真犯人

「うっ……ここは……我々は……どうなったのだ……?」


 ノアのコントロールルームで意識を取り戻したアーヴァインは辺りを見回す。

 相変わらず警報が響いている。内部火災が起きているかもしれない。

 助かった……のだろうか。

 未だ出ているモニターは故障をしているのか真っ黒。外の様子の確認もできない。

 

「ううん……おかわり……」


 隣で横たわったまま寝ぼけているラッミスをたたき起こす。何人かは既に意識を取り戻しているようで、それぞれ近くにいる者を揺さぶったり叩いたりかかと落とししたりして起こした。


「何とか外の様子は分からんか?」

「駄目です。モニターの故障……では無さそうですが」

「ならばここはブラックホールの中だと? 吸い込まれて無事なものなのか?」


 そもそも角砂糖程度の大きさのブラックホールだ。吸い込まれた段階でぺしゃんこだろう。

 ならば自分たちは既に死んでいて、あの世にいるのだろうか。生きているにしても、外の様子が分からないので身動きの取りようが無い。

 どうしたものかと迷っていると、一人の乗組員がマシンナーズを使ってはどうかと進言して来た。

 外に出るのは危険かもしれない。と言うか絶対危険だ。出るべきでは無いだろう。

 しかし、このまま何もしないでいても時間が解決してくれるとは思えない。


「分かった。ならば俺が出る」

「艦長が!?」

「何だ? 悪いか?」

「いえ、しかし万が一があります。ここは別の者に行かせるべきでは?」

「どうせ名ばかり艦長だ。気付いたらこの立場になっていたが、船は自動運航も可能だろう。目的地だって決まっていない。俺一人死んだところで何も問題は無いじゃ無いか。どうせ常に怯えた毎日だ。死ぬのが明日か今日かくらいの違いだ」

「そうは言いますが、白き閃光が支えてくれている。それが我々にとってどれだけ大きな事か……」

「この船で生まれた若い者は白き閃光なんて知らないし、戦争から逃げ出した戦士に価値などあるものか。ドラッケン01は残しておく。代わりにヘルワオンを一機借りるぞ」


 ヘルワオンは狼型の四足歩行のマシンナーズだ。両の前足には二連装機銃があるも、肝心の実弾が弾切れなのでただのお飾りとなっている。高速機動が可能だが、その為には多くのエネルギーを必要とするため、ノアでは滅多に使われる事も無かった。

 幸いな事に船内にはマシンナーズの整備が出来る人間が何人かいた。彼らの指導で技術を身につけた者の協力もあって、新たに製造することはできなくとも、この船に乗る機体の整備は問題無く出来ていた。

 とはいえ、代わりの部品なんかも無いため、出発当初にあった機体の幾つかは廃棄、部品のリサイクル用にされている。

 ドラッケン01は特殊な金属を使っているからか、故障も無く必要最低限の整備だけで済んだ。製造コストは高かったが、この船の中で一番手のかからない機体となっている。


 アーヴァインが搭乗したヘルワオンもパーツの予備があまり無くリサイクル用に回される予定だった機体だ。これなら最悪帰らぬ人になってもそこまで痛手はないだろう。

 兎に角外の現状が知りたい。打開策が無ければブラックホール内が船員の墓場となる。

 船内には野菜を作る為の畑なんかも存在する。肉の類いは無いものの、他惑星で手に入れた物資がまだまだある。何とか生きていくことは可能だろう。

 一度、家畜を育てて肉を手に入れようとしたこともあったが、他の惑星で捕まえた未知の生物が相手になるので成功しなかった。未知の生物なんて食って大丈夫かという話だが、お肉には抗えなかった。死んだ人間を食肉にしていた時もあったが、人間の肉は不味くてとても食べられたものじゃなかったので、人肉が流行る事も無く終わった。

 

 アーヴァインはそれまで船から出ずに過ごして来た。ドラッケン01もアーヴァイン以外のパイロットが乗って操作していた。

 エイリアンとの戦いになった時もあるが、人間に比べ知能の無い存在ばかりだったので誰が乗っても結果は同じ。戦争で発揮された――されるはずだったアーヴァインの操作技術は披露される事が無かった。

