第2話 おしゃべりなプリン

 カランカラン……。

 いつものように扉を開けると、見慣れない顔がオレを迎えた。


「おや、はじめましてだよね。

 君は?」

「ワタクシ!サラエでございまーす」


 すっとんきょうな、底抜けに明るい声に、オレはうっかりのけぞっちまうところだった。


 旧浦島博士邸の片隅、「丘の上のティールーム水晶亭」。

 ここを切りもりしているのはA I 搭載のアンドロイドたちだ。

 だが今日のアンドロイドは、可愛いメイドさんという感じの今までのアンドロイドたちとはちょっと違っているんだ。


 おばさん!


 という言葉がぴったりだが……いかんな。「おばさん」は差別用語だろう。


 そんなことをぼんやり考えていたら、屈託のない笑顔がぐんぐん近づいてきた。

「びっくりしてますね、ワタクシおばさんポイですか?」

 大きな口で笑いながら続ける。

「おばさんポイでしょう?

 いいんですよー。

 そういうコンセプトで作られたンですもん」

「はあ」

「ほらネ。こんなだとヤキモチとか焼かれないんですのヨ」

「ヤキモチ……」

「ほらネ。家政婦で伺った時にネ、ミキちゃんとかだと奥様がヤキモキしちゃうでっしょう」

 ああ、ミキちゃんは知ってる。ものすごく可愛い顔のコだ。なるほどね。

「それでネ、タツコ姫とルイルイは二人一組で男性の独居老人を訪ねるンですノ。間違っていたずらされないようにネ」

「はあ」

「まあまあまあ!ワタクシったら。

 ごめんなさいねエ、おしゃべりだと思ったでしょう。

 あっ。いいンですよー。

 そういうコンセプトで作られたんですモン」

 オレは軽くうなづいた。

「あらあらあら。

 ご注文ですわネ。何になさいまスか」


 オレはここのビスケットが気に入っている。2種類のジャムとクリームで食べるそのビスケットは、定年間近のしがない刑事であるオレに遙か昔のガキの頃を思い出させる。


「紅茶と……」ビスケットと言おうとしたオレに、圧がかかる。

「本日のお勧めはプリンになりまーす」

「え!?」


「ワタクシがお手伝いに行っているお宅のお子さまたちの大好物なんですノ!

 そ、れ、で、佳奈サンにお願いして、ティールームのメニューに加えていただいたンですノよ」

「あっ、はあ」

「今朝作りましたノで、

 ちょーうどヨク冷えて食べごろになっていますわヨ」

 ニコニコと柱時計を指差す。時刻は午後3時をまわったところだ。

「し、か、も、今日の残りを明日の朝お子さまタチにお持ちしてもいいトお許しをいただいているんですノよー」


 あんまり嬉しそうなので、オレは思わずつられて笑ってしまった。

「ええと、あれ、お名前なんでしたっけ」

 待ってましたとばかりに大きな口が開いた。

「ワタクシ。サラエでございまーす」

「じゃあサラエさん。今日はこのプリンを……あれ?」


 メニューには「カラメルプリン」のところに注意書きがあり、「プリン=プディングのこと」とわざわざ書かれている。

 この断り書きは必要ないのでは?

 なんて思って眺めていたら、

「そういう風にね、注意書きのアル本を読んだことがあるんですノ。佳奈サンにお願いしてマネしてみたんですのヨ」

 なんだかサラエさんは得意げだ。


 これは彼女のこだわり?いったい何の本を読んだのか。サラエさんの妙なこだわりに笑いを嚙み殺しながらオレはプリンを注文した。


 気がつけば、店内のちらほらいる客はみなプリンを食べていた。



 カランカラン……。

 扉が開いて、勢いよくワコちゃんが入ってきた。ワコちゃんはこのティールームの常連だ。


「あーっ!今日はサラエさんなのね〜」

「はいっ!サラエでございまーす」

ふたりは仲良しみたいだ。近況報告なんぞしながらはしゃいでいる。


 おばさんパワーが倍になった!……なんてことは思ってません。


 ただ、オレの注文はなかなか来ないだろう。

 と、覚悟を決めた時に、微かな機械音が聞こえてきた。

「オ待チどうサマデシタ」


 ここでサブリナと呼ばれている『ミツコ』が紅茶を運んできた。『ミツコ』というのは天才浦島博士が50年前に発売した世界初の多機能メイドロボットの名称だ。

「ありがとう、サブリナさん。久しぶりだね」


 丁寧に紅茶をサーブする。その動作はとても優雅だ。

「ワタシ用事終ワッた」


「サブリナは、亡くなられた沢木さんのお宅の後片付けをしてくれていたのよね」

 いつのまにかワコちゃんが目の前に座りにきていた。


「も、ぎ、け、い、じ!

