ガールミーツボーイ

「かの者を潰せ、かの者を壊せ。母なる大地のかいなに抱いて。土蕾つちつぼみ


 次の瞬間、ボクの理解を超える現象が目の前で起きた。

 ぼこん! と地面がいきなり盛り上がり、オーク達を取り囲む。それはあっという間にオーク達の姿が見えなくなるくらいに高い壁になって。


『グアアアアアア!』


 壁の向こう側から歪んで重なる悲鳴。そのあまりにおぞましい声に、びくぅ、と肩が震えてしまう。

 悲鳴はやがて止み、壁が崩れ落ちる。その先にはもう、立っているヤツなんて一匹もいない。全身を潰され、紫の血と共にボロクズのように倒れているオークだけがいた。


「……死ん、じゃった……?」


 ボクは一匹倒すだけでもあんなに苦労したのに、こんな簡単に……?


「無事か?」


 と、あの声がもう一度。いつの間に回り込まれていたのか、ボクの肩に手を置かれてまたも、びくぅ! ってなってしまう。


「む、すまない。驚かせてしまったようだな」


 声の主は申し訳なさそうに言う。ボクは改めてそちらを見やり、


(うわぁ……)


 思わず、息を呑んだ。


 とっても綺麗で、けれどどこか精悍な整った顔つき。一瞬女の人かと思ったけど、体つきからしてきっと男の人だ。声も低めだし。

 丈夫そうな服は実用一点張りなのか、田舎娘のボクから見てもオシャレな感じには見えないけど、なんかやけにしっくりくるというか、似合ってるというか。

 そして何より目を引く、背中辺りまで伸びた銀色の髪。紐でくくって馬の尻尾みたいにたなびいている長い髪は、暮れかけの弱々しい陽の光を受けて、それを数倍に増幅してキラキラと煌めいてる。


 一言で言うと……すっごくかっこいい人!


「それで、君はこんな時間に何をしている? 下手をすると今の魔物に殺されていたのだぞ、君は」


 見た目よりもちょっと古臭い口調で言う。少し怒ってる感じにも聞こえた。

見とれていたボクは、はっと我を取り戻す。


「え、えっと、晩御飯用のお肉の為に獣を狩りに来て、その帰りにオークに出くわして、一匹やっつけたら仲間がいて……」

「一匹、オークを倒した? 君がか?」

「う、うん」


 さっき倒したオークを指さす。彼はそれを見て、驚いたように目を見開いた。


「……君も、〝言霊ことだま〟が使えるのか?」

「え? ううん、ボクはこの鎌で倒して……って、やっぱり今のって〝言霊〟なのぅ?」


 村の兵士さんが言ってた。魔物を倒すには、言霊っていう凄い力があった方が便利だって。魔物を倒すのが仕事の冒険者クリーヴァーさんは、言霊が使える人もたくさんいるって。


 んで、冒険者さんの中で一番強い言霊を使う人が〝勇者〟になって、魔物の親玉、〝魔王〟を倒しに行く使命を帯びるんだって。


「まぁ……そう、だな」


 彼は顔を逸らしながら言った。言霊を使えるって事は多分すごい冒険者さんなんだと思うけど、恥ずかしがりやさんなのかな?

 と、彼がこほんと咳払いをする。


「申し遅れたな。私はリューネ・ハイデンブルグという。旅の者だ」

「あ、えと、ボクはアスミア・ワトナです。この近くのアゾート村に住んでます」


「そうか。ならば一つ頼みがある。一晩、出来れば数日、その村に滞在させてもらいたいのだが、村の長に取次ぎをお願いできないだろうか?」

「あ、うん、大丈夫だよぅ!」


 外から村に来てくれる人は大歓迎! だって、色んなお話が聞けるもん!

 何となく疲れが吹き飛んじゃって、ボクは彼――リューネさんの手を引いた。


「ならすぐに村まで案内するよぅ、リューネさん!」

「あ、あぁ。それはありがたいのだが、君は獣を狩りに来てたんじゃなかったのか?」


「あ、そーだった……ちょ、ちょっと待ってて欲しいんだよぅ! 獲物、すぐに引っ張ってくるから!」

「そうか。だが、その、手伝おうか?」

「にしし、だーいじょうぶ! ボク、力持ちだもん!」


 初対面の男の人に力持ちアピールするのはなんか恥ずかしい、と言った後に思ったけど、今さら撤回は出来ない。女に二言はないんだよぅ!

 ボクは赤くなる顔を背けて、全速力でシカさんのところまで戻った――――




――――それが、彼らの出会い。


 その日を境に、彼女の、そして彼の日々は一変する。辺境の小村、遥か彼方の大都市、果てはこの世界、『ファレットホデグ』そのものをも巻き込んで。


 世界は、軋み始める―――

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