 まさかこの年齢になってマシンナーズに乗る事になるとは。久々のその感触を確かめつつ、発艦する。


「これは……」

「艦長、外はどうなっていますか!」


 通信は出来るようで、残してきたラッミスの声が聞こえる。

 アーヴァインはその光景に息を飲んだ。夢でも見ているんじゃないかと自分の目を疑い、何度も擦る。

 それから、何を思ったかマシンナーズのコックピットを開き、外に出る。そして、酸素を送る役目も持ったヘルメットを脱ぎ捨てた。

 ラッミスの声がコックピットの方から聞こえてくるがそれは無視し、口を大きく開き、空気を吸い込んだ。

 今まで幾つもの惑星を渡り歩いてきた。しかし、空がこうも青いものは見たことが無い。

 メルセデス共和国と同じ空、見ればそこに広がる緑、それを囲む大海原。

 まるで故郷の星のような地、目から一杯の涙を流して、アーヴァインは静かに吠えた。



「達也君。今ならまだ冗談で済むわ」


 紫苑は目の前にいる男に優しく声をかける。

 達也、そう呼ばれたスーツ姿の二十代前半らしい容姿の男は首を横に振ると、椅子に拘束した紫苑の前に立ち、目線を合わせた。


「紫苑さん、僕の目的が済んだらすぐに解放してあげますよ」

「達也君……」


 この達也こそ、チグサに電話を掛けた張本人であり、紫苑のことを天上院の旧姓で呼ぶ誘拐犯の正体だった。

 達也の顔立ちは源十郎に似ている。それもそのはず、彼は源十郎と血の繋がった兄弟、つまり弟なのだ。

 電話を掛けた時にフルネームを天上院紫苑と言ってしまったのは兄がお付き合いを始めた頃から天上院先輩と呼んでいた為。見た目二十代前半の彼は、実のところ源十郎と一つしか年の違わない三十五歳だった。源十郎が年相応の見た目なだけあって、一緒にいると息子さんですかと言われ源十郎がショックを受けたりする。

 源十郎が結婚してからは紫苑さんと呼ぶようになったが、やはり彼にとって紫苑は天上院先輩なのだ。

 源十郎の弟である達也に折り入って話があると誘われほいほい着いてきた結果、拘束されてしまった紫苑。既に結婚し妻とイチャラブな毎日を堪能している彼なので、紫苑に対しやましい気持ちは持ち合わせていない。

 そんな幸せ絶好調な達也がこのような行為に及んだことが未だ理解できず、紫苑は説得を続けていた。


「ねえ、達也君。何でこんなことをしたの。理由があるなら教えて。協力できることなら協力してあげるから」

「そうですね。もうすぐ彼女もここに来るでしょうから、先輩には教えておきましょうか」


 電話を切った後、ファックスで送った指定場所は達也の住む一軒家だった。現在、妻である頼子よりこは出産がもうすぐそこに迫っており、病院に入院している。だからより一層、達也が犯罪に手を染めそうなのを止めようとしているのだ。

 

「あの女を匿っているのですから、異世界の存在はご存知かとは思います」

「ええ、良く知っているわ」


 異世界に聖女として召喚されていた経歴持ちの紫苑は異世界があることをよく知っている。達也の知らないところで異世界に詳しい紫苑だった。


「僕はその世界で、メルセデス共和国という国に所属する兵士でした」


 かつて達也はアレックス=ストラトスという名の兵士だった。白き閃光と呼ばれ英雄とまで謡われた兄を持ち、エリート街道を進んでいた。

 そんなアレックスには恋人がいた。結婚を誓い合った幼馴染で、名をシリカ=シ=ラライルと言う。アレックスが兵士として活躍する中、シリカはその子を妊娠し、共和国領内にある人工惑星で療養していた。

