカンナ。もうちょっと驚いてくれなきゃ」
「驚くって言うより、あの安っぽい鎌一本でオークを……魔物を倒しちゃったミアに少し引いてる。どんだけ怪力なの」
「あ~~、ボクの愛用鎌『ヘルサイス』をバカにしたなぁ! それに一本じゃなくて二本だし!」
「一本も二本も同じ。ていうかなにその物騒な名前。ただの草刈鎌に
はぁ、と呆れたように溜息を吐く。む~~、やっぱりバカにしてる。ていうか鎌の命名はボクじゃ無くてばっちゃだし。
カンナに倣ってボクも座り、足を川の流れに浸してみる。春先とは言え水はちょっと冷たくて、びくぅとなってしまう。
少し歪んで見える足をバタバタさせると、水が太陽の光をたくさん反射して眩しい。なんとなく笑みが漏れた。
村の真ん中を流れる川。ボクとカンナが駄弁る時によく来る場所だけど、お昼過ぎの今、大きなバケツを手に男の人達も群がっている。
飲み水は自分の家の近くの井戸で汲む人が多いので、どちらかと言うと農作業の為に汲む人が多い。ボクもばっちゃにこき使われてよく汲みに来る。
会話が途切れ、ボクは足をぱちゃぱちゃさせながら水を汲んでいる様子をボンヤリと見る。と、カンナが二の句を継いだ。
「で、リューネさん……だったっけ? その冒険者の人はどうなったの?」
「うん? うん、えっとね、とりあえず空き家に泊まってもらってる」
「空き家……ってまさか外れにある小屋? あんな腐りかけのとこにお客さんを寝泊まりさせるってちょっと失礼じゃない?」
「村長さんもそう言ったんだけど、リューネさんがそれでいいって。いきなり訪ねて来たのは自分だから、贅沢は言わないって」
「へぇ。さっきの話の通り、礼儀正しい人なんだね。どこかの怪力娘と違って」
「失礼な! ボクだって礼儀正しいもん!」
ぷんすかと頬を膨らませる。カンナはメガネを直しながら笑った。
「ごめんごめん、怒らないでよ」
「むぅ……で、話って何なの?」
そうなのだ。今日ボクは、カンナが昨日ボクにしようとしていたっていう話の続きを聞く為にここに来たんだ。
オーク退治の話が盛り上がっちゃって、ボクも今の今まで忘れてたけどさ。
「あぁ、それね……」
とカンナが目線を落とした。あれ? あんまり乗り気じゃない? カンナから言い出した事なのに。
ボクが首を傾げていると、カンナは意を決したように顔を上げた。
「正直、話すかどうかまだ少し迷ってたんだけど……やっぱミアには話した方がいいか」
「むぅ、カンナらしくないよぉ。そんな思わせぶりな感じ。もっとすっぱりきっぱり言ってくれなきゃ」
「そう。じゃ、すっぱりきっぱり言う。……〝水〟の声を聞け」
唐突に、辺りの空気が変わった。明らかに、カンナの声をきっかけに。
「流れ
そして、カンナの掲げた掌の上に水の球みたいなモノが生まれた。キラキラと煌めきながら、くるくると回っている。
「うわぁ……っ!」
思わず声が漏れた。小川の水よりも澄んでいて、とっても綺麗!
ずっと眺めていられそうだったけど、カンナはそれを握り締めるように壊してしまった。崩れ落ちた水が川に注がれていく。
「す……すごいすごいすご~い! カンナ、今のって言霊だよね!」
「うん。四日前、かな。いきなり使えるようになったの」
「いきなり使えるように……? 言霊ってそういうモノなのかな?」
「らしいね」
カンナは言霊が使えるようになってから、村長さんの家にある本とかで言霊についてちょっと勉強したみたい。
言霊が使えるようになる……〝目覚める〟って表現するらしいけど、言霊に目覚める為には〝魔力〟って呼ばれる力と、何かのきっかけが必要になるんだって。
「魔力がある、ってのは一応自覚してたんだけど、何が目覚めるきっかけになったのかは自分でもよく分からなくて。人によって全然違うみたいだし」
……そう言えば、ボクもばっちゃに言われた事があるかも。魔力を秘めている、って。
けど、『こんなポンコツのどこに魔力があるんだか。やっぱりその無駄にでかい胸に詰まってんのかねぇ』とか言われて殴り合いに発展した事を思い出し、ちょっとムカッとした。
「ミア? 聞いてる?」
メガネ越しにカンナの瞳が訝しげに覗き込む。ボクは気を取り直した。
「う、うん! もちろん聞いてるよぅ!」
「あっそ。まぁ、ミアに話したところで何にもならないんだけど、気持ちがすっとしたかな。得体の知れない力、みたいな感じがしてちょっと不安だったから」