 ご一緒してよろしいですか?」

 ワコちゃんはオレのガキの頃からの友人トシの愛娘だ。

 高校生と中学生の二女の母ながら、この地区でたいそう頼もしいケアマネジャーをしている。


「あら、おじさま。なんだかお疲れみたい」

「ああ。今日はこれから非番なんだが、顔に疲れが出てるかな」

 オレは重苦しい案件を抱えていた。

 ワコちゃんは鋭いな。と思いながら、ティーカップを持ち上げて疲れた自分の顔に目をやる。

 すっとんきょうなサラエさんと、紅茶の湯気で、少しずつ心がほぐれてきていた。さっきまでは、きっともっと険しい顔をしていただろう。


「今日もいつものですかあ?」

 人懐っこい笑顔でからかうように聞いてくる。ビスケットをかじる刑事がめずらしいらしい。


「いや、今日はプリンをお願いしてるよ。サラエさんのお勧めでね」

 サラエさんが近づいてきて、オレに嬉しそうにウィンクしてみせた。

「あらあ。わたしもプリンがいいわあ。それとホット」

「かしこまりましたあ!」

 サラエさんはますます嬉しそうにカウンターの奥へ飛んでいった。


 出窓の側からこちらを見ていた美しい顔の若い男性客が、ワコちゃんと目があったとたん会釈している。彼女は面倒見が良いので顔も広いのだ。


「さっき言ってた沢木さんって、先日亡くなられた図書館の館長だった沢木さん?」

「あら、おじさまお知り合いでした?」

「すごく親しかったというほどではないけれど。

 現役時代は海洋博物館と図書館の館長を兼務していらしたので、何回か仕事で相談に伺ったことがあったなあ」


「茂木刑事はこの街の生き字引だって、いつも父から聞いています」

「年ばっかりくったからなあ。トシもおんなじ年だけど……」

「あっ親父ギャグですね」


 カウンターの奥の大きな陶器製湯沸かしから白い湯気があがる。この頃肌寒くなってきたから、湯気はなんだかほっとする。


「そういえば、先日沢木さんの息子さんもご挨拶にいらしたんですよ。

 それでサブリナを見て懐かしがって……。

 沢木さんの家には『ミツコ』がいたんですって」

「へえ、いいなあ。『ミツコ』といったら憧れだったもんなあ」


「じゃ、おじさま。『ミツコ』のリコールって覚えてます?」

 微かな機械音がして、サブリナがワコちゃんのコーヒーを運んできた。


「ああ、覚えてるよ。ちょうど警察官になった年だったと思うよ……あれ?何でサブリナさんは大丈夫だったの?」

「サブリナは『ミツコ』じゃないのよ。オリジナルなのよね。サブリナをモデルにして『ミツコ』が作られたんですって」

「へえ、オリジナルかあ」


「なんかね、そのリコールというのがね、沢木さんの息子さんの記憶によると、かなり強引に回収していったみたい。素早かったって。それを聞いてなんだか真相が気になっちゃって」


「そうだなあ、身近に『ミツコ』はいなかったから詳しくは知らないなあ……。

 あっ、でも。

 そういえばその頃変な噂がネットを賑わしていたなあ」

「変な噂?」


「噂はいろいろあったけど、一つは『ミツコ』は兵器になる可能性があったからリコールの対象になった。というものだった。

 集めたミツコで最強軍団ができている。とかいう噂も派生していたよ」

「なんかS F っぽいですね」


「確かになあ。……だが、オレが個人的に気になっていたのは……」

「別の説ということですね」


 うやうやしくお盆を掲げてサラエさんが近づいてきた。

「プリンでございまーす」

 実に美味しそうなプリンだ。ワコちゃんも思わず歓声を上げている。


「で? 他には、どんな事が言われていたんですか?」

 ワコちゃんは、プリンのスプーンを手に取りながらも、お預けをくらっているみたいにこっちを見ている。


「ミツコのリコールのニュースが流れたのは回収が終わったひと月も後だったんだが……そのひと月前……」

「ひと月前?」

「……いや。何もかも不確かな事だ」

「さっぱりわからないわ」

 ワコちゃんはちょっと不満そうだったが、若い世代に当時の陰謀論めいた話なんてやめておこう。

 あの時、他国の核施設の大事故があった。

 『ミツコ』を集めて事故処理に当たらせたのじゃないか。とも言われていたのだ。

 長い確執のあるその国と劇的に国交が回復したのもその頃だった。

 結局、真相は分からない。


 世の中には分からない事が多過ぎる。


 黙り込んだオレにワコちゃんは気を使ってくれた。

「ごめんなさいおじさま。変なこと聞いちゃって。

 さあ、冷えてるうちにいただきましょう」

 言いながら、ワコちゃんはプリンのひと口目をもうほうばっている。

「んーっ! 美味しい」


「お子さまたちモ、それはそれは喜んデくれるんですノ」

 誇らしげなサラエさんを見ながらオレもひと口。


 さて、プリンは甘くてほろ苦くて、太陽のようにオレを包んでくれた。

 サラエさんの子供たちへの愛情を感じたような気がする。ロボットにも愛情があるのかもしれないな。


 この頃、この平和な海辺の街にはおかしな事件が起きている。


 気の滅入る事件を抱えている定年間近の刑事。それがオレだ。

 それでもプリンのひと匙ごとに、なんだかほっとしていた。気がつけば暖かさに満たされている。


 これがホントの「ホット」するだな。

 オレはこっそり笑った。


     (第2話 おしゃべりなプリン 了)

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