 天神帝国による侵攻。その魔の手はシリカのいた惑星へと及ぶ。そうして始まった戦いで、シリカは命を落としてしまう。

 その当時別の地域での戦いに参加したアレックスは近くで守ることができなかった自分を嘆いた。そうしてより一層、帝国への怒りを糧に第一線で活躍。赤い機体を愛用していたことから、赤の悪魔と恐れられるようになった。

 時は経ち、天神帝国が劣勢となり、最早こちらから攻めずとも自滅する。そう判断が下され、侵攻作戦は一時中止。敵の動きを静観、待機を命じられる。

 アレックスはその指示に従う振りをして一人、帝国内部へ侵入した。

 帝をこの手で殺す。シリカの仇を取ることだけを考えた彼はようやくその姿を見つけることに成功した。

 息を潜め、機会を伺う。しかし帝は他の部下と共に自害してしまった。

 この手で殺すことができなかった……もう一人生きている女を代わりに殺そうか、そう考えた時、自分の胸に違和感を覚える。

 見れば、腹に風穴が空いているではないか。

 イザナミからそこにいるのがばれていた彼は、次に手と足と徐々に体を削り取られ、そのまま死んでいった。


 不知火達也として転生した彼は前世の記憶のないままに日常を過ごしていく。

 結婚、そして妻の妊娠、会社もホワイト企業で仕事を続け順風満帆な毎日。

 偶然、外でチグサの姿を見つけなければ、彼の幸せが壊れることは無かっただろう。

 その瞬間、達也は全てを思い出した。思い出してしまった。

 最初に沸いたのは怒り。次に覚えたのが殺意。帝がこの世界にいる。そう知った達也はストーキングし、兄である源十郎の家に住んでいることを知った。

 そのまま家に押しかけようか。チグサを殺す方法を考えている中で、紫苑と買い物している姿を目撃した。

 あまり外に出ないようにしていたチグサも、たまに紫苑がスーパーのチラシを見てお一人様一パック限定の商品あるから二人で行きましょうと誘ってしまう為に一緒に買い物に出かける事があったのだ。そこを偶然見つかってしまった。時間の問題だったとも言える。

 紫苑を人質に呼べば、仲のよさそうな帝のことだ。のこのこ誘いに乗るに違いない。ついでに脅しておこう。

 来なけりゃ殺すと脅した時の冷えたような声を思い出し身震いする。帝に恐怖を植え付けたこの感覚がたまらない。これまでの人生も記憶としてちゃんと残っているので、紫苑を傷つけるつもりは一切ないが、チグサはそんなことなど知らないだろう。態々近くの公衆電話まで自転車漕いで行った甲斐がある。

 

「チグサちゃんは悪い子じゃないわ!」

「そんな事どうだって良い! 僕はシリカの仇を取るんだ」

「頼子ちゃんのことはどうするの? もうすぐお腹の子も生まれるんでしょう? チグサちゃんを殺せば、あなたは犯罪者になってしまうわよ。そうしたら、犯罪者の家族というレッテルを貼られてしまうわ」

「それは……」


 達也はチグサを見かけてしまった時から怒りで頭が一杯でそこまで考えて無かった。

 それでも、チグサを殺したいことに変わりはない。ここで紫苑がチグサから聞いたイザナミとのあれこれを語れば少しは気が変わっただろうが、紫苑もチグサの身が危険ということで頭が一杯で気が回らなかった。因みに惑星の医療施設を襲ったのは桜花戦団で、「あそこ、パイロットも入院してるって情報あるから皆殺しにしておこう」と襲うのを決めたのはカナデである。「達也おじさん!」となついてくる可愛い姪が復讐の対象だとは知らない達也なのだった。

 

「それでも僕は……帝を殺す……」

「達也君……!」

「さあ早く来い帝……シリカの仇を取ってやる……ッ!」


 計画性の無い犯罪者予備軍である達也が薄ら笑いを浮かべた。本当の仇は今頃紫苑を探し回っているはずである。そして呼び出したチグサはと言うと……。


「……ところで、どこへ向かえば良いのか……」


 ファックスの送信が終わる前に家を出たせいで、向かう場所が分からず迷っているのだった。

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