獣狩りは農作業です
季節は春。もうちょっとしたらおイモさんの苗を植えて、そのお世話。秋頃に収穫して、近くの家のお米とかお野菜と交換。だらだらと冬を越す。
もう何年も続いてきた、穏やかで退屈な日々。きっとこれからも続いていくはずの毎日。
けど今日は、ちょっと違った。
「アスミアぁ! ちょっとこっち来な!」
オンボロ小屋な家に戻って、ボクの至福のだらぁっとした時間を過ごしていると、ばっちゃの大声に叩き起こされた。
「何だよぅ。無駄に叫んでないで早くご飯作ってよ、ばっちゃ」
「やかましいねこのポンコツが。ほら、こいつを見な!」
ばっちゃに腕を掴まれて連れて行かれた先は、家の裏手。そこには、少し前に山で狩って来た獣を捌いて干し肉にしたヤツが並んで……、
「……あれ? 干し肉が、ない?」
おっかしいな。今日農作業に行く前は確かにあったはず。だって、今日の朝ご飯担当はボクで、その干し肉を使ったんだから。
「ねぇ、何で干し肉無くなってるのぅ?」
「しらばっくれるんじゃないよ! あたしゃ触ってもいないんだ。って事は、あんたがつまみ食いしたに決まってるだろ!」
「はぁぁぁ!?」
こんのポンコツババァ! ボクを疑うなんて!
「バカ言うんじゃないよぅ! 今日、ボクはばっちゃよりも先に家を出たじゃん! そっからさっきまで家に帰ってなかったのに、いつつまみ食いなんか出来るのさ!」
「そういやそうだったねぇ……んじゃ干し肉はどこ行ったんだい、このポンコツが!」
「それを先に訊いたのはボクの方だよぅ、このポンコツめ!」
歯を軋り、鼻先が触れ合うくらいの距離で睨み合う。このポンコツばっちゃには、今日と言う今日はぎゃふんといわせて
「えっと……お取込み中みたいだけど、いい?」
と、横から掛けられた控えめな声。
「え? あ、カンナ!」
「やはー」
長めのサラサラ黒髪とメガネがとっても可愛いボクの親友、カンナがそこにいた。手を挙げてにこりと笑ってる。
「どしたのカンナ? こんな時間に」
「実は昼間に一回来たんだ。ミアに話したい事があって。でも二人ともいなかったから一度帰ったの」
メガネを薬指で押し上げ、カンナは辺りを見回した。
「あと、干し肉がどうとか言ってたよね。もしかして、無くなってたの?」
「うん、そうなんだよぅ。カンナ、何か知ってる?」
「私が見たわけじゃないんだけど、ミアの家から変な音が聞こえる、っておばちゃん達が話してるのを帰り道で聞いて。もしかしたら獣でも迷い込んだのかなって」
『それだ!!』
ボクとばっちゃが揃って前のめりになったせいで、いつも冷静なカンナが珍しくたじろいだ。でもボク達は干し肉の事で頭がいっぱいで。
「あんのド腐れ獣共め……ウチから肉を掻っ攫うたぁ良い度胸じゃないか」
「だから言ったんだよぅ。いい加減、干し肉の保存場所をちゃんと作った方が良いって」
「過ぎた事をぐちぐち言うんじゃないよ! まぁこの際仕方ないね。ほらアスミア、とっとと山に行って獣を狩って来な」
「うるっさいなぁ、分かって……はぁ!? 今から!?」
大声を叩きつけるけど、ばっちゃは涼しい顔だ。
「そりゃそうさ。今さら干し肉を取り返す事なんて出来やしないんだから、そのツケを他の獣に支払わせるんだよ。お礼参りさぁ」
「いやいや、そうじゃなくって! もう日も暮れるってのに、か弱い女の子に獣狩りをさせるとか、鬼! 悪魔!」
「なぁにがか弱い女の子だい。ほら、その村一番の馬鹿力で獣の一匹や二匹、日が暮れる前に狩ってきな」
勝手な事言ってぇ。まぁ、馬鹿力なのは事実だけど。
どれぐらい馬鹿力かって言うと……村の男連中全員と腕相撲しても余裕で勝ち抜けるくらい、かな? 全戦全勝の無敗なんだけど、女の子としてはあんまり誇りたくない。
「このままじゃ今夜は野菜とイモだけのスープになっちまうねぇ。あんたもたまには生の肉を食いたいだろう? 分かったらとっとと皆殺しにしてきな!」
「むぅぅぅ……しょうがないから行ってきてあげるんだよぅ!」
けして生の肉に釣られたわけじゃなく、あくまでわがままなばっちゃに付き合ってあげてるだけ。ホント、ボクってば優しいよね、うん。
春先とは言え、この時間帯は少し肌寒い。ボクは上着を引っ掴み、部屋の隅に置いたモノを握り締める。
草刈鎌。収穫用、そして獣を撃退する為の使い慣れた武器。
それを腰のベルトに釣るし、ボクは手早く靴を履く。
「んじゃ、行ってくるね。ばっちゃ、カンナ」
「とっとと行きな、ったく」
こんのポンコツぅ……次にボクがご飯を作る時、ばっちゃのだけ肉の量減らしてやるんだから!
「えっと、ミア」
と、カンナが言い澱みながらも口を開く。ボクは笑った。
「にしし。だいじょ~ぶ、心配しないでよぅカンナ!」
「いや、心配はしてないけど。むしろ八つ当たりで狩られる獣の冥福を祈ってる」
「なんか狩りにくくなるんだけどぅ! って言うか、心配くらいはして欲しいよぅ!」
全くもぉ……どいつもこいつも。
なんて怒ってる場合じゃない。ボクは家を出て、二人に手を振ってから全速力で山に向かった。
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