黒い大蜘蛛
源十郎は建築会社の社員だ。定休日は今のところ水曜と木曜日。場合に応じて休日出勤。休みの変更あり。
八階建てのマンション建築、その土台を組み立てる為、ショベルカーで土を掘り起こしている。
これから何か月もかけて一つの建物を作り上げる。先の長い仕事だが、これが終われば新たな場所の建築に取り掛かることになる。
さて今日も朝早くから仕事に取り掛かる。ご近所さんの中には夜勤の方もいるようで、作業をしているところに文句を言いに来る人もいた。事前に了承は得ているし、あなたが住んでいる家を建てたのも我々である。住宅地として開発している所に引っ越してきたのだからそれくらい我慢して欲しい。
さてさて今日も頑張るぞいと仕事に取り掛かり数時間。そろそろ昼休憩にするかと言うところで、悲鳴が聞こえてきた。
なんだなんだどうしたと集まる中、目に入ったのは巨大な蜘蛛。高さおよそ三メートル。紛うことなき化け物だ。
「化け物だぁっ!」
と怯える人もいれば、
「やっべ、めっちゃバズー取る」
とSNSに写真を取り上げている若者もいる。隣の友人である若者は「ワニガメ種ではないけどな!」と突っ込みを入れていた。ZW28である。
大蜘蛛――アンチイティーは逃げ惑う、時に立ち止まる人々を見下ろすと、標的を見つける。
マンション建設予定地の近くで日向ぼっこをしていた猫、ベイダー人は文字通り身の毛もよだつ程の恐怖を覚え逃げだした。アンチイティーはそれを捕まえるべくゆっくりと行動を開始する。
アンチイティーは宇宙より到来した。宇宙空間での移動は人間が視認できないレベルで速く、二十年かけて地球へとやって来た。
その反面、地上ではかなり遅い。それでもその巨体もあって、人間が走る程度の速さは持つ。
猫のベイダー人の方が若干速い程度なので、行き止まりなどにぶつからなければこのまま逃げ切ることができるだろう。
問題は人間である。人間の走る速さで動き出したのだから辺りは騒然。押しつぶされないように逃げる者、立ち止まっていたせいでぐちゃり、嫌な音を立てて頭から踏みつぶされる者と様々だ。
源十郎はそんな化け物を見て、こんな時にマシンナーズがあればと舌打ちをする。それから、兵器は無いが機械ならあるとショベルカーに乗り込んだ。
「化け物め……」
ショベルカーのショベルな部分で横を通り過ぎようとしていたアンチイティーを吹き飛ばす。装甲が厚くとも衝撃は受けるので、横から食らった一撃でアンチイティーは転がった。
すぐに態勢を戻し予想外の攻撃をしてきたショベルカーを見据える。標的を追う邪魔をして来たその機械を敵と認識、思い切り飛びついた。
それを見てすぐにショベルカーの扉を開き跳ぶように降りる源十郎。ショベルカーの運転席は衝撃で凹んでいた。二本の前足で運転席と助手席双方の窓を貫き、手応えが無かった事で新たな標的が逃げ延びた事を把握。知能が低いと言っても本能的な部分で敵と認識した者を殺そうとする頭はあった。八の眼で辺りを見回し、自分の邪魔をした男を発見する。
源十郎は兎に角駆けた。捕まれば一溜りもない。即死と言って良いだろう。
アンチイティーはそれを後ろから追いかける。さっきみたいに跳ね続ければもっとすぐに捕まえられるというのにそれをしないのが頭の悪さを現していた。
人がいないところへ逃げなければと考えるも、それを実行する時間が無い。焦った脳がフル回転する中、逆に人通りの多いところに出てしまう。
「逃げろ逃げろ逃げろッ!」
そう叫びながら自分も逃げる。逃げ遅れた人々は大蜘蛛に怯え、体を潰され、辛うじて生き残った者は痛みに震え泣き叫ぶ。
町中にサイレンが鳴り響く。警官隊が出動してきた。救急車が患者を探し処置に当たる。辛うじてアンチイティーに遭遇しなかった救急隊であるが、もしそれを見ていたら恐怖にとんぼ返りしていたことだろう。
警官隊はまだ見ぬ化け物を見て腰の銃を発砲する。発砲許可は下りていない。そんなもの取っている間に此方がやられる。
「撃て撃て撃て!」
やって来た者たちの攻撃は、しかしアンチイティーの装甲に弾かれ、その弾が今度は辺りにいる人に当たってしまったものだからさあ大変。攻撃は効かないわ人は死ぬわで阿鼻叫喚。地獄絵図が広がっていく。
おかげでヘイトは警官隊に向いたものの、それを殺せばすぐに源十郎を探す。源十郎を殺したら次は逃げたベイダー人なので、源十郎に対し頑張れ、負けるな、世界が君を待っていると願いを込めつつ逃げる猫。
丁度ヘイトが警官隊に向いていたので携帯を取り出し家族に連絡を取ろうとして、誤ってそれを落としてしまう。