「そうなんだぁ」
得体の知れない力、かぁ。まぁ確かにそうかも。リューネさんの言霊だって、魔物を一瞬で皆殺しにしちゃったし……、
「……ん? ならカンナは冒険者になるつもりなの?」
言霊を使えるようになったって事は、魔物と闘う力を手に入れたって事だし。
「ううん? 何で?」
けど、カンナは呆気なく首を振る。ボクの言ってる事が意味分かんない、みたいな感じに。ボクの声に熱が帯びていく。
「いや、だってさ、冒険者になったら色んなところ旅できるでしょ?」
「まぁそうだろうね」
「魔物退治したら、農作業とは比べ物にならないくらいお金も稼げるんじゃないかな?」
「だと思うよ」
「じゃあ冒険者に?」
「ならない」
「何で!」
自分でも良く分かんないけど、ボクはちょっと怒っていた。言霊、なんてすごいモノを手に入れたのに素知らぬ顔のカンナに。
「何でって言われても……父さんと母さんもいるから村を出る理由がないし、お金なんてそんなになくたって生活できるじゃん、村だと」
「むぅ」
確かに、そうだけど。ボクだってばっちゃを一人置いていくのはイヤだし、今のところ特に不自由もしてない。
けど、なんだろ。この胸のあたりの変なモヤモヤは。
「村を出たい? ミア」
俯くボクに、カンナが少しだけ優しい声で言った。
「あんた、いつも言ってるもんね。退屈だ、って」
「……別に、農作業は農作業で楽しいけど」
「それより楽しい事がしたい。具体的には冒険とか、でしょ? あんた、本とか大っ嫌いなくせに冒険モノのお話はわりと読むし」
「それは……でもボクは」
「いいんじゃない? それで」
「え?」
意外な言葉に、ボクは目を見開く。カンナはどこか楽しそうだった。
「元々あんたのとこはジルバさん一人で成り立ってたわけだしね。今あんたがいなくなっても農作業が出来なくなるわけじゃないでしょ」
そう。ジルバ……ばっちゃは身寄りもなく彷徨ってたボクを迎え入れて、その日からいきなり農作業を押し付けてきたんだけど、それまではばっちゃ一人で全部やってたはずなのだ。そう考えると、確かにボクがいなくても問題ない。
「でも、ボクはばっちゃに恩返ししたいし」
「それも知ってる。でも、ジルバさんはそうやって色々ため込むミアなんか見たくないと思うけどね」
「……カンナは、ボクが冒険者になる、って言ったらどう思う?」
口をついて出た言葉に、ボクが一番驚いた。冒険者、とかいう未来なんて、昨日まで一切浮かんでなかったのに。
それなのにこうやって悩んじゃってるのは、カンナの言う通り毎日にちょっと退屈していた事。オークを一匹とはいえ倒す事が出来ちゃった事。
そして何より、昨日の出会いがボクにとって鮮烈過ぎたから、なのかな?
「そうだね。暇潰しの相手がいなくなって少し寂しい、かな?」
「……む~、冒険者になって欲しいのか欲しくないのか、どっちなのさぁ」
「冒険者になるならないを先に言いだしたのはあんたでしょ。ミアが自分で決めなよ」
「ん~~」
あーもうダメだ。いきなりこんな事を真面目に考えたら頭がパンクしちゃうよぅ。
ボクの脳みそがパンクしそうなのを感じ取ったのか、立ち上がったカンナが足を乾かしながら彼方を見やる。
「さて、と。私は村長のとこに行くよ。もっと言霊の勉強したいし。ミアはどうする?」
「小難しい本を読むんでしょ? 絶対に行かないよぅ」
「だよね。ついでに、村長にリューネさんに会ってもいいか聞いてみよっかな。言霊使いの先輩のアドバイスを貰いたいし」
リューネさん、かぁ……あの人は冒険者で、言霊が使えて、旅の途中でこの村に近くに来た。あんなに強いんだし、きっとワクワクする毎日なんだろうなぁ。
「……んん?」
って事は、って事は、って事はぁ? ボクはこんなとこでぐだぐだ悩んでる場合じゃないんじゃないかな?
「どしたの? ミア」
足を乾かし終えて靴を履くカンナ。ボクは首を傾げる彼女をバッと見て笑いかけた。
「にしし! うん、ボクそうする!」
「は? 何のはな」
「じゃ、行ってくるね! カンナもお勉強頑張って!」
立ち上がったボクは、足を乾かす時間も勿体なくって、裸足で畦道を駆け出す。カンナが何か言ってた気もするけど、ボクはその程度じゃ止まらないよぅ!
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