農民少女さん、勢いで冒険者さんに弟子入りしてみた ~わりと才能あったみたいです~

虹音 ゆいが

プロローグ

農民少女は土に塗れて

「ふぃ~、やぁっと終わったよぅ。結構掛かっちゃった」


 手にした鍬を柔らかいに土に突き刺し、ボクは額の汗を拭う。鈍い輝きを放つ鍬に体重を預けながら、自分の足跡をなぞるように視線を彷徨わせる。


「ん~っと、あそこからあそこまで行って、こっちに曲がってからまっすぐ来て……うん、完璧! ちゃぁんと耕せてる」


 ……はず! 最後の二文字を心の中で呟きつつ、ボクは何度も頷いた。


 自分の体を見下ろす。うん、ひどい有様。新品同様にピカピカだったはずのシャツと短パンは、土に塗れてない部分を探す方が難しい程に汚れきってる。

 特に胸元。小柄な体に似合わずおっきく育っちゃったそこは、跳ね返る土の集中攻撃を受けやすいみたい。大きい事は良い事だ、と近所のおっちゃん連中はしきりに言ってるけど、邪魔なだけだよぅ。


 空を見上げる。澄んだ青とぼやけた白がまばらに入り混じっていたそこには、いつの間にやら鮮やかな橙も加わり始めてて。


「もう夕方かぁ……あぅ」


 ぐぎゅるるるる! と情けなくも力強い音が下の方から。我ながら加減ってヤツを知らない腹の虫だ。


 周りに人影はないし、恥ずかしがる必要はないけど…………いやいや、やっぱそんな事は無いよね。だってボクは、花も恥じらう女の子なんだから!


「こぉらアスミアぁ!」


 げっ……! ボクは背後から飛んできた大声に思わずしかめっ面に。


「まぁだ終わんないのかい、このポンコツ娘は! ポンコツじゃなくて穀潰しって呼んだ方が似合いなんじゃないのかい!」

「うぅぅぅぅるっっっっっっさいんだよぅ! ポンコツはそっちの方じゃん! このポンコツばっちゃ!」

「だぁぁぁれがポンコツだってぇ!?」


 よぉし、戦闘開始だ! ボクは振り返り、延々と連なってる畑の脇を通る畦道、その上で仁王立ちをしてるヤツを鋭く睨み据えた。


 皺の寄った見慣れた顔、少しくすんだ灰色の髪、杖で支えられた細い身体。けど、その老婆が見た目の弱々しさとかけ離れている事は、ボクが一番よく知ってる。


「ばっちゃの事だよぅ! ボクの方は今終わりました~、完全完璧に耕し終わりました~! ばっちゃの方も勿論終わってるんだよねぇ!」

「当然だろ、だぁれに向かって口利いてんだい! ボロッボロの小娘を拾ってやった心優しい育ての親への恩義ってヤツも無いのかねぇ。情けないったらありゃしない」


「それ言ったら、ボクを拾った次の日から力仕事を全部こっちに丸投げしてきたばっちゃは、情けないって言うより情けがないよぅ!」

「昔の事なんて忘れたねぇ。最近は耳が遠いし物忘れも激しくてさぁ!」


 広大な畑を挟んで、壮絶な罵り合いを続けるボク達二人。ボクはばっちゃに向かってのしのしと、鍬を引きずりながら裸足で柔らかい土を踏みしめていく。


年齢としのせいにしてるんじゃないよぅ! この地獄耳バ……っちゃめ!」


 危ない、ババァって言いかけた。ババァ呼ばわりは最大の禁句なのに。

 二年前に勢い余って口走ってしまった時は……何と言うかもう、口に出すのもためらっちゃうような壮絶な殴り合いになった。あんまり思い出したくないよぅ。


「ったく、いちいちうるさいポンコツだ。晩飯にするよ、とっとと来な!」

「言われなくても行ってるし!」


 ボクが畑を抜けて畦道に辿り着く頃には、ばっちゃはもう踵を返して歩き出していた。


 柔らかい地面から小さくジャンプ、固い地面へと飛び乗る。そして、露出した腕、太ももとかにこびりついた土を払い落とし、しんなりしてべしゃっとなっている自慢の栗色の髪を整えてみる。


 元のふわふわした状態にはさすがに戻らないけど、農作業の日は仕方がない、と割り切る。ボクは遠ざかっていくばっちゃの細い体を見やって、満面の笑み。


「もぉ、少しくらい待てないのかぁ! このぽんこつばっちゃ!」


 そして、いつも通りのその後ろ姿目掛けて全力で駆け出すのだった。

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