干し肉の恨みは海よりも深く
どすん! と重々しく地面が揺れる。村の裏手にある小さな山。
ボクは鎌を振って刃についた血を払い、大きく息を吐いた。
「ふぅぅ、やぁっと狩れたぁ……やっぱり暗くなると獲物を探すの大変だよぅ」
落ち葉の上に横たわる獣を見下ろす。どうせなら大物を狩りたかったけど、もたもたしてたら日が暮れる。って事で一メートルぐらいのシカさんで妥協する事にした。
ま、村の男衆からすれば一メートルでも十分大物らしいし、大丈夫だよね。見上げると、オレンジと黒の入り混じった空が広がってる。
「うん、ギリギリ日暮れ前!」
あと十数分もすればかなり暗くなっちゃうだろうけど、夜目は利く方だから問題無し! でも早く帰るに越した事はないので、さっさとシカさんを引きずって山を
「……?」
下りようとしたその時、がさっ、と音がした。少し遠い。
もしかしたらもっと大きな獣かも。ボクはそんな期待から、息を潜めて音のした方に向かった。茂みに体を隠し、ひょっこりと顔を出して先を窺う。
「……っ!?」
そこには、大物がいた。けど、ボクが思っていたような大物じゃなくて。
人間みたいに二本の足でまっすぐ立ち、毛むくじゃらの体は筋肉質でがっしりしてる。んで、すっごい大きい。二メートル以上は絶対あるその体は木を加工して作った鎧みたいなものを着込み、粗削りで重厚な棍棒を握ってる。
そして極めつけは、獣みたいにちょっと歪んだ顔。ボクは急いで顔を引っ込めた。
(
それは人間でも獣でない。
魔物。ずっとずっとずーっと昔から人間が闘い続けている、敵。
人間の国『王国』と、元々人間の国だったのに魔物に支配されちゃった国『皇国』が睨み合いを続けてるみたい。まだ戦争みたいな事にはなってないみたいだけど、小競り合いみたいな闘いはしょっちゅう起こってるとか。
でもボクの住んでる『アゾート村』は国境から遠くて、正直言ってそういうのとは無縁。だから詳しくは知らない。たまに迷い込む魔物はいたけど、王国の王都から来てくれた兵士さんが数人街を護ってくれてて、危険なんてほとんどなかった。
(このオークも、どっかから迷い込んできたのかな……?)
恐る恐る、もう一度顔を出す。オークはパチパチと鳴る焚火の傍に腰掛けていて、こっちには全く気付いていない。
どうしよう……村に戻って兵士さんに知らせる? 兵士さんも、見かけたらすぐに教えてくれ、って普段から言ってるし。
ボクは密かに頷く。オークの様子を伺いつつ、そろりそろりとその場を離れる事にする。
とその時、オークは焚火の傍に散らばっていた何かを乱雑に引っ掴み、口の中に放り投げた。
干し肉だ。
「あ!」
思わず、声を上げてしまった。しまった、と口を押さえた時にはもう遅い。
「ナンダ……?」
オークがぎこちない発音でそんな事を言う。オークって人の言葉喋るんだぁ、とかいう新発見なんて今はどうでもいい。ボクは勢い良く立ち上がる。
(ど、どうしよう……逃げちゃダメ、だよね……?)
このまま逃げたら、村まで追いかけられるかもしない。そうすると村のみんなに迷惑を掛けちゃう。
それにこいつは、ボクとばっちゃから干し肉を奪い取った憎き敵! 犯人が獣じゃなくて魔物だったのは驚きだけど……うん、闘おう。闘うべきだよぅ!
……冷静に考えたら、オークだって自分で獣を狩って干し肉を作るかもしれないけど、そんな事はどうでもいいのだ。ばっちゃも言ってた。疑わしきは皆殺しって。
「喰らえ、干し肉の恨みぃ!」
ボクは鎌を構え、オークに向かって飛び掛かった。相手が棍棒を振り上げるより早く懐に潜り込み、鎌を滑らせる。
魔物は獣よりもすごく危険。それくらいはボクだって分かってるし、魔物に戦いを挑むのはこれが初めて。さっきのシカさんみたいに簡単に狩れるはずがない。
だから、この鎌が通用しなかったらやっぱり逃げよう、と決心してたけど、幸いな事に刃はオークの肌を切り裂いた。
攻撃が効いてるのか、鈍い呻き声を上げつつも棍棒で反撃してくるオーク。ボクはそれを辛くも避ける。
「わあっ!?」
でも、棍棒を振った際に巻き起こった風圧でぶわっと体が浮いてしまう。ボクは衝撃で少しだけ転がった後、急いで起き上がった。
「……ニンゲン。ダガ、コムスメダナ」
オークが言う。聞き取りづらいけど、なんかバカにされた気がする。
紫っぽい血が傷口から流れているので痛いはずだけど、獣の顔はイマイチ表情が分かりづらい。
「ヨシ、クオウ」
棍棒を手にしてにじり寄るオーク。や、やる気だなこいつめ!
大丈夫、ちゃんと鎌で斬れるんだからボクは負けない! 人間っぽい見た目だから少しやりにくいけど、人間っぽいって事は逆に言えば狙うべき場所が分かりやすいって事!
震える体を叱咤する。ボクは鎌を強く握りしめ、
「たぁぁ!」
農作業で鍛えた足を折り曲げ、溜め込んだ力を解放するようにして突進!
オークはさっきと同じように棍棒を持ち上げてボクを迎撃しようとする。アレを防ぐのは難しいと思うし、まともに喰らったら多分大怪我しちゃう。
なら、避ければオッケー!
「シネ!」
「死なない!」
抑揚のない声に乗せて棍棒を振り下ろす。その威圧感に真正面から立ち向かい、ボクはさらに加速しつつ跳んだ。
目の前すれすれを叩き潰した棍棒を見下ろしながら宙を舞ったボクの体は、巨大なオークの体、その頭の近くまで跳んだ。
「喰らえぇっ!」
渾身の一撃は、オークの喉に。深々と切り裂かれた傷から、さっきとは比べ物にならないほどの血が噴き出る。
「ヌ……オ……?」
オークは傷口を塞ぐように手をやったけど、ぐるんと目を剥いて後ろに倒れこんだ。土埃が派手に舞う中、オークは二度と起き上がらなかった。
「……勝てた」
更になってぶわっと冷や汗が噴き出て来たけど、確かにオークに勝った。ボクの鎌が、魔物に通用したんだ。
「やったやったやったぁ! へへへ、ばっちゃに自慢してや」
「ナンダ、イマノオトハ」
喜ぶボクの背後から、声。
オークが、いた。それも一匹じゃなく、五、六匹。
「……ナカマ、イタンダァ」
完全に予想外の事になんかオークっぽい喋り方になったけどそんな事はどうでもいい。仲間がいるのは、マズい。
今度こそ、逃げよう。取り囲まれないようにじりじりと後ずさりを始めるボク。
「〝地〟の声を聞け」
その時、明朗な声が響いた。
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