第4話 優しい野菜スープ

 カランカラン……。


 その日、『丘の上のティールーム水晶亭』の扉を開けると、いい匂いがオレを包んだ。


「モギケイジ、いらっしゃいマセ〜」

 明るいよく通る声だ。

 このコは確かみんなからルイルイと呼ばれているアンドロイドだ。

 人間でいえば12歳くらいの外見だろう。


 不法児童就労などの取り締まりをしていたこともあるオレは、こんなに幼い女の子が仕事をしているのを見ると、刑事魂が疼いてしまう……。


 いや、もちろんアンドロイドなら問題はない。


「いいにおいだね」

「ンダー。野菜スープだあヨーウ」

 これはこの間までいたドラム缶みたいなロボットの口まねだな。そういえば、仲良しそうだったなぁ。


「こら、ルイルイ、ふざけ過ぎだぞ」

 現れたのは、切れ長の目をしたアンドロイドだ。

 いつもこのルイルイとセットで現れる。タツコ姫というこのアンドロイドは、何をされたというわけでもないが、不思議な殺気を身にまとっているような感じだ。


 街でこんな目と出くわしたら、刑事魂が疼いて尾行してしまうかもしれない……。


 いや、もちろんアンドロイドには当てはまらないから問題ない。


「あのね、ヨサクフクダイジンとルイルイたちで植えた野菜がね、モーウすごいホウサクなの」

「そ、れ、で、特製野菜スープを作ってイルんでっすよ。

 いぃーいにおいが立ちコメテいますでしょう?」」

 カウンターの奥から陽気な声が聞こえる。

 知っているぞ、スープを担当しているのはワコちゃんと仲良しのサラエさんだ。


 ワコちゃんというのはこの街で元気に頑張っているケアマネジャーであり、オレの幼なじみのトシの一人娘である。

 ここのAIたちはみんな『浦島パートナーズ』というヘルパーなどの派遣会社に所属しているので、ワコちゃんとはその関係でも親しいのだろう。

 そういえば、今日はめずらしくワコちゃんはいないようだ。


「紅茶とビスケットを頼むよ」

「へいへいホー!」

おどけながらルイルイはカウンターに駆けていった。


「スープはサービスでお出ししまスね」

 サラエさんがカウンターから顔をのぞかせて、大きな口でにやりと笑った。

 本当に人の良さそうなアンドロイドだ。


 しかし、人間がこんなに人の良さそうな笑顔をする時には要注意だ。

 かつて詐欺対策課にいた時に遭遇した被疑者は、ほとんど皆あんな風な笑顔をしていたのではなかったか……。

 オレの刑事魂がまたもや疼く。


 いや、サラエさんはただの気の良いアンドロイドなので問題ない。


 いかんいかん! 