拾おうとしたがいつの間にかすぐ傍までアンチイティーが迫ってきている。これを拾っている間に殺されると直感が告げた。すぐにそこから駆けると、今いた場所にアンチイティーが降ってきた。
ゾッとしながら振り向く。
「二匹いるだと……」
源十郎を追っていた蜘蛛に追加で一匹、宇宙から降ってきた。
隕石の落ちたような衝撃が無いのは成層圏から一気に落下するのではなく、ある程度の高度からまるでパラシュートを広げたが如くゆっくり地上へ落ちてきたからだろう。
二匹目のアンチイティーは源十郎を無視しベイダー人の捜索を始める。そうとは知らない源十郎はひたすら走る。偶然、その経路が二匹目と被ったことで、一匹目と合わせ二匹の大蜘蛛に追われることとなる。
日本国内でもこの場所以外に幾つかの地域でアンチイティーが確認され、その被害が出ていた。
自衛隊が政府からの要請を経て鎮圧に出る。戦争かと思うほどの銃撃戦。戦車からの砲撃は有効だったようで、大蜘蛛掃討作戦が敢行されていく。その戦いに巻き込まれて多くの市民が犠牲になるが、それも仕方のないことだ。
「逃げ遅れた市民がいます!」
「構わん撃て!」
冷酷な判断の下、爆撃に巻き込まれ死んでいく者たち。政府の後処理は大変だろうが、それをしなければもっと多くの犠牲が出る。近くにいたのが悪いのだ。
上空にはテレビ局のヘリが飛び、その光景を映し出す。ショッキングな映像がお茶の間で流れ出したのは、午後の五時を回った頃だった。
※
空間転移が終わり使い切りのワームホールから姿を現した美しい桜模様を描いた漆黒の人型機械。コノハサクヤはイザナミの命によりどことも知らぬ場所にジャンプして来た。
メイン武装である巨大刀も改良され、征服した星より採取した鉱石がふんだんに使われた新たな武器と化していた。頭につけた小銃は実弾だが百発ほどが搭載され、背中には心臓部から循環するエネルギーを使ったレーザー砲がある。刀と連動させ合体させることで真価を発揮し、高威力の攻撃が可能となった。
頭の小銃はおまけで、刀をメインに遠距離の敵にはレーザー対応。それが現在のコノハサクヤの戦闘スタイルとなっている。
カナデがパイロット時代にはこのレーザー砲のパーツと無限に循環する心臓部のエネルギーコアは無かったので、接近戦が主、武器も実弾のアサルトライフルだった。アサルトライフルは捨てて来た。
自分のいる座標を仮で設定。元の場所との距離感も分からないのでこの地点を起点とし、周囲の探索に乗り出す。
巨大な燃える星は太陽だ。太陽があるなら滅ぼすべき惑星もあるだろうとくまなく探索。すぐに地球の存在に気付く。
メルセデス共和国と似た景色を懐かしく思いながら、その周囲に蠢く黒い影に顔を顰めた。表情筋は無いので顰める顔は持たないが、心の中の顔は睨めっこしたようにあっぷっぷである。なんとも感情豊かになったものだ。
それは蜘蛛のようだった。そう、アンチイティーである。それらが地球の周囲を囲み、次々と落下して行っている。
コノハサクヤが受けた宇宙征服には他生物の殲滅も含まれている。それが別の星の存在であろうとも、アンチイティーは敵対存在に他ならない。
ならば滅ぼすべきだとレーザーを撃ち、それに気付いたアンチイティーが次々とコノハサクヤに襲い掛かる。
地上でなら優勢だったかもしれない戦いも、すぐに劣勢へと変わる。
宇宙でのアンチイティーは強いのだ。目にも止まらぬ速さで数の暴力に押し切られ、レーザー砲はぶっ壊れた。刀で素早く回転し一掃するも、やはり数に押し切られ、気付けば成層圏へと突入していた。
突入に合わせ周りに燃え尽きてしまわないよう防護フィールドを展開する。アンチイティーからの攻撃を防ぐのにもバリアを発生させていたが、それとはまた別のフィールドだ。
アンチイティーが成層圏から遅くなるのは不幸中の幸いだった。同じく落下し襲い来るそれらを今度は一匹ずつ冷静に対処できた。
しかし落下は止まらず、そのまま地上へ落ちてしまう。防護フィールドのお陰で周囲への衝撃は僅かで済んだ。
さて蜘蛛を相手どろうかと体を起こしたところで、その人物と目が合う。
それは懐かしい記憶を思い出させるには十分で、すぐに落下してきたアンチイティーの何体かを斬り倒すと、その人物に跪いた。
イザナミによる洗脳が完全じゃなかったことで起きた奇跡。
桜花戦団、復活の時が来た。
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