 こんな妄想も、このところずっと抱えている案件のせいだ。

この平和そうな海辺の街に、実に奇妙な事件が起こっている。


 まず、火事だ。

 昨年の夏に、放火の疑いのある、原因不明の火事があった。

 焼け跡からみつかった黒焦げ死体を調べると、それは焼けたアンドロイドだったのだ。


 そしてその家にいたはずの男は、それ以来消えてしまった……。

 調べてみたが、その男にはIDナンバーもあり、戸籍上も問題はなかった。


 誘拐か殺人か……。

 ただの失踪なのか……行方はようとして知れなかった。


 思えばそれからだ。

 似たような事件が起きて人が消えている。 

 死体のように残されるアンドロイド。


 はじめの一体の焼け焦げたAIは回収したが復帰できていない。

 そして、その他のアンドロイドからはAIなどのコアな部分が抜かれているのだという……。

 今のところ手がかり無しだ。


 それにしても……アンドロイドの死体というのは気持ちのいいものじゃない。



「何かお悩みですか? 茂木刑事」

 気づけば、ワコちゃんがオレを覗き込んで笑っていた。

「うわっ、びっくりした。

 ワコちゃん、いつ来たの?」

「うふふ。さっきね、お茶しに来たら、サラエさんが野菜スープを煮込んでいてね。

 栄養満点だからお鍋を持ってくれば分けてくれるって」

 ワコちゃんは花柄の鍋をちょっと恥ずかしそうに見せてくれた。

「お鍋を取りに行っていたんです。

 いつも手抜きメニューだから、助かるわあ」


「ワタクシも、これから学童保育の子供たちニ振る舞うんですよー」

 サラエさんはいそいそと小鍋を抱えて出て行ってしまった。


「ずいぶん太っ腹なんだね」

「このお野菜はね、サワジ公国のアド•アブラ王子が種や苗を買ってくれたものなんです」

 いつのまにか、このティールームのオーナーの佳奈さんがカウンターの奥で笑っていた。今日は元気がないように見える。


 彼女は、このオレーー定年間近のしがない刑事のオレーーが、ガキの頃に憧れを抱いた女性のお孫さんなのだ


 そのナントカ王子はきっと、先日ティールームで会った、AIたちに囲まれて嬉しそうにしていたアラブ服の男だろう。

 そういえば、あの後ガーデンセンターで不思議なアラブ人とドラム缶を見たと同僚刑事が言っていたな。


「それで今日はネ、ヨサクフクダイジンがヨサクダイジンになったお祝いだよ」

 ルイルイはポツリと呟いた。

「ええっ、あのドラム缶が?」

 オレは思わず声に出しちまった。

「……本当に、ドラム缶にしか見えなかったわね」

 佳奈さんは苦笑している。


 まてよ、サワジ公国といえば……。

「確か、今朝のニュースで……」

「サワジ公国のハレマ国王が亡くなられたという報道がありましたよね」

 オレの言葉に続けるように佳奈さんは泣きそうな顔で言う。


 微かな機械音がして、サブリナと呼ばれているロボットが佳奈さんに寄り添うように立った。


 サブリナが何事か佳奈さんに耳打ちした。

「え!?

 本当に?

 本当に本当なのね?」

 何度も念を押しながら、ぽろぽろと涙を流している。

「佳奈ちゃん! どうしたの!?」

 ワコちゃんは慌てている。


 涙を拭いながら、佳奈さんはやっと口をひらいた。

「だってね。だって……」


「大丈夫だから、落ち着いて」

 ワコちゃんは佳奈さんの背中をとんとんとたたいてあげている。


「あのね、今朝与作くんから〈オラ大臣になる〉って通信があって……」

「うん」

「……ニュースで、サワジ公国のハレマ国王が亡くなられて、国が混乱している……って」

「あ、それ見たよ」


「アド•アブラ王子が、自分が殺されたら与作くんを大臣にって……。

 だってね、ムホマド皇太子はみんな殺しちゃうの!」

「ええっ!?」

 ワコちゃんもオレも絶句するしかなかった。

 佳奈さんは本格的に泣き出してしまっのだ。


「えーもう!要領をえんなあ、浦島博士よ」

 突然、サブリナから聞いたことのない声が聞こえてきた。

「……」

 ワコちゃんもオレもますます絶句だ。


「申し遅れたのう。ワシは駄作と申します。

 要領を得ない博士と、言葉足らずの与作に代わってお話しいたそう」



 駄作によると、サワジ公国ではハレマ国王の逝去をきっかけに、国民が王宮へ

大行進を行なって、ムホマド皇太子の即位を反対したのだという。


 彼の悪業を暴いたジャーナリストが殺害された事件もきっかけではあった。

 だが、何よりも、サワジ公国の砂漠に恵みの雨をもたらしたアド•アブラ王子への民の熱い想いが、そこにはあったのだ。


 ついに、全ての大臣たちが支持する形で、アド•アブラ国王が誕生したのだ。


 アド•アブラ国王の最初の仕事は、ムホマドを国外追放にすることだった。

 大臣の中には死刑を勧める者もいたが、アド•アブラにはその選択肢はなかったという。


 そして、次の仕事は、花咲与作を国土緑化大臣に任命することだった。


「心配していて……。

 やっと今、サブリナに駄作くんから通信が……」

 またもや涙が溢れてくる。

 良かった……嬉しい涙なんだな。


「……じゃあさ、乾杯しようよ」

 突然、ワコちゃんが底抜けに明るい声で言う。


「カンパイ!

 しようしようヨーウ」

 ルイルイは絶好調だ。


「すまんな。付き合ってくれ」

 タツコ姫がカップに入れた野菜スープをたくさん持ってきた。


「ほら、君も。

 こっちで一緒に」

 ワコちゃんに誘われて、出窓でコーヒーを飲んでいたイケメンも会釈しながらやってくる。


「佳奈サン。ほら、カンパイだよ」

 ルイルイはまだ泣いている佳奈さんにカップを持たせる。

 ロボットたちもオレたちもみんなカップを持つ。


「サワジ公国国王に乾杯!」

「サワジ公国国土緑化大臣に乾杯!」



 いろんな経験をしてきたオレだが、野菜スープで乾杯したのは初めてだなあ。


 しかも、ロボットたちと乾杯だぜ。

 ロボット軍団に憧れていたガキの頃のオレ!

 スゲーだろう!



     (了)

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